第18話 変わりゆく村で【後編】


「特にこの村に来たのは魔獣に村を壊滅させられた村の者たちだし」

「うう」

「この先も君があるのなら安心だ。ところで、僕にもミーアが作った魔獣除けのお香を見せてくれないかな?」

「あ、は、はい!」


 よし、いよいよこの時が来た。

 ルシアスさんに魔獣除けのお香を見てもらい、買い取ってもらえるのなら買い取ってもらい、村を拡げる資金にするのよ!

 村の人が増えて家具が圧倒的に足りないし、村ひとつの消滅により麦畑のお世話をする人も減ってしまった。

 だから、効率の良い新作の農具がほしいのだ。

 収穫期は半年後なので、今から発注しておかねば間に合わない。


「素晴らしい……高品質だね」

「はい」


 魔獣除けのお香は干し草の詰め合わせみたいに50センチ×30センチの麻袋に入っている。この一袋が平均的な四人家族の家一軒の約一ヶ月分。

 取引はこの一ヶ月分の分量で行われるのが一般的。

 使い方は香瓶と呼ばれるお香を焚く瓶の中に入れて焚いて使うか、家の周りや村の周りに撒いて使う。

 焚いて使う場合は一日で消費してしまうが非常に強力な効果が現れる。

 撒いて使う場合、効果は下がるが長持ちする——というわけだ。

 ちなみに、今回は品質設定を『高品質』にしておいた。

 最高品質はオーダー依頼をして、一流の薬師が丁寧に作り上げてようやく到達する品質。

 私のように【薬賢者】の派生上位魔術でしてできるものではないのだ。

 ……薬作りに没頭しすぎて忘れていたけど、かなり反則技なんだった、この魔術。

 ああ、いつか『最上級ポーション』の『最高品質』を作ってみたい。

 どんな効果のある薬になるのだろう?

 まさか不老不死効果とかないだろうけど、不治の病や怪我が治るようにはなるだろう。

 そう、たとえば——体がひしゃげているからと聖殿前に捨てられていた子猫や、崖から落ちて脚を失った老犬みたいな……。

 ああいう子たちが救えるようになるといいな、って、私はずっと思ってる。

 もちろん人間や獣人たちにもそういう人はいると思うけどね。


「素晴らしい。魔獣除けのお香、一袋二百コルトでどうだろう? 高品質なのでプラス八十コルト。ちなみに、こっちの大きな麻袋分を毎月作ってもらえたらもっと稼げるんだけどどうだろう? 通常品質でこのサイズだとひとつ五百コルト支払える」

「えええっ!? 一袋で五百円コルトも!?」

「貴族の屋敷や、城などで使用されている一ヶ月分のサイズだ。ミーアの衣装箱にも同じサイズが入っていただろう?」

「あ!」


 そういえばそうだった。

 初めてルシアスさんにあった時もらった衣装箱。

 中身はこの大きな麻袋だった。

 取り出すと箱の中身の喪失感がすごかったのよね。

 でも、あれで本当に一ヶ月間村は平穏だったのだもの……感謝感謝。

 つまり、この麻袋は村ひとつ分、ということでもある。

 知らないうちにこんなにたくさん作っていたのか、私。

 紋章魔術で少ない材料から大量に、好きな品質設定で作れるからまるで意識が抜け落ちていたけど……。


「どうかな? どのくらい作れる?」

「う、うーん……」


 問題は[魔獣除けの魔術紙]だ。

 単純にこれを量産するのが大変面倒くさい。しかし、効果が薄くなるのでケチるわけにはいかないのだ。

 さすがに私の紋章魔術でも、ここをケチると品質設定や量産に響いてしまう。

 最低ラインというものがあるのだ。

 紋章魔術は少ない量の材料で大量の高品質を作れるが、それを可能にする製薬最低ライン。

 それを下回ればどうあがいても量と品質は下がる。

 私の紋章魔術は最低限の材料で最大級の量と品質を作り出せる——そういう力。

 誰にでも使えるわけではないが、断じて無から有を無限に生み出せる奇跡の力ではない。

 それを踏まえた上で、私が最大限に薬を作るために必要な材料——今回の場合は[魔獣除けの魔術紙]は、一日を魔術紙作りに費やして……うーん、二十袋が限界だろうか……?

 雨の日が増えると狩りにも行けないから、これからの時期家の中に引きこもって魔術紙作りに専念すればどうかな?


「ちょっとよくわかりません……。魔術紙作りは慣れてないので、未知数としか」

「そうか。魔術紙があれば?」

「魔術紙があればいっぱい作れます!」


 魔術紙がネックなのだ。

 それが解消されるのなら下級ポーション並みにいつでもたくさん作れる自信がある。


「では、魔術紙は用意するからその分差し引いて作っだもらえるかな?」

「いいですよ」


 それはいい考え!

 ルシアスさんが魔術紙を用意してくれれば、私は薬作りのみに専念できる。

 バンバン量産できますとも。


「助かるよ。最近本当に魔獣が増えているし、作れる者も限られているし……。特に獣人しかいない聖森国は、魔獣除けのお香を崖の国からの輸入に頼っている部分が大きかったから」


 そういえば聖森国は魔獣が増え、そして強くなってるんだっけ。

 品質の高い魔獣除けのお香は奪い合いの状態。

 それなのに獣人は、その強靭な生態上製薬魔術をあまり発展させてこなかった。

 今そのツケが回ってきてるのね。


「ちなみに追加で出てきたりはしない?」

「あ、[魔除けの魔術紙]! ……うーん、今他の材料だと[魔獣のフン]が足りないので、それを取ってくれば……」

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