第13話 間話 その行商人は


「それじゃあ、ありがとう! また来月来るよ!」

「またな」

「こちらこそありがとうございました。ご注文の品、がんばります!」

「うん、よろしくね、ミーア!」


 最後に目線を合わせて注文書を手渡した小さな手を握り、頭を撫でて立ち上がる。

 ルシアスは新たに村に招かれたこの少女——ミーアの作ったポーションを見て、彼女に新たな依頼を出した。

 内容は『解熱薬×十万本』。

 ありえないと思うかもしれないが、この少女ならあっさりとやり遂げてしまうだろう。

 なぜなら彼女は伝説級の固有魔術——紋章魔術の加護を持つ。

 そもそも、風聖獣は“ヒト”同士の信仰を奪い合った三体の聖獣たちを諌めようとした唯一の存在。

 他の三体とは異なり、“ヒト”の信仰にあまり興味を示さない。

 そのため聖森国にも崖の国にも属さない、どちらの国にもどちらの“ヒト”にも平等で稀有な聖獣。

 あのミーアという少女は、その風聖獣に気に入られたのだ。

 これはとんでもないこと。

 村人も本人もあまりことの重大さに気づいていないようだが、聖森国と崖の国、両国からすれば今の関係性を崩しかねない事態。

 ルシアスは最後まであたたかく見送ってくれる村人たちに手を振りながら、ある程度村から離れると『行商人ルシアス』の仮面を外す。

 無表情。

 そして鋭い眼差しで周囲の気配を探る。

 生き物の気配が愛馬、エンスのみになったのを確認してから「もういいぞ」と告げた。


「ふぅ、馬のフリを続けるのは疲れます」

「そう言うな、今回のあの少女——ミーアは人間だ。万が一を考えたら今はまだお前の正体を晒すべきではない」


 村の者たちは獣人と獣の匂いの区別はつく。

 あの村でエンスが獣人だと気づいていないのはミーアだけ。

 狭間の森には七つ村があり、一つが先日魔獣に襲われなくなった。

 その村には崖の国から口減らしとして捨てられた子どもが、十人以上住んでいたのだ。

 最初こそミーアはその村から風聖獣が気に入って助けてきたのかと思ったが、あの村にもルシアスは足を運んでいる。

 子どもの顔と名前は把握していた。

 そしてミーアはその村にいた子どもではない。また崖の国が捨てた子だとしても、いささか大きい。

 あの国は生まれた子をよく捨てる。

 あのくらいの歳まで育てて捨てる、というのは、なかなか珍しい。

 間違いなくあの子は他の口減らしで捨てられた子どもと、事情が異なる。

 だから一応、警戒してエンスに馬の姿のまま過ごさせた。

 滞在中、妙なことはなにもなかったので警戒のしすぎだったかもしれないが、ルシアスにはそこまで警戒しなければならない理由がある。


「しかし、よい拾いものをしたかもしれませんね。あれほどの薬師、国に迎えてもよいぐらいなのでは?」

「無論検討する。“薬師の聖女”殿が期待通りの働きをしてくれれば、その限りではないがな。あんな幼子に、我が国の王侯貴族が口にする薬を作らせようとは思わん。ましてせっかく得た居場所から、引き剥がしてまで」


 建前以外に理由はもうひとつ。

 これほどのポーションを作れる薬師があの村——正確にはタルトとカーロの側にいるということ。

 あの村にはタックという熊の獣人が、村人のふりをして住んでいる。

 その正体はルシアスが派遣した護衛騎士のひとり。

 護衛対象はタルトとカーロ。

 しかしそれは外部の敵からの護衛であり、あくまでも村人としての範囲でしか守れない制限つき。

 ポーションは怪我も病も治癒する。

 もちろんポーションでもカーロの心までは癒せないだろうが、歳の近い同族の歳の近い女の子ならば、あるいは……。


「ところで、なぜあの娘に解熱薬を十万本も依頼したのです? 確かにそろそろ斑点熱対策として、解熱薬の確保は急がねばならないでしょうが……獣人は人間に比べて斑点熱には罹りにくい。そんなに必要ですか? 薬師の聖女もいるというのに」

「保険だ。崖の国が聖女を渡した代わりにと、要求してきたらどうする? あの国の薬はこれまで薬師の聖女が作ってきたのだろう? ……正直俺はあの女が本当に薬師がどうかも疑っている」

「まさか?」


 苦虫を噛んだような表情のルシアスに、エンスは眉を寄せた。

 確かにあの薬師の聖女と呼ばれた崖の国の王女は、薬師らしくない。

 常に侍女を侍らせ、豪勢なドレスに身を包み、菓子を食べ、茶を飲み、お喋りに花を咲かせる。

 この国の王女エルメスや、令嬢たちでさえあそこまで好き放題の生活は送っていないだろう。

 特に王太子の仕事中にも突然訪問してくる。あれは実にいただけない。

 王太子——もとい聖森国が崖の国の薬師の聖女、スティリア王女と王太子の婚約を受け入れたのは、彼女の薬師としての評判あってのこと。

 特に、薬師の聖女にしか作れないという『聖獣治療薬』——それを期待しての受諾である。

 薬師の聖女と呼ばれたスティリアが、薬師ではないとしたら?

 ただのお荷物ではないか。

 そんなこと、あってはならない。


「私情込みで考えすぎるのは危険なのでは?」

「そうだな、俺が私情に振り回されすぎて暴走したら、エルメスを連れて逃げてくれ」


 エンスに呆れた顔をされる。

 だが、ルシアスはすでに予感がしていた。

 ——あの薬師の聖女は、偽者だ——と。

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