第14話 お仕事報酬の使い道
ルシアスさんから『解熱薬×十万本』という大口の依頼を受けた私は、ルシアスさんが聖森国の王都に帰っていくのを見送ってからすぐに仕事に取りかかる。
さすがに十万本を一気には作れないし、ルシアスさんも予備の空箱と空の薬瓶は二箱分——約百本分しか持ち合わせがない。
それを預かり、まずはその百本を作ってしまう。
ルシアスさんは王都に帰ったら順次村に薬瓶を送ってくれると言っていたので、薬瓶が到着するまでは素材を集めていればいい。
解熱薬の素材もデュアナの花同様“雑草”と呼ばれるとある草花——[ソランの花]だ。
薬師にとって基礎とな三大花、ポーションのデュアナの花、解熱のソランの花、解毒のリリスの花。
すべて野草としてその辺に生えており、小さな花を咲かせる。
生命力が強く、さらに薬の材料の基礎として使用されることが多いので『三大花』と呼ばれているのだ。
というわけで狩りに向かうタルトとカーロに同行し、森の中へ進む。
二人はあっさりと鳥と兎を一羽ずつ獲ると、私の仕事を手伝ってくれる。
助かるのだが、二人のスペック高すぎではなかろうか?
これが普通なのかな?
「ふう、これだけあれば十分足りそう」
「もういいのか?」
「うん、【紋章魔術】は少しの素材でいっぱい作れるの」
「ふーん。帰るか」
「そうだね」
素材の採取も終わり、村に戻るとダウおばさんが竃場で腕を組んで溜息をついていた。
その近くでタックさんとダルオブさんが木を木材に加工してる。
「また雨漏り?」
タルトが話しかけると、ダウおばさんが「そうなのよ」と頷く。
間もなく雨季になり、雨が増える。
そうなると、竈場近くで朝晩みんなが集まり食事をするのは難しい。
手入れする機会が減るので、今のうちに準備しておくものなんだって。
「我が家もそろそろ補修しないとね」
「うちもだ。屋根の一部が雨で腐ってくるから、崩れる前に換えないと」
「おらんとこもだ。やっぱりレンガの家の方がええんだべか?」
「おう、タヌサクさん。あんたんとこもか」
話に入ってきたのは狸の半獣人、タヌサクさん。
お仕事は麦畑の管理。
麦は主食の一部で、村の屋根やベッドに使用されている藁の原料。
村の近くに大きな麦畑があり、他の村と共同で育ててるんですって。
大事なお仕事よね。
「しかし、レンガは高価だしな」
「それにどっちみちオレたちの村に建築の知識のある者はいない」
「そうだよなぁ。ルシアスさんに建築系の本でも持ってきてもらうか?」
「いやぁねぇ、そんなの一朝一夕でわかるわけないじゃない!」
「とはいえ、王都から職人を雇うってのも無理だしなぁ」
「ま、木材の材料には困らんし、その都度修復していけばいいじゃないか」
「ほだこと言うけどなぁ、タック……こうして修復してっても、しょせん素人。粗が重なって倒壊でもしたら危ねぇべ」
「う、うーん」
私もタヌサクさんの言う通りだと思う。
村を見回してみると、竈場含めてどの家も素人の手作り。
見るからにほったて小屋である。
素人目にもきちんと建て直さなければ危険、とわかるほどだ。
「あ」
そうだ、いいことを考えた!
私の薬——『解熱薬×十万本』の報酬で村の建物を建て直そう!
材料は森から木を切ってくればいいのだから、技術を指導できる職人さんに来てもらえれば安く済むかもしれない!
「ダウおばさん、私、お薬の報酬を村のために使いたい」
「うん? どういうこと?」
「今のお家も素敵だけど、王都から職人さんを招いて家の建て方を教えてもらえたらもっと素敵な家に住めないかな?」
「!」
ダウおばさんたちは、私の言葉の意味をすぐに理解してくれた。
職人を大勢招いて、プロに全部やってもらえれば間違いなく立派で安全な家が建つだろう。
でもそれは、とても膨大なお金がかかる。
私の作る解熱薬十万本分の報酬をすべて注いでも村全部の家を建てるには足りない。
だからその中間。
職人を招いて指導してもらい、自分たちで材料を揃えて建てる。
それならば私の薬の報酬で十分事足りるだろう。
「ミーアはそれでいいのか?」
と、聞いてきたのはダルオブさん。
もちろんである。
だって私の住む家でもあるんだもの。
それに万が一家が倒壊して村人が死んだ、なんてことになったら、同じ村の者として家族が死んだも同然じゃない。
そんなの嫌だわ、悲しいわ。
「そうか、ありがとう。よし、夕飯の時に村のみんなに相談だな」
「今までお金なんかあんまり意味なかったけど、なるほどなぁ、そういう使い方ができんのか」
「ミーアは賢ぇなぁ!」
「い、いえいえ」
自給自足の生活が長かったからだろう、村の人はあまりお金の使い道がわからないのか。
かくいう私も約三十六年お金と無縁な生活を送ってきたから、お金の使い方が上手いかと言われると全然自信がない。
この“職人さんに来てもらい、自分たちでその指導のもと作業を行う”というのは聖殿で習った。
聖殿は火聖獣様を奉り、信奉を捧げる場所。
王家からの支援金で運用されており、その額は幼子の頃の私……薬師になる前の私がいた頃でさえかなり少なかった。
そのため聖殿の中でどうしても修復する箇所が出ると、職人さんに来てもらい指導してもらうのだ。
聖殿官——聖殿の大人たちは、子どもたちの適性をそれで調べて、適性があればその仕事に就かせる……みたいに言っていたけれど。
「家、直す?」
「その方が安心だからって」
「ふーん」
タルトは首を傾げていた。
ダウおばさんも、「立派な家なんか住んだことないから、どんなもんなのかわからないわ!」と叫ぶ。
なるほど、この村の人たちは屋根が木でできていたり、壁に隙間がないとか、そういうのがわからないのね。
それはそれで恐ろしいような。
でも、逆にそれを聞いてしまうと今よりしっかりした家になった時の反応が楽しみかもしれない。
隙間風も雨漏りもない家が普通なのを知ったら、きっと今みたいなほったて小屋には戻れないと思うもの。
ちらり、とカーロを見ると相変わらず無表情で興味なさそう。
むしろ私と目が合うと、思い切り逸らす。私嫌われてるのかなぁ?
ルシアスさんが教えてくれた、タルトの両親とカーロの話。
気にならないと言えば嘘になるけど、それは過去のこと。
経緯もよくわからないし、少なくともタルトはカーロを嫌っている感じではない。
タルトはカーロを、私のように“面倒を見るべき相手”のように構ってる。
もしかしたら、カーロが両親の死に関わってるってタルトは知らないのかも。
カーロはタルトを頼るような視線をよく送っているから、なにか伝えたいことはあるんだろうな。
カーロの声……精神的なものからくるのであれば、私の薬では治せない。
ただ、カーロの立場からするとタルトの側にいるのは苦しいのではないだろうか。
でも、離れて生きるのも、それはそれでつらい。
なんでままならないのだろう。
同じ村に住む——同じ家に住む者として、なにか私にできることがあればいいけれど……うーん……なんにも思いつかない。
「よし! まずは解熱薬作りをがんばるぞぅ!」
「手伝うことあれば言えよ」
「ありがとう、タルト」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます