第12話 やってしまいました


 きっと私はずっと、城で作った薬の売り上げで聖殿の子どもたちが豊かに暮らせれば、その子たちに尊敬され、愛されると思っていたの。

 でも、その気持ちはラティリア王女に掠め取られていた。

 ああ、そうだ……最上級ポーションの研究に没頭してたのだって、きっと認められたかったからだ。

 私を無視する城の人たち、同僚たちに認められて褒められたかった。

 私は、私は……!


「大丈夫、大丈夫。あなたはうちの子。それに、風聖獣様から加護もいただいたでしょう? これから先、あなたをいじめたり悪く言ったりする人はいないわ。そんな罰当たりなこと、誰もできやしない」


 加護——ああ、そうだ。

 この髪の色は風聖獣様からの加護の証。

 私はもう、一人ではない。

 村の人たちの心配そうな眼差し、空気。

 おばさんのあたたかな羽毛に包まれて、どんどん心が落ち着いていく。

 顔を胸の羽毛から出すと、みんなが微笑んでいた。

 その微笑みには「そうだよ、大丈夫だよ」という想いが込められてる。

 そう——伝わってくる。


「やはりミーアのその髪の色は、風聖獣様から加護だったのか。人前に姿を現さない風聖獣様が加護を与えた人間——何百年ぶりだろう? 僕も初めて見たな。具体的にどんな効果があるんだい?」


 ダウおばさんの言葉に、ルシアスさんがかなり興味津々な声で聞いてきた。

 本来であれば、他の聖獣様のご加護と属性が異なるのみなのだが——。


「ミーアがもらったの、ポーション作れる加護」


 と、私の代わりにタルトが答えてしまう。

 おかげでみんなが「え、ポーション?」と目を丸くした。

 ああああ、で、ですよねぇ。

 そんな加護聞いたことないですよね〜。

 しかし、私は思ったのだ。

 この村で生きていく……ううん、生きていきたい。

 だから、私はこの村で、私ができることで村と村のみんなを支えたい。

 だから——。


「そ、そうなの! 私、風聖獣様から薬を作れる知識と加護を、いただいたの……! だから、私、ポーションとか、薬を作ります! この村のために!」

「マアマア、ミーアったら!」

「ポーションが作れるのか〜。すごいな、ミーアは!」

「薬が作れる……えっとぉ、人間の職業でそんなのあったわよねぇ。なんだったかしらねぇ」

「薬師だよ、おばば」


 熊のタックさんが、腕に乗せたアライグマのカテネおばあさんに言う。

 大きさが全然違うが、同じ“クマ”族なのだそうだ。

 だからこの二人は私やタックのように同じ家に一緒に暮らしてる。

 祖母と孫のように仲がいい二人だ。


「ポーション……! もしかして、中級や上級を作れたり——」

「え? あ、はい。材料があれば……」


 ほっこりしていたら、ルシアスさんが真面目な声と表情で私の近くにしゃがみ込む。

 ポーションを作るのは簡単だ。

 特に下級なら目を瞑ってても作れる!


「本当かい!?」

「!? え、あ、で、でも、中級と上級は少し珍しい素材を使うので……」

「そ、そうか……あ、では下級ポーションは? 今すぐ作れたりしない? 実は聖森国で最近ポーションの存在が大きく見直されているんだ」

「?」


 ルシアスさんの話では、近年崖の国に現れた“薬師の聖女”がもたらしたポーションが聖森国にも広まりを見せており、その手軽な治療回復薬は大変よいものとして獣人にもすっかり受け入れられたのだという。

 元々あまり怪我も病気もしない獣人だが、種族の性質上怪我をする時は必ず大怪我であり、一世代前の王があまり魔獣狩りに積極的ではなかった——ルシアスさんいわく魔獣を嘗めてた、らしい——ため、魔獣が増加とレベルが高いものが現れ始めている。

 なので、今の聖森国は騎士団と冒険者も総動員して魔獣狩りが盛ん。

 そこにきてのポーション流行により、ポーションはいくらあってもいいのだそうだ。

 ……“薬師の聖女”……う、ううん、気にしない気にしない!


「どうだろう? 次に来る時までに一箱——五十本作っておいてもらえれば二千コルトで買い取るよ」

「に、二千コルト!?」


 私の——大人時代の一ヶ月分の食費の倍の金額!

 ……あ、いえ、私はお給料を自動振り込みにしていたので月いくらもらっていたのかわからないけど、経理部に「聖殿の方にお給料の九割寄付してください」って頼んでたから毎月カツカツで、食費も浮かすために毎日二食の一番安い定食食べてたから、月の食費の倍の金額といってもそれが適正価格なのかはわからない……。

 でも二千コルトあったら、お昼ご飯を食べられたなぁ……。


「どうだろう? 下級ポーションでも、品質が中級に近い[最高品質]やその下の[高品質]があれば上乗せもするよ」

「や、やります!」

「よかった! じゃあよろしく頼むね。入れ物の小瓶は置いていくよ。来月取りに来るから」

「今日中に! 作り、ます! 材料、採ってきます!」

「え? 待って待って、今日中になんて——あ、も、もう行っちゃった」

「俺、見てくる」

「頼むわね、タルト!」


 ルシアスさんの“依頼”を聞いて、私はすぐに川辺に向かう。

 たった五十本で二千コルト。

 服の代金、それで何割か支払えそう。

 それに、お金があったらダウおばさんにもいいスカーフ買ってあげられそうだし。


「ミーア、手伝う」

「あれ、タルト? ありがとう。でももう見つけたから」


 材料となる[デュアナの花]はそこらじゅうに咲いている。

 それを[素材保存]の魔術紋の中に入れておけば、いつでも採りたての鮮度で使えるから問題ない。

 しかし、いざ作ろうと思った時「そういえば入れ物がない……」と気づく。

 ルシアスさんが「置いてくよ」と言ったポーション用の小瓶とそれらをまとめて入れる木箱、置きっぱなしにしてきたんだ。


「も、戻ろう」

「おう」


 入れ物がなければ作っても無駄になる。

 ので、素材と川の水を[素材保存]の魔術紋に入れて村に戻る。

 馬車は同じところにあったし、村の人たちも「お帰り」と迎えてくれた。

 たったそれだけのことが、今はとても照れるし、嬉しい。


「た、ただいま」

「素材はあったかい?」

「はい、今作りますね」

「え? 今? 確かポーションを作るには、素材の花を乾燥させたり、それを粉にしたり、煮込む鍋やかき混ぜる棒が必要なんじゃ——」

「よくご存じですね! でも、それは製薬魔術が使えない人の作り方です」


 私も最初——聖殿で薬の作り方を学んだばかりの頃はそうだった。

 でも、そのうち[製薬]の魔術を覚え、知識も深く広くなるにつれ製薬魔術は進化して今の形にかったのだ。

 箱の中に収まっている五十本の薬瓶。

 その箱の下に魔術紋を展開して、下から上に浮かせていく。

 その過程で、薬瓶の中に作ったポーションが溜まる。


「五十本完成です!」

「…………」


 二千コルト、これで得た!! と、思ったが——ルシアスさんは驚いた顔のあと神妙な面持ちになり、箱の中から一本のポーションを取り出して[鑑定]と言葉に出した。

 あ、しまった! 品質設定……! お城にいた頃のままだわ!


「……と、特上……? なんだ、これは、見たことがない品質だ! 中級ポーションの上品質くらいの効果、だって? こ、こんなばかな……これが風聖獣様のご加護だというのか!」

「…………」


 やってしまいました。



 ***



 翌朝、私はルシアスさんがくれた服箱の中から白のワンピースを取り出した。

 今まで着ていた服は、汚れが目立たない黒一色。

 でも、これからは着たい服、着たい色を着るんだ。

 人生で一度も着たことのない白い、レースのついた可愛らしいワンピース。

 ドキドキしながら袖を通す。

 大人の頃はお風呂も面倒くさがってあまり入らなかったから、ちょっとねばっと脂っこい重々しい印象の茶色い髪。

 黒い作業用のロングワンピースばかりで、靴も汚れがすぐ落ちる皮靴。

 そばかすは目立つし、肌は青白、唇は紫、目の下はひどいくま。

不健康をそのまま鏡で見たような顔だったけれど——。


「わあ……違う人みたい」


 風聖獣様のご加護で髪の色は毛先が淡い緑色の白髪。

 若返ったことでそばかすはほとんど目立たなくなり、たっぷり寝ている——というか夜になると眠くなるのこの体——から肌はつやつや健康的。

 目の下のくまも無くなった。

 唇もピンクでプルプル。

 ご飯が美味しく、栄養がいいからだろう。

 この姿なら、よほどのことがない限り私が崖の国の薬師ジミーナであるとバレることはない。はず。

 うん、これならきっと“ミーア”として新たな人生を生きていける! はず。

 もう二度と、人に利用されるだけの人生は送らない!

 今度は私を受け入れてくれたこの村のために、自由に生きるんだ!

 ……ちょっとだけ、崖の国の聖殿の今の様子は気になるけれど……。


「ううん。私はミーア。もう昔の自分じゃない。新しい私に——なる! うわ!? うぎゃっ」


 というわけで朝ご飯へ!

 二千コルトで買った姿見鏡。

 その前で新しい自分を確認して、私は部屋から出るべく一歩踏み出した。

 しかし、私は自分の体のサイズ感をいまいち把握しきれていない。

 頭が重いのだ、大人の頃より。

 ズベッ、とバランスを崩してなにもないところで転んだ。顔面から。


「…………うっ、うー……っ」


 痛い。

 痛いけど、泣かないわよ。

 子どもだけど、中身は三十路すぎのオバサンなんだから!

 だから……泣いてないんだから!



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