第3話 熊と焚き火
木々に挟まれた道を、ただひたすら走る。
だが、一向にユリハの姿は見えない。
「あいつ、歩くのが早いな。こっちは走ってるってのに、見えもしないぞ」
愚痴を溢していると、近くの草木から五匹の狼が襲いかかってくる。
腰に差している刀を鞘から抜き、走りながら飛びかかってくる狼を切り刻んでいく。
倒し終えた頃には、服が反り血で真っ赤に染まっていた。
「あー、最悪だな。せっかく洗濯したってのに、こんなに汚れたぞ」
そうこうしていると、張り迫った悲鳴が聞こえてくる。
「誰か、誰か助けてください!」
間違いなくユリハのものだ。
只事ではないだろう。
俺は急いで声のした方へ走っていく。
「向こうか。……って、おいおい。こりゃあ、高く付くぞ」
やがてユリハの元にたどり着くが、どうもまずい状況だった。
狼や小鬼(ゴブリン)ならまだしも、数々の冒険者を葬ってきた事で有名な凶暴熊(ヒグマ)。
そいつが、今にもユリハに襲いかかろうとしていた。
だが、本来、凶暴熊はこの森にはいないはず。こいつがここにいるのがあり得ないのだ。
いや、今はそんな事を考えている暇はない。
あまり人前で力を見せたくないが、そんな事をしている余裕はない。
俺は迷わず、本気で奴を殺す事に決めた。
そうとなれば出し惜しみは無しだ。
「デストロイ·ブラスト」
俺の掛け声に答えるように、剣が緑色の光に包まれる。
今のは強化系の付与魔法だ。
素早い斬撃を放ち、何であろうと斬る。
刀を大きく振ると、それに沿って斬撃が放たれる。
やがて、斬撃は凶暴熊へと迫っていき、左腕を切り落とす。
すると、凶暴熊は怒り狂い、後先考えずにユリハ目掛けて走り出す。
俺は急いでユリハの元へ駆け寄り、雷魔法『ケラノウス』の術式を構築する。
「これで終わりだ」
頭上に魔方陣が現れ、凄まじい轟音と共に凶暴熊目掛けて電撃が走る。
凶暴熊が感電し、動きが止まる。
このチャンスを見逃さまいと、すかさず刀を振るう。
直後、刀が凶暴熊の首を切り落とし、俺とユリハは反り血を浴びる。
刀を鞘にしまい、俺は後ろを振り向く。
そして、木に寄りかかるように座り込んでいるユリハに声をかける。
「おい、怪我はないか?」
手を差し出すと、ユリハはギュッと握って立ち上がる。
「おかげさまで。ミクズ様、この度は我が命を救っていただき、誠にありがとうございます。是非とも、お礼をさせて欲しいのですが」
「あー、そういうのいいから。別に見返りを求めてやった訳じゃない」
「ですが、そういう訳にはいきません。些細な事でもいいので」
ユリハはどうしても礼をしたいのだろう。
その真剣な眼差しから、そう読み取れる。
先程の罪悪感もあり、少しは期待に応える事にした。
「そうだな。……なら、俺の服を洗うのはどうだ? 見ての通り、この有り様だ」
「喜んで、洗濯させてもらいます! では、脱がさせていただきますね」
ユリハは無邪気に微笑む。余程、嬉しかったのだろう。
「待て、別に今やれとは言ってない。村に戻ってからで良いだろ」
「いえ、ミクズ様を血で汚れたまま民衆の前に晒す訳にはいきません。それに、水辺が近場にありますし」
「……そうか。なら、そうさせてもらおう。だが、服は自分で脱ぐ」
「いえ、私が脱がさせていただきます」
「駄目だ」
さすがに服を脱ぐのは自分でやる。それだけは譲れなかった。
澄んでいる綺麗な水辺の前で、汚れた服を脱ぐ。
ふと、ユリハを見ると、俺の隣で当たり前かのように服を脱いでいた。
まるで見られても構わないと言わんばかりに。
「何でお前も脱いでいるんだ?」
「私の服も先程、血で汚れてしまったので。従者たる者、身だしなみをきちんと整えておかねばと思い。それとも、お気に召されませんか?」
「いや、構わない。だが、いいのか? 男の前で下着姿を見せても」
「ミクズ様なら問題ありません」
「そうか、ならいいが」
と言ったものの、若い男の前で下着姿になるのはどうかと思う。
それも純白のブラジャー一枚。主張の激しい豊満な胸の事もあり、なおさらだ。
脱いだ服をユリハに渡すとき、なるべく下着を見ないように目を反らす。
服を受け取ると、ユリハは水辺の前で屈む。
ユリハが服を水に付けて洗っている横で、俺は髪を水で濡らす。
多少は髪にも血が付いたはずだ。念のために洗っておいて損はないだろ。
ある程度、水で洗い終えたので髪をかき上げる。
「洗ったはいいものの、乾くまで時間が掛かりそうだな」
「大丈夫です。私に任せてください」
ユリハは集められた木の枝にそっと手をかざす。
おそらく術式を構築しているのだろう。
どうな魔法かと内心、ワクワクしている。
すると、魔法が発動し、木の枝が業火に包まれる。
やがて、木の枝は焚き火となり燃え盛る。
「インフェルノか」
「はい。取得するのに苦労はしましたが」
ユリハは即席の焚き火に服を近付けて乾かす。
俺は冷えた髪を暖めるため、焚き火に身を寄せるように座る。
ふと、隣で黙々と服を乾かしいてるユリハを見つめて思う。美人さんだなと。
その上、性格も悪くない。加えてしっかり者であり、挙げ句には超上級魔法まで扱える。
今更だが、ユリハは今まで出会った中で一番、完璧な女性だ。
「流石はお嬢様か。容姿端麗で、才女ときた。非の打ち所がないな」
「お褒め頂き、ありがとうございます……!」
ユリハは隠すことなく照れる。
ここまで喜ばれると、褒めたこっちも嬉しくなる。
そのあまり、乾かしていた服が焚き火で焦げそうになる。
「おい、焦げそうだぞ」
「……っあ!」
ユリハは慌てて服を遠ざける。
やってしまった!と。
続けて服に焦げがないか、目を凝らして確認している。
そこでふと思った。
「インフェルノを使えば、さっきの奴だって倒せたんじゃないなか?」
「いえ、とてもではありませんが、私の手には負えないと思います」
ユリハはどうぞと服を畳んで俺に渡す。
服は焚き火でついさっきまで乾かしていたため、生暖かい。
服は真っ白なシャツのため、どのくらい汚れが残ることを心配していた。
だが、血で汚れていたとは思えない程、しっかりと洗い流されており、心なしか前よりも綺麗になっているように感じだ。
俺はシャツを広げてに袖を通す。
「というか、どうして森に入ろうとした? 魔物に襲われるのは目に見えているだろ。……それともなんだ、俺を試したのか?」
「はい、誠に身勝手ではありますが、どうしてもこの目で見てみたいと思い」
ユリハは申し訳なさそうにしている。
服を乾かしてもらった上、試された事についてあまり責める気にはなれない。
だが、それとこれは違う。
「さてはお前、馬鹿だろ。出会ったばかりの奴を信じるな、俺が弱かったらどうしてたんだ?」
「その時はその時です。ですが、私はミクズ様が助けてくださると信じていました。それに、ミクズ様が実力を隠している事も知っておりました」
「何でもお見通しって訳か」
目の前でパキッと音を立てて燃えている焚き火を、ぼ~っと眺める。
しぐさや実力まで把握されている、ユリハは一体どこまで俺を知っているのだろう。
そう飛び散る火花を途方もない目で見る。
隣ではユリハが服を着ている。
純白なシャツの上に、黒いジャケットとスカート。襟には赤色のリボンを付けており、胸ポケットには紋章がある。
おそらくは、どこかの学校の制服といったところだろう。
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