第4話 城塞都市

焚き火が燃え尽きるのを合図に、俺はゆっくりと立ち上がる。


「俺は村に帰るが、お前はどうするんだ?」

「私は町に行こうかと思います。それでなんですが、先程倒した凶暴熊を売りに行くというのはどうでしょうか?」


ユリハの提案に耳を傾ける。

常に金欠の俺にとっては悪くない話だ。


「賛成だ。だが、そうなるとコイツをどうやって運ぶかが問題だな」

「それなら心配ありません。少々、お待ちください」


ユリハは足早に村へと続く道を進んでいく。

張り切って、俺を待たせないようにと。


「待て、一人で行くのは危ないぞ。……って、歩くの早すぎだろ」


止めようと思ったが、ユリハの歩く速度が早く見失ってしまう。

下手に動き回っては遭難しかねないので、大人しく待つことにした。


しばらくして、地べたに座って待っていると、ガタガタと音を立てて馬車がやって来る。

それに加え、馬車の回りには護衛であろう騎兵が数人いる。


目の前で馬車が止まると、ドアを開けてユリハが姿を現す。


「どうぞ、お乗りください」


馬車へ乗るように促される。

だが、大したこともしていないのに、ここまで手厚くして貰うのには後ろめたさを感じる。


「いや、さすがに悪いだろ。俺は歩きで十分だ」

「そしたら、日が暮れてしまいますよ。それに、ミクズ様は一度もこの領地から出たことがないと聞いております。町までの道のりが分かるのですか?」


ユリハの言葉にぐうの音も出ない。

事実、俺はここから一度も出たことがない。

なので、当然、町に行った事もなく何処にあるのか分からない。


また、荷車なんて高いものを買えない俺にとって、凶暴熊を運ぶ手段は徒歩しかない。

となると、細かく解体して数回に分けて運ぶことになるだろう。

それを考えると、徒歩で運ぶのは非効率すぎる。

悩み抜いたすえ、俺はユリハのお世話になることにした。


「……分かった。そうさせてもらう」

「かしこまりました」


ユリハはニコッと微笑んだ。

頼られる事が嬉しかったのだろう。




初めて乗る馬車にソワソワしている。

すると、向かい側に座っているユリハが窓を眺めながら言う。


「どうです? 外の景色は」


窓を見ると、そこには草木が茂っていた。

普段と何ら変わらない光景だが、何故か新鮮さを感じた。

村か、村の外か。たったそれだけの事だというのに。


「案外、悪くないものだな」

「それは、良かったです」


何気ない会話をしていると、果てしなく続く壁が見えてくる。


「あっ、見えてきましたね。あれが城塞都市、エイルセントです。ちなみに、私の実家でもあるんです」


そうユリハの話を聞きつつ、俺は壁に囲まれた町をひたすら眺めていた。




エイルセントに入り、大きな建物の前で馬車から降りる。

村ではあり得ない程の建物と通行量に驚きつつ、ここが何なのかユリハに訪ねる。


「ここは?」

「冒険者ギルドです。冒険者と呼ばれている方々が拠点にしているような所ですね。今回、用があるのは、その隣にある解体場です」


ここが、噂に聞く冒険者ギルド……。

本当に合ったんだなと、感心する。

村へやって来る冒険者や旅人からよく話を聞いては、一目見てみたいと密かに憧れていたものだ。





解体場へと足を踏み入れる。

中は厨房のようになっており、ムワっと血生臭い臭いがする。

それもそのはず、至るところで魔物の解体が行われているからだ。


辺りを見渡していると、解体を終えた解体師の男が俺達に気付く。

いや、正確に言うならばユリハに気付いたと言うべきか。

解体師は素早く手を拭き、こちらへと歩いてくる。


「これはこれは、ユリハ様ではないですか。本日はどういったご用件で」

「魔物の買い取りです。こちらにありますので、付いてきてください」


ユリハは外に出ると、馬車の後ろにある荷車の前で立ち止まる。

そして、荷車に掛けられた布を取ると、凶暴熊の姿があった。


荷車から多少は、はみ出てはいるものの、凶暴熊は解体される事なく、そのままの状態だった。

荷車って便利だな、っと感心していると、周辺がざわめきだす。


「凶暴熊……! ユリハ様、こいつは一体どうしたんですか? もしや、ユリハ様がお倒しに」


解体師は驚き、とても興奮している。

凶暴熊を目にかかるのは滅多にないのだろう。

そこまで驚く事か? と疑問に思うが、俺の常識が外れているのかもしれない。


ユリハは誇らしげに強調する。


「いえ、私は助けられただけです。この魔物はミクズ様が“たったお一人”で倒されたのです」

「たった一人、……ですか。にわかには信じがたいですが、だとすれば間違いなく勲章ものですね」


解体師は値踏みをするように俺を見ている。

だが、勲章ものに関しては大袈裟だと思う。

日頃から森に入る俺にとって、凶暴熊よりも強い魔物と戦った事は数知れず。

勲章が貰えるとしたら、積み上がって山ができてしまうだろう。


「失礼ですが、お二人のご関係は?」


解体師の問いに、ユリハは迷いなく答える。


「私にとってミクズ様は仕えるべきお方。言わば従者の関係です」

「俺は認めてないがな」


一応、否定しておいた。

ユリハが従者になってくれると、とても頼もしい。

だが、それゆえに、優れすぎているため俺には勿体ない気がしてやまない。

だから、中々、従者になる事を認めることに抵抗感があった。


ユリハは気になって仕方ないのか、ソワソワした様子で聞く。


「それで、お会計の方はおいくらでしょうか?」

「お待ちください。ただいま用意してきます」


解体師がそう言って、奥の部屋から持ってきたのは壺位の大きさがある袋だった。


「白金貨三枚と金貨五百二十枚です」


目の前のテーブルに、大金が入った袋がズッシリと置かれる。


「やりましたね。これで、ミクズ様はお金に困らずに済みますよ!」


ユリハはとても喜んでいる。

それ程、俺の事を考えてくれているのだと伝わる。


「それどころか、一生遊んで暮らせそうだな」


これ程の大金であれば、何軒も家が買えるのは間違いない。

とても大きな豪邸だって夢じゃない。


ユリハは袋をひょいと持ち上げ、俺に差し出す。

あまりにもの大金を前にし、緊張のあまりゴクッと固唾を呑む。

袋を両手で受け取ると、ズッシリと重さが押し寄せ、危うく落とすところだった。

ユリハは軽々と持っていたので油断していた。

多少、筋肉が付いているというのに両手でやっと持てる重さだ。

一体、ユリハの腕力はどうなってるんだと疑念を向ける。



気を取り直して、金の話に戻る。


「それで、いくら山分けするんだ? 半々か?」


たぶん、半分に分けるのだろうと思っていると、予想外の返事が返ってくる。


「いえ、その必要はありません。凶暴熊を倒されたのはミクズ様です。それに、私は命を救われた身。それなのにお金を貰うなど、恐れ多いです」

「だが、そういう訳には……」


山分けを断られてしまい、困惑する。

シャロなら間違いなく半分以上、我が物顔で持っていくだろう。

それが村での普通だった。

なのに、一銭も要らないと言われては、逆に裏があるのではと疑ってしまいそうだ。


それを見かねたユリハは気を使ってか、お腹を擦りながら言う。


「でしたら、料理を御馳走してくれると嬉しいです。実は、朝から何も食べていなくて、お腹が空いてしまい……」

「そんなもので良いのか?」

「はい!」


ユリハは食いつき気味に即答した。

そうとう、お腹が空いているのだろう。

完璧なお嬢様だと思っていたが、案外、可愛いところもあるんだな。


「分かった。食事にするか、何処か良い店は知らないか?」

「それでしたら、私に任せてください。とっても美味しいお店を知ってるんです!」


ユリハはとても張り切っている。

ご飯を食べれるのか、俺に紹介するからか。

これに関しては五分五分といったところだ。

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