第2話 伯爵令嬢が来た
振り向いた先には、ショートカットの蒼い髪に、碧色の瞳である年端もいかない少女だった。
一言で言えば美人。あのシャロと肩を並べる程の美貌だ。
目立った特徴としては髪を右に縛っている、いわゆるサイドテールであり、黒いカチューシャをしている。
じぃ~っと、観察している俺を余所に、少女は慌てている。
「ミクズ様、お怪我はありませんか!」
少女は心配そうに、俺の体を一通り眺めている。
怪我をしていたらどうしようかと。
先程、アランに蹴られたこともあり、服はかなり黒ずんでいる。
次第に少女の目は鋭くなっていき、何やら怒っているようだ。
「……あの男、絶対に許さない。この手で粛正してやる……!」
少女は足早にアランの元へ向かおうとするが、肩を付かんでそれを止める。
「おい待て。というか、誰だお前?」
俺の問いに少女はハッと、我を取り戻す。
しまったと言わんばかりに。
「すみません、私としたことが。……エルストファ伯爵家、次女のユリハと申します。本日よりミクズ様の従者となるため、馳せ参じました」
「断る」
迷わず即答した。
いかにも面倒臭そうで、その上怪しすぎる。
ユリハはあからさまに動揺している。
何がいけなかったのかと。
「……えっ、どうしてでしょうか? もしかして、私はミクズ様の従者には相応しくないのですか?」
「そういう訳じゃない。まずもって、どうしてそんなお偉い貴族さんが、平民の俺なんかの従者になるんだ?」
すると、ユリハは顔色を変え、真剣な眼差しで俺の目を見る。
何を言っているのだと眉を寄せて。
「もしや、キーディスから何も知らされていないのですか? ミクズ様は我がエルストファ伯爵家が忠誠を誓っているラーディシュ公爵家の、ご嫡男なのですよ」
俺が公爵の嫡男?思わず耳を疑った。
だが、心当たりが無いわけではない。
現に俺は、ラーディシュ公爵家の紋章と似た模様が刻まれているペンダントを持っている。
けど、俺は捨て子のはずだ。
キーディスからは何も聞いていない。
「初耳だ。きっと人違いだろう」
「いいえ、間違いありません。ミクズ様にお仕えする身。当然、ミクズ様の歩き方や話し方、癖などは逐一暗記しております。なので、見間違いのはずがありません」
ユリハの目は自信に道溢れている。
間違いないと。
つまり、俺はずっと監視されていたというのか?
疑問が頭をよぎるが、ひとまず置いておこう。
「仮にそうだとして、お前には何ができる?」
「私はミクズ様に全てを捧げています。ミクズ様がお望みとあれば、夜伽も喜んでいたします。……ですが、初めてのため心の準備ができておりません。もし、するのであれば事前にお知らせしてください」
ユリハは頬を赤く染め、もじもじしている。
一体、何を想像している事やら。
急に何を言い出すと思えば、俺は呆れて返事をする。
「するか。出会って間もないんだぞ」
「すみません」
しばらく沈黙が入る。
このまま油を売っている暇もない。
俺は狩りをするため、森に足を向ける。
「あの、どちらに?」
ユリハは走って俺の後を追ってくる。
「お前には関係ない。付いてくるな、俺は従者と認めた覚えはない」
「どうしてもですか?」
ユリハは隣に並び、俺の顔色を伺う。
この様子だと、ユリハはそう簡単に引き下がらないだろう。
このままだと森まで付いてくるかもしれない。
だが、森は魔物の巣窟と化していて危険だ。
それだけは、何としてでも阻止しなくてはならない。
断る口実を考え抜いた結果、一つの答えを見つける。
「なら、俺と勝負しろ。それで勝ったら考えてやらない事もない」
「分かりました!」
ユリハはやる気満々のようだ。
勝つ自信があるのか、勝って従者になりたいのか分からないが。この様子だと、後者だろう。
作戦は至って簡単。わざと負けてユリハを失望させる。
貴族たるもの、自分よりも弱い相手には仕えたくないだろう。
「では、いきます!」
ユリハは用意した木刀を握り締め、思いっきり振りかざす。
絶対に勝たんとばかりに。
そして、待ってましたと言わんばかりに、恐れをなしたように目を閉じ、地べたに尻を打つ。
目蓋を開くと、首には木刀が向けられている。
「参った、俺の負けだ」
悔しそうな演技で呟いた。
本来ならここで失望するはずだが、どうやらそう簡単にいかないようだ。
ユリハは木刀を退けると、嬉しそうに笑みを浮かべる。
従者になれる事を喜んでいるのか。
「では、約束通り……!」
誤算だったが、ここはゴリ押しで何とかするしかない。
「駄目だ。第一、約束した覚えはない。それに、お前だって自分より弱い奴なんかに仕えるのは嫌だろ?」
「いえ、決してそんな事はありません」
「そうはいかない」
「ですが……」
「……すまないが、諦めて帰ってくれ。生憎、俺も暇じゃないんだ」
心なしか罪悪感を感じるが、そんなのは気にしていられない。
ユリハは諦めたのかシュンと、虚しそうな表情をする。
「……分かりました」
ユリハは背を向けて、黙々と森に続く道を進んでいく。
「おい、そっちは危険だ。遠回りになるが迂回して通った方がいい」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、近道なので私はこのまま帰ります」
ユリハは振り向き際に作り笑顔を見せた。
心配させないようにとばかりに。
あまりにも無茶だ。少女一人があの森へ入ったら間違いなく魔物の餌食になる。
「おい、聞いてるのか! ……ったく、調子が狂うな」
俺にとやかくいう資格はないと思う。
だが、目の前の少女を見殺しにする事は出来なかった。
放っておいたら間違いなく後悔する。そう思ったからだ。
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