第81話
結婚して、もうそれぞれに自立し、遠くにいる二人の子供達は、「エー!お母さん、家が買えたのー!スゴーイ!」と言って喜んでくれた。もちろん、高層ビルのマンションとか新築の一戸建てとかには及びもしないけど、どんなあばら家でも無いよりましだもの。それでも、びっくりする程、頑丈で、台風が来ても、ガタガタ音はするけど、別に大したこともなく、がっしりと私達を守ってくれて居る。
毎日、蚊取り線香を焚いて害虫退治をし、夜は真っ黒の太く大きな、一本の巨木を使った梁を見上げながら、「只今!」と帰れる我が家のある幸せを噛み締めている。
この古い家に来て、一番嬉しかったことは、玄関が真東を向いているという事だ。東には山もなく、建物もなく、大きな空が広がっていて、朝日は真っ正面に昇って来る。
「お日様、有難うございました。私はここに参りました。毎日、今日はなにが出て来るかとヒヤヒヤしながら暮らしておりますが、この家を与えて頂いて、本当に良かったと嬉しく暮らしております。お陰様で有難うございました。」と毎日、朝日にお礼をいいながら庭の草取りに励んでいる。
大きな梅ノ木は、毎年、美味しい実をつけてくれ、柿の木はもう古いけど、それでも甘い実をつける。まあ、よく実をつけましたねえ!とその柿の老木に声をかけずにはいられない。
東の門の前には川が流れていて、毎朝、大きな白鷺がやって来る。川の中にはゆらゆらと鯉が泳ぎ、時折、キジが飛んで来て、目の前の田んぼに立っている。
草取りをしていると、門から可愛いリスがやって来る。チョコチョコと私の側まで来て、私と目が合うと一瞬立ち止まって、じっと動かなくなったが、一目散に門から飛び出して行った。
近くの道を自転車で走っていると、亀が横断する。
春になると、ウグイスが早朝から夜まで、美しい声で元気に鳴いてくれる。六月になると、ホトトギスがやって来て、ウグイスとホトトギスの共演となる。紅く熟れた梅の実は、有り余るばかりだけど、高いところは手が届かず、ウグイスのステージになっている。
美味しい空気を一杯に吸い込みながら、これからの夢を思うと、胸がワクワクする。
私はもう、どこから見ても、すっかりお婆さんだけど、胸の内には赤い血潮が沸っている。
貧しい者は幸せだ。それは、可能性に満ちているからだ。健康でさえ有れば、どんな事にもチャレンジできる。自分に何が出来るか。何がしたいか。私はワクワクしながら新しい自分の人生を夢見ている。
鳥は鳥としての一生を送る事で、他の夢となり、喜びとなる。花は花としての一生を送る事で、魚も木も、猫も犬も、皆、自分の一生を送る事で、他の夢となり、幸せを与えている。私は私の人生を生きる。私は私だもの。私を生きる。希望という連れ合いと共に、可能性という夢を信じて、ときめきという翼を羽ばたかせて、新しい人生の扉を開く。
私は幸せだ。時折、もう、無理は出来ないよと教えてくれる二本の足が今も私を支えてくれている。自分の足で歩ける喜び!花を愛で、耳をそばだてて小鳥の声を聞き、川の流れを聴く喜び!たくさんの喜びに囲まれて胸の中には夢が一杯膨らんでいる。
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