第80話
その家は、誰一人、知る人も居ない今まで行った事もない地域だと、その時は思い込んでいたけれど、よく思い出してみると、ずうっと何年も前に、家族揃って何かの縁で、この地の神社に参拝した事があった。アア!そうだった!私はこの地の氏神様とご縁があったのだと、私はこの地へ来て、何年もたってから思い出した。移り住んで数年間は、その事を思い出す事もなく、どうしてこんな、誰も知らない、来た事もない町に縁があったのだろうと思っていた。
インターネットで見たその家は、広い敷地の一軒家で、もう、九十年になろうかという、歳月を重ねてきた家だった。しかし、その売り出し価格が、蓄えていた金額に近く、長女が、足りない分は私が出すからと言ってくれたお陰様で、とても手に入らないと思っていた一軒家を、破格の捨て値で、手に入れる事が出来た。
「雨漏りはしません。」という不動産屋の言葉を信じて、もう、どこでもいいからと、私は長女と共にその家に飛び込んだ。
ただただ、見つかって良かったと飛び込んだその家は、広い敷地中に、人の背丈程もある草が生い茂っていて、「何とかして下さい!」と不動産屋に頼んで、刈り取って貰った程の荒れ屋敷だった。敷地が広いだけに、雑草生い茂る様は、恐ろしいばかりで、始めてその家を見に行った時は、余りの荒れように、茫然とした。恐る恐る家の中へ入って見ると、広い座敷を、田の字に仕切った家で、襖やガラス戸を取り外すと、広々とした一つの大広間になる。昔はこの家で、冠婚葬祭が行われていたのだろう。
歩くと足が、床の下にズボッと、落ちそうになるので、そうっと静かに歩かねばならず、役所にリホームの補助をお願いし、足りない分は、借金までして、床板を全部張り替えなければ歩けなかった。
長年、人の住んで居なかったその家は、子供の手程もある、巨大な蜘蛛がいた。そしてその、巨大な蜘蛛は、叩いても叩いても、叩いても叩いても、毎日、次々にどこからか現れて、ドキリと私達を悩ませる始末。
その上、ヤモリは部屋中を我が物顔に這い回り、私達は、「ギャー!」っと悲鳴を上げながら、恐る恐るそこで暮らす事になった。
大工さん、ガス屋さん、お世話になる業者の人達は、この家に来る度に、口を揃えて言った。「どーし、こがーん家ば、買いなはったか。他に、マーダ、良か家の有りますよ。」と。私は笑って聞いているけど、それはもちろん、ここしか買えなかったからだ。誰だって、きれいな新しい家がいいに決まってる!買えないものは仕方がないではないか。その内にきっと、リホームの夢が叶って、見違えるような家に・・・なったらいいなあと夢見ている。
来る人来る人が、口を揃えて呆れる中で、たった一人、この家を訪ねて来た、バイト先の人が、「ホー!良か家ですタイ。」と言った。エー!ホントに?と私は思わずクスッと笑ってしまった。どこもかしこも、ボロボロの、もう、立て直すしかないような家だけど、建った当時はきっと、立派な家だったのだろう。何はともあれ、行き場のなかった私に、どんな形であれ、こうして我が家と呼べる家が与えられた事は、願いが叶ったと言っても良いと思っている。”叩けよ。さらば開かれん。”というのは本当だと私は思う。
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