第79話
二人はしばらく、自分達の部屋に戻っていたが、やがて台所へやって来て、「足が痛いというんなら仕方がない。痛いというのを引き留めて、無理をさせるわけにもいかんだろう。」と老主人が言ってくれて、私はホッと胸を撫で下ろした。それからしばらく、この屋敷を出る準備に取りかかり、晴れ渡る中秋の名月の夜、その日の仕事を終えた私は、二人に見送られて田代家を出た。
嵐のような二年間を過ごした一日、一日だったけど、過ぎて見れば本当に、矢のように駆け抜けた日々だったと、静かに思い返しながらお屋敷を出た。
金峰山を下りて、すぐ近くの市内の一角に、見なし仮設のアパートがあって、一先ず、そこに落ち着いて、私は両足の様子を見ながら、仕事を探す事にしていた。ところが、三ヶ月もしない内に、出て行って下さいという退去命令が出て、私達はどこでもいいから家捜しをして、そこを出なければならない破目になった。
田代家にいる間、私は全くお金を使う必要はなかった。部屋代も食費も、光熱費も、何もかも全て無料だったので、わずかばかりの年金は手をつける事なく、全部蓄えてあった。夫人からは、毎月、お小遣いを貰っていたが、これも、使う事もなく、休みの日の楽しみに映画を見たりする以外は、全て蓄えてあった。しかし、それらを全部足しても、どんなに安い中古の住宅でも、全く買えるはずもなく、どうしたらいいのだろうと思いあぐねる日々が続いた。
年金だけでは、部屋代にもならず、県営住宅、市営住宅と検討を重ねたけれど、一戸の住宅に、何十人もの借り手があって、とても、すぐそこに移るという事は出来ない状況だった。だからといって、一日も早く退去しなければならなかったし・・・。足の治療もしなければならなかったし、仕事も探さねばならなかったし・・・。どうにもこうにも、進退極まった頃、インターネットを見ていた長女が、「お母さん!ここに、こんな物件があるよ!」と捜してくれた家が、今の私の住まいとなっている。
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