第76話

地震の後、いち早く来てくれたリホームの建築業者は、ひととおり、屋敷中の下見をした数日後、代表と共に三名で田代家を訪れた。いくらで、どういうリホームをするかという、見積りに来たのだ。何枚にも及ぶ、分厚い見積書を丹念に目を通す夫人の横に、老主人はいつものように、黙ってダイニングのテーブル席に着いている。私は挨拶をし、お茶をだし、本当に、多分、この屋敷が建って一度も経験した事のない地震によるリホームをお願いする事に、少なからず祈るような気持ちをしていた。どうぞ、よろしくお願いしますという、そんな気持ちで見守っていた。

ひととおり、夫人が見積書を見終わった所で、全員が立ち上がって、リホームの説明をしますから、という代表と共にダイニングを出て行った。

何にもお出しする菓子類が無かったので、冷蔵庫にあったキュウリの糠漬けを、小花模様の可愛い小皿に、二切れづつ入れて、爪楊枝をつけ、テーブルに並べ、一同が戻って来たら、お茶をお出しするようにしていた。

やがて家中の見回りが済んで、一同がダイニングに戻って来たとき、テーブルにキュウリの糠漬けが置いてあるのを見て、リホーム業者の中の女性が一人、「マアー!」と顔を綻ばせて、嬉しそうに声を上げた。全員にお茶を出し、皆がお茶を飲み始めると、夫人は突然立ち上がって、「悦ちゃん、もういいです。もう出さなくていいから。」とそういうと、テーブルに出してあったキュウリの糠漬けを、小皿ごと片付け始めたのだ。エッ!私が驚いていると、夫人は手早く全ての小皿を回収し、私に渡した。

座っていた三人の業者は、少なからず衝撃を受けたようで、三人共立ち上がった。私はどうしたらいいのかわからず、小さく頭を下げて、渡された糠漬けを元に戻した。

三人は顔を見合わせていたが、代表の人は居住まいを正し、「では、よろしくお願いいたします。」と挨拶をし、他の二人もそれに合わせ、玄関へと向かった。外へ出て、彼らは再度頭を下げて挨拶をし、帰って行く一行は、互いに目と目を合わせ、今受けた驚きが隠せない様子だった。

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