第73話

その光の柱は、少しずつ、時間をかけて、左から右へ移動して行く。細いとも、太いとも言えないけれど、これまで画面に写る事のなかった、光の柱が一本、くっきりと写るようになった。余りにもクッキリと、光の柱がそこに、この屋敷を訪ねて来たように立っているので、ある時、玄関を飛び出して、格子戸を見に行った事があった。開いていた格子戸の周辺には何も異常はなく、白い砂利が広々と見えるだけだった。何処かの何かが反射しているのだろうか。何か、光を反射するものはないか。私は注意深く回りの状況を見たけれど、何にもそれらしいものはなかった。何が写っているのか。何も分からないまま、その光はずっと毎日、写り続けた。

太陽の光だろうと思ったけれど、どうしてここに、一本の光の柱となって現れるのか、全く分からなかった。そして夫人は、同じモニターを見ているのに、その光の存在には、全く気が付かなかった。モニターの中心に来たとき、光は最も太く、ハッとする程大きな光の柱となった。そしてそれは、地震が起きる前日まで現れていた。地震の後は、もう記憶にない。それどころではなかったからだ。今も、あの光はなんだったのだろうと思っている。

地震によって、石造りの広い湯殿は、たくさんの亀裂が入り、解体して、小さな現代版のユニットバスを採用する事になった。そして、あの、私を悩ませた、桧の大きなスノコは、もう要らなくなって廃棄処分になった。私はどんなに嬉しかったか!嬉しくて嬉しくて、キャッホー!っと飛び上がる程嬉しかった。

新しい風呂は、全自動のガスぶろで、使い方を出入りのガスやさんが、何度も何度も教えてくれるのだが、老夫婦はどうしても理解出来なかった。代わりに私がガス屋さんから教えてもらい、一つ一つ、お湯の入れ方、乾燥の仕方等を、大きな文字で紙に書いて、誰が見ても分かるように、洗面所にも、廊下にも張った。二人は私の書いた説明書きを、驚きの眼差しで見て、「もう、ガス屋さんを呼ばなくてもいいですね。」と夫人がニッコリと笑った。

私には、この屋敷に来て、どうしても理解出来ない事が、もう一つあった。それは夫人が過度の出し惜しみをする、ケチ、吝食だった事だ。

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