第14話

専業主婦は自分を守るために、1時間でも2時間でもいいから収入になることをした方がいい。1日のわずかな時間でいい。塵も積もれば山という。夫や親は自分を守ってはくれぬ。自分の身は自分で守らなければならない。別に、離婚用の蓄えでなくても、自分の夢を叶えるための蓄えは、あるに越したことはない。私は、そうした経済的な知恵が、若い頃から足りなくて、金銭というものに全く無知だったと言ってもよい。この歳になって初めて、収入を得ることの大切さを知った。若い頃から、私の心を占めていたのは、お金ではなかった。夫婦が、両親が兄弟姉妹が仲良くするということだった。わたしの父は言葉が乱暴で、母をよく泣かせていた。ある日、父と母が言い争う声がして私と弟は、襖をそっと、少しばかり開けて、様子を窺ったことがあった。母は、懸命に何か訴えていて、父は、見たこともないほど怒り狂って母を叩いていた。しかし、父が持っていたものは、柔らかい座敷箒で、箒の先の柔らかい藁で、懸命に母を叩いていたのだ。私と弟は、顔を見合せて、じっとしていた。出て行くことのできない父の怒りがあったからだ。何かあったのだと子供心にも感じられて、襖をそっと閉めて外へ出た。外へ出て祖母のところへ行こうと歩き出した時、目の前に、立派な身なりをした男の人と女の人が立ち止まって、[内村さんとこのお嬢ちゃんでしよ?❳と男の人が言った。その人は私を知っていた。どこかで見たことのある人だった。私はこっくりと頷いた。❲お母さんはいらっしゃるの?❳とさらにその人は言った。”お母さん„と聞かれて私は、今見た父と母の様子が一気に胸に迫ってきて、咄嗟に❲病気!❳と答えてワアッと泣き出した。男の人と女の人は顔を見合せて、女の人が、母「先生!お母さんがお悪いのではないでしょうか。」と言った。先生と呼ばれたその男の人は、「とにかく、行ってみましょう。」と言って「お母さんのところに連れて行ってくれる?」と私を覗き込んだ。家に引き返してみると、父の姿はもうなくて、母は部屋の片隅で毛布をかけて寝ていた。男の先生は女の人と一緒に家の中に上がり込んで、「八重ちゃん、どうしたの?今道端で八重ちゃんのお嬢ちゃんに会ったら、お母さんが病気って泣いてるから、びっくりして。大丈夫なの?」と母に声をかけた。母は力なく頷いて、「いいえ、ちょっとめまいがしたもんですから。大丈夫です。ご心配掛けました。」と弱々しく笑った。どうやらこの人は、母の学生時代の恩師らしかった。弟は母のそばに座っていた。私は母に言われて、目玉焼きを作ってその二人に出した。一緒に来た女の人は、何か、母に頼みごとがあって、その先生に連れて来てもらった様子だった。それから先のことは、大人の話なのでわからないが、後にも先にも、あんなに怒った父を見たのは初めてだった。私は、ずっと、ずっと、ずーっと、父と母に仲良くして欲しいと思っていた。それがたった一つの私の願いだった。。

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