第12話
夫は、私が死んだら喜んで再婚するだろう。その二番目の妻が、私の二人の子をどうするだろうかと。そう思った瞬間、じっと川を見ていた目が息をふきかえしたようにぐっと前を向いた。産みの親に勝る親はないではないかと。おっぱいを与え、おむつを取り替え、抱いておぶって遊んでやる。美味しいご飯を作って与える子育てが、その人にできるかと。愛しい、愛しいという心ではたしてできるかと。そんなことが私の中で電気に打たれたような気づきとなって、ハッと私を正気に返らせた。私は子供たちのことを全く考えていなかったことに気付いたのだ。そうだ!私が死んだら子供たちはどうなる!誰があの子たちを大切にしてくれるだろう。夫が子供たちを可愛いと思っているとは思えなかった。初めてのお産の時、夫がどんな顔をして、なんと言って喜んでくれるだろうと、私は早く夫に会いたいと思いながら夫を待っていた。産まれたばかりの我が子への愛おしさは、私を喜びで一杯に満たして、陣痛の痛みも苦しみも全部が吹き飛んで、ただ、ただ幸せだった。何にも替えがたい愛しい赤子を抱いて、今か、今かと待っている私のもとに、やっと来てくれた夫は、開口一番こう言った。[お産の費用は、誰が払うとか!]と。おめでとうでもなく、よく頑張ったねでもなく、不快そうな顔をして、産まれたばかりの我が子を見ることもなかった。思いもしなかった夫の言葉に、私は言葉をなくした。呆然として驚く私に、夫はさらに[お産の費用ぐらいお前の親が払うのが当たり前だ。❳と言った。私は返す言葉もなく、これが父親となった人の言葉だろうかと、ただ悲しく、涙がとめどもなく流れてならなかった。夫は、それだけいうと、サッと、踵を返して産室を出ていった。夫はそういう人間だった。そんな男が、私が死んだからといって、子供たちを大切にするとは到底思えなかった。私は死ぬのを止めた。死んだと思えば何でもできる。子供たちのために私は生きる。決して、決して死んだりしない。死ぬもんか、死ぬもんか!とそれまでの辛い気持ちは消え失せて、夫への怒りに燃えて私は帰った。それ以来、夫のことで何があろうと、私は決して死のうなどと考えることはなくなった。
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