しかしシリカはそうさせなかった。赤く輝いているその瞳にはやはり怒りしか映っていない。自分が感じている気持ちはまるで渦巻きのように荒れ狂っている。

鬱憤を晴らしたい。

………幸いなことに、鬱憤を晴らしてくれるものはすぐ目の前にいるのだ。相手に勝つチャンスを与える気は毛頭ない。魔力を集めているグランだが、大きく口を開いて、龍化したシリカは青い炎を吐き出して制止した。

「ちぇ」

と、舌打ちをするグラン。ガードしようとすれば燃えかすにさせてしまうに違いないので、背中に龍の翼が生えたまま空中で回避することしかなかった。

そうしたグラン。けど、シリカの攻撃はまだ終わっていない。

「グォアアアアアアァァ！！！」

咆哮を上げながら、枷が外された野獣みたいに大きく翼を羽ばたかせて飛ぶシリカ。するとグランを目がけてまっしぐらに突進する。龍の王国に初めて入国したときに見た豪華絢爛な城はもはやほぼなくなり、残っているのはその瓦礫だけだった。

みんな、無事避難したのだろう。そんな思考を一度でも心に浮かばせなかった。頭にはもう「破壊」しかなかったからだ。グランは、突進しているシリカを見ながら苛立ちで歯を食いしばり、魔力をできるだけ集め始める。

暴走龍と戦うのはこれが初めてで、何をすればいいのかグランは途方に暮れていた。龍化していないままだとやっぱり戦いづらくて、この頃のグランはもはや必死の状態だったと言っても過言ではない。

「龍殺し、龍狩り、ドラゴンスレイヤー、ドラゴンハント」

右手をかざし、龍を殺すために初代の龍殺し者が作った魔法の技のひとつ――龍殺し者龍狩りを使うことにした。龍を殺す魔法なので、ワンチャンシリカを少なくとも押しとどめられるのかもしれない。

そう、彼は思っていた、もとい信じていた。

―――が、

「グォアアアアアアァァ！！！」

ただ咆哮ひとつで打ち消されてしまった。

「何？！しまった！？」

と、驚愕するグラン。龍殺し者の魔法を使ってもやたら簡単に咆哮ひとつで打ち消されるなんて、ありえない。見たことがない。とは言うものの、ルクスとの戦いでは、魔力は結構使い尽くしている。

とうとう、疲れきっているみたいだ。一応、魔力回復錠剤は持っているが、取り出す暇をシリカは与えてくれないのだろう。 ………当然でしょ。

戦闘中で敵に回復する機会を与える敵なんて存在しないので。そう気づいたグランは、

「ちくしょう」

そんなことを呟いていた。もうできることは決まっている。そしてそれは、魔力回復錠剤を食うために一旦戦場から撤退することだけだ。回復するために撤退するのは、勝負を捕まえるには一番効率が高い。

いわば逃げるが勝ち、という。

（今のオレには勝ち目がない。しかたない。悔しいが逃げなきゃ。）

そう決めるグランだったが、けれど彼は見ていなかった。首を取るために剣を振りかざしている、その後ろに突然現れた楓の姿を。

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