こいつは知る必要がないことなのだ

「お断りします」

「貴方には断る権利なんてないわよ?」


鋭い視線をこっちに投げつけながら言うシリカ。

理不尽すぎないか?


「いや……普通にめんどくせぇしやりたくないんだ」

「だから貴方には断る権利なんてないって」

「そう言われてもな、他のやつに頼めば?」

「【龍の末裔】の紋章を持っているのは貴方だけよ?」

「で? この紋章を持っているからってお前の種族を助けなきゃいけないというわけではないだろ」

「予言は………」

「俺に関係ないでしょ? 人間だし?」

「ぐぬぬぬ……」


と、頬を膨らませながら涙目で見てくるシリカ。

確かにその反応は可愛い。

だがしかし、そう簡単に揺さぶらないよ!

なんて、名言っぽく言おうとしていたが、くそダサかったなぁ。


「っていうかさ、なんで俺の助けなんて必要か? お前の父親は龍の王でしょ? 」

「それがどうした?」

「王様として自分の国を自分の力で守るのが当然だ。権限、軍隊、人脈など、全てが手のひらの中にある」

「それはつまり?」

「はぁ〜」


普通に考えれば答えが明確なんだけど。


「お前の話からして最近までは「はぐれドラゴン」が別に問題ではなかっただろ? あのとき明らかにリーダー的な存在はなかったが、今更反乱しているってことは、割と最近リーダーが任命されたってわけだ。でもお前らイシンさまの聖教に従っているドラゴンと違ってあいつらイシンさまの聖教に楯突いた「はぐれドラゴン」には秩序なんかない。割と最近反乱し始めたからそんなことがわかる。要は同盟条約を結んでいる連合国と一時的に団結して一緒に「はぐれドラゴン」を退治することだ。問題は強いて言うなら、はぐれドラゴンの居場所が分からないという一点だけ」

「?????」


というのがシリカの反応だった。


「何?なんかおかしいこと言っちゃった?」

「いや……言っていないんだけど、なんかちょっと意外だなぁって」


驚愕しているみたい。

なんで?

今自分が言ったことを普通に考えれば……と、は言っても、シヴィや戦争に関する幾つかの戦略ゲームをまとめるとプレイ時間容易く4000時間を超えているなぁ、記憶が正しければ。

多分、ああいうゲームをめっちゃプレイしていたからこんな知識を蓄積したんだな。

そんな可能性は……まあゼロではない、と。


「まあまあ。一応戦争に進化することもせず、早く退治……っていうか対応方法をひとつ知っているが、この方法は俺に言われせれば一番いい方法だと思うその反対に、あまりにも非現実的すぎるんだな。まあ、非現実的って言ってもあくまで関係者によるんだけど」

言うと、シリカは小首を傾げる。

いちいち仕草が可愛いなぁ、おい。

「それは?」

「……もちろん、共存することだ」


俺が言うと、シリカはしばらく黙り込んだ後、口を開く。


「共存?」

と、シリカは疑問符を浮かべながら問いかける。

そして彼女の問いに、俺は頷いた。

「あぁ………俺達人間みたいにな。向こうのリーダーを平和協議会に誘って、両側が得する方法について話し合って、最終的に新たな同盟を結ぶ。口で言うほどそう簡単ではないが、やってみないと何もわからないままで物事は手がつけられなくなる」


大体の場合は、両側が満足できることで合意すれば休戦条約を結ぶ確率が一気に上がる。

勿論、それは戦争だけに限られているというわけではない。

日常生活でも、そうやって物事を解決するケースが多い。

自分が損しない事に注意しながら、相手の気を引く提案を出す。よく政治的場面で使用されている戦略だ。


「もし、あれがダメだった場合???」


でもやっぱたったの一枚の紙で同盟を結んでいることは絶対忘れるわけにはいかない。

例え同盟条約を結んでいても、国を治めている王様はあくまで自分の国を最優先にする。

こっちの方が美味しいから、みたいなケースが多いので同盟条約が破られる可能性が非常に高い。

その場合だと、戦争の勃発は大体回避不能なのだ。


「もし、そんなことになったら……… 」


どうする?

俺にできることはあるか?

そもそも本当は別の大陸に行きたくないが、最後の依頼を果たしてからすでに数日が経ち、そろそろ冒険者ギルドに行こうかな、って正直なところは思っていたんだ。

もし、この世界にゲームが存在しているのであれば部屋に籠城してひたすらやっていたんだけどなぁ。


しかし残念ながらこの世にはゲームがない。

否。

一応あるけど俺が普段やっているテレビゲームではない。

それに、アリスもルシアナも冒険に出かけたくてむずむずしている。


やはりなぁ………

こうなるのって想定していた。


「もし、そんなことになったら、俺が何とかする」


しばしの沈黙の後、俺がそう宣言すると、シリカは僅かに目を見開いた。


何故そこまでするの?

って聞かれたら、正直に言って自分でもわからない。

この【龍の末裔】の紋章のせいだろ?

とはいえ、紋章だけど身体のどこにでも見当たらない。

もしかして、背中に刻まれている?

そんな理由で背中が痒いわけ?

だったら嫌なんだよなぁ。


「つまり………?」


言っていることがわかっているくせに……まあでも、最初はこの【龍の大陸】へ行くことに対して強く反対していた。

突然、「いきます!」なんてことを言ったらそりゃ耳を疑うよなぁ。


「わかったよ。行けばいいだろ?」


なんだ、この弱みは?


気に食わねぇ。





「旅行……ですか?」


シリカとあんな話をしてから1時間後。

ルシアナとアリスが帰ってくるのを待ち、暇つぶしにチェスをやっていた。

もちろん、チェスのやり方がわからなくてシリカにルールとか駒の動き方とか、そういう些細な事を説明していたんだが、さすがは初心者。

飲み込みは早いけど、もう何年間にわたってチェスマスター(自称)をやっている自分に勝ち目はなかったんだ。


すまん、シリカ。



「うん。俺とお前とアリスはシリカと一緒に【龍の大陸】に行くんだ」


俺がルシアナとアリスに言うと、まだ俺の言葉を飲み込もうとしているかのように2人は複雑そうな顔をした。


「なんで、ですか?」


聞いてきたのは、もちろんルシアナの方。

顔は読めないけど、声の口調からして相当混乱しているということがわかる。


何?

もしかして、読みが間違ったのか?

気になってアリスの方に視線をやると、彼女は相変わらず無邪気そうなその顔で俺を見つめながら満面の笑みを見せている。

少なくとも彼女がついてくる気だな。


「ここに帰ってきてからもう数日が経ったでしょ? 記憶が正しければもう1週間だったなぁ。本音を言うと、冒険に出たくてお前らみたいにむずむずしててさ。まあ、お前らと違って【龍の末裔】の紋章の持ち主としてやらないとあかんことがあるけど、暇が出来たら絶対にお前らと一緒にどこかへと出かけて遊びまくるぞ。もしかして、嫌なのか?」

「え? いやいや。そんなことはないです! ただ、いきなりすぎてどう反応すればいいのかわからなかったんです」

「そうか? ならいいんだ」


俺が言うと、アリスは話しかけてくる。


「お兄ちゃんお兄ちゃん! いつ行くの?」


そうだな。

シリカに聞いてないが、今すぐ出発したいかと思っていた。


「まあ、そうだな。お前らが荷物を纏めたらさっさと出発すると思うなぁ、な、シリカ?」


後ろに立っているシリカに声をかけると、彼女は相変わらずの凛とした口調で、


「うん。そうだわ。龍化して貴方達を【龍の大陸】に連れていくつもりよ?」


「だってさ」


「ワイワイ!」


そう、喜ぶアリス。

やはり子供だもんね。

エネルギーいっぱい。


「ほら、まだ日が沈んでいないうちにさっさと荷物を纏めて、ね」


「了解しま〜す!」


と、それだけを言うと、荷物を纏める為に階段へと駆け寄って登って、そのまま自分の部屋に行った。

「カエデさんはどうします? 」

「? 」

「荷物持参しないんですか?」

「いや、それならもう纏めたよ?」

「え?」


そう言えば、こいつはまだ俺の特別な能力を知らないな。


「【インベントリー】に仕舞っておいたよ?」

「【インベントリー】?」

「あぁ。纏めたらお前らの荷物も【インベントリー】に仕舞うから遠慮しなくていいよ。大体、【龍の大陸】に何日も滞在するかがわからないので、念の為にいっぱい持参した方がいいと思うね」


言うと、ルシアナは頷く。


「はい。じゃあ、荷物を纏めてくるんでここで失礼するわ。」


そう言うと、ルシアナも荷物を纏める為に階段を登り、自分の部屋に向かう。


「随分と大人しい子だね、ルシアナさんって」

取り残された、俺とシリカ。

遠ざかっているルシアナの後姿を見送りながら、当然、そんなことを口にした。

「そうだな。まあ、いろいろあってさ。正直に言ってこんなに早く回復するとは思わなかったなぁ」

「なんかあった?」


そう、好奇心に満ちている口調で言うシリカ。

そんな彼女に俺は首を振る。


「彼女に聞くことじゃねぇ?」


教えるかどうか、正直は迷っていたが、結局教えないことにした。

俺に口を出す権利がないから。


「そうか? じゃあ後でね、聞くとしようか」

「その前に親睦を深めた方がいいんじゃないか?」

「そうなのか? どうやって親睦を深められるの?」


そう言われてもなぁ。


「聞く人が間違ってるよ?」

「───ん?」


なんでそんな訝しげな視線で俺を見つめているんだ、この人?

やめて。

痛いですから。


「まあいいわ」


と、しばらく俺を見つめると、やっと視線を逸らすシリカ。

まじで溶けちゃうかと思っていたんだ。


あ、恥ずかしさでな。



でもそれをこいつは知る必要がないのだ。

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