第5章

魔法練習

土地を買い、森付近の空き地に家を建てることにした。

森付近の空き地なので、街から結構の距離で離れている。

人の目を絶対に引くでしょな?


二階建ての建物で、構造は前のと同じのものだった。

それは入ってすぐ玄関、居間、台所、お風呂場、トイレ。

二階には察した通り幾つかの部屋があり、トイレのもうひとつもある。


こんなに遠いところに建てるのがちょっと不憫だと思うが、普通に【瞬間移動】を使えばすぐ街に帰られる。


家を建てて数日。


デーマン村でそう決めたように、俺はここ数日、のんびりと過ごしていた。

お金もいっぱい手に入れたんで、しばらく依頼を受けないことにしたんだ。

そう宣言してから3日後。

完全に引きこもり化したな、俺。

こんな生活に慣れていないというわけではないけど。

毎夏、学校が休みとなるといつもアパートに引きこもってゲームをしていた。

それはもちろん、バイトがない日に。


バイトさえなければもうとっくに引きこもりになったんだろな。

毎月親から仕送りも貰ったし、別にお金に困ることもなかった。


引きこもりにニート。

略して「ヒキニート」。


やっぱヒキニートの響きはいいな。

まあでも、死ぬまでヒキニートとして過ごすのもあれなんだけど。


正直に言ってあまり気に食わない。

そこまで怠惰な人間ではないから。


「お兄ちゃん、アリスにも魔法を教えてくれる?」


そう思いにふけっていると、突然、聞き慣れた声が耳に響く。

言ってきたのは、ルシアナの妹であるアリスだ。

なんで急に三人称視点で喋り始めたのかは知らないが、きっとただあの時期でしょ?

反抗期とか思春期とかそういうのじゃない。

変化期、とか?

ってか変化期って何?知らないけど。


知っていることはこいつがめっちゃくちゃ可愛いっていうことだ。

前世で一人っ子だったからもちろん、兄弟は持っていない。


そうか。

これが妹か?

きっと歳を取ればとるほどこの無邪気な性格がとても辛辣なものに変わるだろ。

今現在楽しまないとな。


「別に問題ではないけど、アリスは今何歳?」


エルフは何歳で魔法の練習を始めるか知らない。

多分、幼いときに始めると思うけど。

10歳とか12歳とか。


「アリス、10歳」


そう言うと、指を10本立てて見せる。


やはり10歳だった。

あのときの推測は間違いではなかった。

なら別に、魔法を教えてもいいでしょ。


「わかった。じゃあ、とりあえず低級魔法を教えるとするか」


姉と違って多分簡単に使えるだろ。


ルシアナと話していると、魔法が使えない原因を分かるようになった。


それは彼女の魔力回廊があまりにも未発達すぎるから。

一応、低級魔法は使えるが、高級魔法は使えない。


彼女の魔力回廊がいつ完全に発達するのかは知らない。

恐らく何年もかかると思うけど。


その姉と違って妹のアリスの魔力回廊は徐々に発達している。

まだ10歳だからそれはそうだ。

高級魔法を問題なく撃てる日がそんなに遠くはないでしょ。

エルフは生まれつき人間より魔力の密度が濃くて魔力量自体が多い。

それに、全属性も簡単に操ることもでき、威力をあげさせることもできる。


もちろん、俺も同じことができるが、俺はそもそも普通の人間ではない。

いや、確実に人間だけど、【チート】を採用している人間はこの世に俺しかいないと思う。

まあ、俺みたいな奴らがいるのは確かだけど。

ほら、ロリババアもあの世からこの世に来たでしょ?

しかし吸血鬼として生まれ変わった。

恐らく、【チート】を採用している俺みたいな人間がいる。

元々あの世の者だった人間。


しかし、直接会わないとそんなことがわかんないでしょ。

べつに、積極的に探しているというわけでもないけれども。


「ほら、とりあえず外に出よう」

「うん!」


そう言うと、外に出る俺とアリス。

家を出たらこっちに向かっている人物に気づいた。

ルシアナだった。


「ただいま」


ルシアナの手にはいくつかの紙袋がある。

俺はそれを見ると、手伝う為に紙袋の半分くらいを自分の手に取る。

そうした瞬間、ルシアナは感謝している顔を俺に向けた。

相当重かったみたいだった。


「おかえり」

「お姉ちゃん!」


そう、アリスはお姉ちゃんを見ると、彼女の元へ駆け寄って懐に入る。そのまま体当たりしようとしているかのようにアリスは地面を蹴って小さく跳ねると、お姉ちゃんを抱きついた。


「おい! ちょ……重いって!」


バランスを失いそうになったルシアナ。

紙袋を落とさないように強くそれを握りしめた。


それでもアリスはお姉ちゃんの負担を気にせず、何回も頬を胸に擦る。


痛くないですか?


「おかえり、お姉ちゃん! アリスにはね、お兄ちゃんが魔法を教えるって言ったよ」


「そうなんだ?」


「うん!」


凄く、安心したそうな顔をするルシアナ。

相当妹思いなんだろうな。

まあでも、二人の事情を思えばそりゃそうだ。


「そうだね。それはよかった。私たちエルフはね、普段12歳のときに魔法を教わるよ。アリスちゃんの方が同い年より2年早いっていうことわよ」

「すごいことなの?」

「うん! 本当に凄いことだよ」

「ワイワイ。わたし、凄いの!」


と、そんなやり取りを黙々と見る俺。

なるほど。これが兄弟か。

なんか、いいことを体験したみたい。


ってか本当に12歳に魔法教わるか。




ルシアナは今朝、買い物に出かけた。

帰って買った物を台所に置いたら、また外に戻って魔法の練習を開始することにした。


「で、魔法を使えるには、まずは体内を流れている魔力に集中しないといけない。魔力の流れ方に慣れてきたらその魔力を体の外に引っ張り出し、使いたい魔法を使う為にイマジンしつつ魔力を練って正しい属性に変える。例えば、【アイスアロー】

。【アイスアロー】はその名の通り氷でできた矢なのだ。氷自体は脆い。しかし脆いからといって、弱いというわけではない。氷の高密度のおかげだ。水を圧縮することによって、その分子がぎゅっと寄り集まり、氷の分子に変わる。そのまま、頭の中で氷でできた矢を想像して魔力を練ると、想像した通りに氷でできた矢を作ることができる」


「????」

「ふむふむ」


全く何もわからなさそうな顔でこっちを見つめてくるアリス。

それと反対して、全部飲み込んだそうな顔で熱心に見つめてくるルシアナ。


なんとなくその反応を察していた。


「まあ、【アイスアロー】は中級の魔法だから別に今の時点で氷を作る為に空中にある水分子を圧縮するとか、そういうのを気にしなくていい。今日俺はアリスちゃん、そしてルシアナちゃんに教える魔法はこれ」


魔力を体の外に引っ張り出し、差し出している左手にその魔力を流通する。


想像した魔法を顕現させる。


「【火球】。どこかの魔術師でも使える低級の魔法なのだ。理論上、いろんな様相で【火球】は【アイスアロー】みたいだ。しかし氷でできた矢を想像することより、火属性でできた球を想像するんだ。魔力量もそんなに消費されないし、それなりの威力も備わっているから初心者に相応しい魔法だと思う。ほら、体内を流れている魔力に集中して」


そう、俺が指示すると、アリスもルシアナも目を閉じて、体内を流れている魔力に集中しようとする。

普段、そんなに時間がかからないプロセスだけど、相手は初心者。時間がかかったのが当然なことなのだ。

だけど、しばらく集中すると、魔力が使われているとに俺は気づいた。

さすがはエルフ。飲み込みが早いな。


「いいぞ。次は集中を切らずに、その魔力を引っ張り出してみて」


更なる指示を出す俺。

そして俺の指示に従い、アリスもルシアナも感じている自分の魔力を捕まえるように強く引っ張って、そのまま体外に出す。

アリスの魔力に比べてルシアナの魔力の密度はそんなに強く感じていないが、それでも魔力回廊が未発達とは思えないほどその量が多い。

多分、俺が知らないうちにめっちゃ練習していただろ。


試行錯誤。

ものを覚える為の手段のひとつ。

こんな短時間でそんなに向上したってことは結構努力はしていただろ。


偉いぞ。


「そのまま燃えている火球を想像して、適切な魔力量を集めると、あのデカい岩を狙って撃ち放って」


そして、俺が指示した通り、アリスもルシアナも全身を包んでいる魔力を操り、手のひらに流通する。

忽ち、燃える火が現れる。

よく見ると、アリスの【火球】はルシアナよりデカかったが、それは言うまでもない。


目の前のデカい岩目掛けて、【火球】を放つ。

確かにアリスの【火球】はルシアナよりデカくて威力もそれなりに高いだろ。しかしルシアナの【火球】はアリスのより遥かに早かった。


弾丸のようにルシアナの【火球】が空気を切り味のいい剣のごとく切り裂いて、岩目掛けて一直線に当たる。

しかし岩のその硬い表面に当たった瞬間、分散しなかった。

むしろそのまま岩を貫き通し、どこか遠くへと飛んでいった。


その一方で、アリスの【火球】がデカい岩に当たっていたら、爆音とともに爆裂し、煙を生み出しつつ分散していた。


そこまでは確かに想定していた。

想定しなかったのは、彼女の火球が生じた煙がなくなったその後のこと。


元々目の前にあるはずの岩が完全に無くなり、取り残されたのは岩の瓦礫と黒焦げた草のみ。


………やべぇな、この2人。


「どうだ、お兄ちゃん? アリス凄かったでしょ」


そう胸を張って言うアリス。


「………」


その一方でルシアナは何も言わなかったが、彼女のその目を見ると、簡単に思考が読めた。


どうだった?

わたし、よくやった?

褒めて欲しい。


と。


「……ま、まあ。確かに驚いたな。ルシアナ、お前の火球は火球というよりむしろ火弾丸みたいなもんだった。飛んでいるスピードはすごく速くて、低い威力を補う為のそのとんでもない貫通力が正直に言って怖かった。体のとある部分を狙っていたら相手は即死だろうなぁ。ほら、心臓とか脳とかな。お前、自分が弓矢使いって言っただろ? 多分、弓矢よりもっとお前に相応しい武器があると思うが、もうちょっとお前のプログレスを見てみたい。念の為にな。とりあえず、お前は合格だ」


そう、俺が言うと、ルシアナは安心したような表情をすると、詰めていた息を吐き出した。


「そして、アリス。とんでもない威力だったな。あのデカさの岩を粉々に壊すなんて、正直に言って魂消たなぁ。お前ももちろん、合格だ」


そう、俺の言葉を聞くと、太陽の光に匹敵する眩しい笑みを浮かべるアリス。


言っていたことは本当だ。こいつ、このまま練習し続ければとんでもない魔法使いになるだろ。

まあ、エルフだから当然だな。

腕の良い弓使いが多いみたいに、優秀な魔法使いも数多くて今でも増えているに違いない。

それに、エルフの成長は人間より遥かに早いので、伝説になるのは単に時間の問題だ。


「まあ、とりあえず今日の練習はここまでにしようか。お疲れ、2人とも。めっちゃ頑張ったな」


俺が言うと、無意識に手を少女たちの頭に乗せてなでなでする。


本当に、反射的なものだったが、少女たちはあまり気にしなさそうに見えるからそのままなでなで、なでなで、と、頭を撫で続ける。


やばい。

これ、癖になりそう。

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