第三章 五話 汗を吸ったキャミソール再び

「あー、よく寝た……」


 三日連続の爆睡に机から身体を起こした弘樹は、腕を前に突き出して大きく伸びをした。


 モニターを確認すると麻雀の途中で、なんと接戦のようだ。

 CPUだけ五千点を切っており、理沙が三万五千点越え、朱音と里美が三万点に少し足らない。


「二人とも凄いな! 理沙さん相手に接戦か!」


 素直に驚いて朱音と里美に声をかけると、二人からは不機嫌そうな声が返ってきた。


「なんでこのタイミングで起きるのよ、弘樹」

「あと少しだったのに、もう」


「すまん。もう少し寝てた方がよかったか……」


「いえ、いいわ。理沙姉さんを射程圏にとらえてたから、ちょっと惜しかっただけよ」

「この分だと今晩には彼女を倒せそうです」


 二人の発言は決して強がりではないことが、中断されたゲーム画面を見た弘樹には確かに理解できた。




 里美さんの捨て牌を見る限り、もう俺とは大差がないようだな。

 これなら、いつバイト先の社長と部長に誘われても、それなりの勝負はできそうだ。

 それにしても凄いのは朱音だ。

 いろんなゲームがあるんだから得意不得意があって普通だが、あいつはどのゲームにも柔軟に対応してくるんだもんな。

 麻雀を覚えるのだって、夜に俺が寝落ちしている間だけのはずだ。

 他の時間はせせらぎちゃんとのバトロワ練習で忙しいだろうに、多分基本的な打ち回しは俺より的確。

 きっとゲームの才能があるんだろうな。




 弘樹が感心して朱音の捨て牌を見ながら考えていると、二人から急に話しかけられた。


「弘樹、朱音は夜に備えてもう寝るわ。今夜は絶対に負けられない戦いだからね。十分休息をとらないと」

「私も寝ます。弘樹さんまた後でね。それと仕事場で首筋見せてね」


「首筋? なんで?」


 弘樹が何のことかと首をかしげている間に、朱音と里美がさっさとログアウトした。


 昨夜もきっと理沙が自分に過激なことをして、二人の神経を逆なでしたんだろうと弘樹は想像したが、彼らがピリピリしていたので理沙がどんな行動をしたのか気になっても聞けなかった。


「でもこれって、理沙さんまだ本気出してないよな」


 彼女の手牌と捨て牌を確認した彼は、あまりに素直でオーソドックスな打ち回しに疑問を抱く。

理沙が対人戦特有の駆け引きやブラフをあえて控えているのだと見抜いたのだった。


◇◇◇


「よしよし、ちゃんと今日も呼ばれたな」


 視界が白くなるのを感じた理沙は、急いでピスタチオの入った小皿を掴んで身構える。


 床に直に座っていた彼女の恰好は、下はいつもの短パンだが、上はTシャツではなく夏用のピンクの見せキャミ姿だ。


 不安を紛らわすためにかなり酒を飲んでいたが、今日も召喚が始まったので少しホッとしていた。

 それは、彼女がこれまで少々過激なことをし過ぎたと自覚していて、もう呼ばれないんじゃないかと心配していたからだ。


 前回二人に宣言したとおり、彼女は今日の挑発をラストと決めていた。

今回はせせらぎがしたことを特別脚色して実行するため、服までキャミソールに着替えてとても楽しみにしているのだ。


 笑顔の理沙は、わずかな浮遊感の後に視界が晴れてクリアに見えだすと、浮遊感が消失して小さな落下で着座した。


「ふう。え~と? 今日のツマミは……な、何っ!! 相変わらず弘樹はツマミのチョイスがいいねえ」


 転移が終わってローテーブルを見た理沙が、缶ビール二本とチーズかまぼこの束を見つけた。

 早速、ピスタチオの小皿を置いてチーズかまぼこに手を伸ばす。


 一本取っておぼつかない手付きで包装を剥くと、食べながらよろよろと弘樹の隣のデスクチェアに座った。

 隣で机に突っ伏して寝落ちする弘樹をとろんとした目付きで眺める。


 彼女はこれまでの召喚の中で一番酔っ払っていた。


「弘樹ってさあ、酒の趣味もツマミの趣味も凄くあたしと合うんだよねえ。ってことはさあ、あたしらが付き合ったら上手くいくってことじゃね?」


 べろべろの理沙は、食べかけのチーズかまぼこを弘樹の頬に押し当てる。


「うりうり。今ならあたしのことを襲ってもいいんだぞ? あたしもその気だぞ? ほら、どうした?」


「あのう……理沙姉さん、だよね??」

「ちょっと、理沙さん! 弘樹さんをたぶらかさないでっ!」


 スピーカーから聞こえる声に目をパチクリした理沙は、モニターのチャットアプリに映る朱音と里美を見ると、にへらとだらしなく笑った。


「おー、朱音と里美じゃん。お前らほんと可愛いよなぁ。あたしさぁ、お前らをいじめるとゾクゾクしちゃうんだよねぇ」

「あっ、理沙姉さんキャミ姿だわ! って言葉使いが酷いし言ってることがドS!」

「理沙さん、しっかりして! 口調が「ですわよ」じゃなくなってるわ」


「ですわよって何よ? ……あそうか、忘れてた。ごめんしてね朱音さん。あら里美さんたら、今日も愛らしい顔をしてますわぁ」

「……なんか、めちゃくちゃ酔っ払ってるね……」

「で、でも今なら理沙さんを倒すチャンスですよ?」


「わたくしを倒すですって? ウフフッ」

「理沙姉さん?」

「い、今勝負するのは嫌ですか?」


「朱音さんっ、里美さんっ。お二人はもう十分強いですわ。昨日お伝えした、相手のアガリ牌の読み方。もうほとんどものにされていますし」

「捨てても安全な牌を読むためのスジと、捨てたら危険な牌を読むための裏スジだよね?」

「でも理沙さんは、私たちが勝たないと弘樹さんへのイタズラ、止めてくれないんですよね……」


「正直、ネット麻雀ではもうお伝えできることはございませんの。だから今日でお二人とも麻雀教室は卒業ですわ」

「卒業⁉ そういえば昨日、次の勝負を最後にするって言ってたよね」

「よかったぁ。正直私は弘樹さんへのたぶらかしが終わるなら何でもいいな」


「だけどその前に、わたくしと最後の勝負をしていただきますの」

「やった! まだ姉さんに勝つチャンスがあるわ!」

「もう卒業なら、最後の勝負では勝っても負けてもいい訳ですね」


「里美さん! そんな気持ちで最後の勝負するのは許せませんわ。貴女の全力を引き出すため、やっぱり昨日お伝えした通りに致します」

「理沙姉さんが朱音たちに昨日話したことって……」

「た、確か理沙さんが勝ったら、一番過激なことを弘樹さんにするって……」


「ええ。わたくしが勝ったら、せせらぎさんが弘樹さんにした、今までで一番過激なことをさせていただきますわ!」

「いや、せせらぎ師匠はアリスちゃんみたいに触ったりキスしたりしてないって、弘樹に聞いたけど……」

「触ったりキスじゃない過激なことって、一体何かしら……」


「それは私が勝ってのお楽しみですわ。最後の今日は対人戦のいろいろを経験していただきたいので、少し長めに東南戦の三回勝負でいかがかしら? その三回勝負の合計点数で勝者を決めるってことでよろしくて?」

「朱音はどんな勝負でも受けて立つわ!」

「過激なことなんてちっとも楽しみじゃないですし、弘樹さんにそんなことさせません!」


 早速勝負しようというところで、理沙は一度席を立つと、ローテーブルの上のビールとチーズかまぼこ、それにベッドに置かれたエアコンのリモコンを取って椅子に戻った。


「私が勝ったときに備えて暖房温度をめいっぱい上げなきゃですの。暑いのは苦手ですけど、ビールが美味しくなるから頑張れますの」

「どうして暖房温度を上げるの?」

「何のためか知らないですけど、負けませんから」


「この勝負は録画しますわね。さあ開始ですわ!」


 ビールのプルタブを起こした理沙は、酔っ払ったお陰か打ち回しに甘いところが出たが、むしろ対人戦で最も要求される部分が著しく強化された。


 強化されたのはブラフ。

 つまり相手を騙して嵌める力である。


 麻雀は誰よりも早く上がるゲーム。

 相手に自分のアガリ牌を読まれると、誰もその牌を捨てなくなり、自分でツモって引くしかなくなる。


 これだとアガリのチャンスは著しく減る。

 だから対人戦では、自分のアガリ牌を相手に安全牌だと間違って推測させて、ワザと捨てさせる技術がときに勝敗の明暗を分ける。

 元々理沙はブラフを張る技術に長けていたが、これがアルコールというバフにより極限まで高められた。


 朱音と里美は、この理沙が張ったブラフへ綺麗に嵌まり、振り込みまくったのだ。


 それでも基本に忠実で綺麗な手作りの二人は、ときに高い手を早くアガることもあった。

 結果として、朱音は一戦目、里美は二戦目でギリギリ勝ちをもぎ取った。


 が、最後の三戦目がマズかった。

 里美から点数を巻き上げていた朱音に対して、理沙がかましたスジ引っかけが綺麗に決まり、親の三倍満三万六千点が朱音に直撃。

 圧倒的大差で理沙が三戦目を勝利し、三戦の合計点で理沙が勝者に輝いたのであった。


「さあ、最後の蹂躙タイムですわ!」


「ぐ、ぐはッッ!!」

「あわわわわ。過激なことっていったい……」


「大丈夫、安心なさって。そんなにエロいことじゃなくてよ。ただ……」

「ただ?」

「ただ?」


「ただ、せせらぎさんはちょっとフェチをこじらせて、変態ちっくだってことですの」

「フェチ……」

「変態……」


「ほらご覧になって。もう暑くて暑くて汗だくだくですわ」


 理沙が立ち上がると、カメラの前に見せキャミの胸元を近づけた。

 汗で濡れた見せキャミがブラジャーに張り付いて、うっすらと下着の形が浮き上がっている。


「り、理沙姉さん! か、過激過ぎよ」

「ちょっと、これ録画されているんでしょ!? 弘樹さんが興奮しちゃうじゃないですか!」


「朱音さんとの通話アプリを切ったせせらぎさんが、その後どうしたのかというと……」


 突如、両腕をキャミソールの中に入れた理沙は、内側からキャミソールを掴んでひじを持ち上げて脱ぎ始めたのだ。

 だが、汗で張り付いて脱ぎにくいのか、なかなか上にキャミソールを脱げず、上半身をクネクネと動かす。


 本人は汗で張り付くキャミソールを脱ごうとしているだけだが、汗で濡れた細いウエストが前後左右に動いてチラチラと黒いブラジャーが見えるので、朱音と里美から見る映像は妙に艶めかしいものになった。


 なんとかバンザイの状態になると、そこから腕を前に倒して赤いクセのある長い髪をキャミソールから引き抜いた。

 数回軽く頭を振って、汗でまとわりついた赤い髪を後ろへ流す。

 一瞬だけ見えた黒のブラジャーは、脱いで前に抱えたキャミソールで今は隠されている。


「朱音さん、私のブラジャー見えました?」

「丸見えよ! これ絶対弘樹が興奮しちゃう!」

「ねえ! 何で脱いでるんです⁉ ダメですよ! 録画しているんでしょ⁉」


「ウフフ。そして私の汗を吸ってビショビショのキャミソールを……」

「キ、キャミソールを……」

「も、もしや⁉ ね、ねえ! やめてっ! ちょっとやめて!」


 理沙は暑さと興奮と羞恥で顔を赤くしながらブラジャーを右手で隠すと、左手に持った脱ぎたてのキャミソールを寝落ちする弘樹の顔に被せた。


「せせらぎさんはこうやって自分の汗を吸ったキャミソールを嗅がせることで、自分の身体の匂いを弘樹さんに嗅がせたのですわ」

「す、すけべが過ぎる……」

「ぎ、ぎ、ぎゃぁぁああああああ!!!!!!」


 スピーカーから聞こえる阿鼻叫喚をそのままにして、理沙は弘樹を揺り動かす。


「ほら、起きて。あたし、帰ってシャワー浴びたいからさ。あ、そうだ。記念にそのキャミソールは弘樹にあげるわ。ウチにあってもどうせ着ないし。だから早く起きて!」


 理沙は右手で黒のブラジャーを隠しながら弘樹を起こしていたが、モニターで朱音と里美が騒ぐ様子を見て、今までで一番嬉しそうに笑みを浮かべて顔を赤くしていた。


※第三章まで読んでいただき、ありがとうございます。


三倍満? まあ俺は役満をあがったことがあるけどな!

途中でそう思われた麻雀猛者が万が一いらっしゃいましたら

どうか★評価をお願いします!

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