第三章 三話 恋人つなぎと密着再び

「ん、もう朝か」


 夜明け前に起こされた昨日とは違い、窓から漏れる朝日で目が覚めた弘樹は、よく寝たとばかりに大きく伸びをした。


 さてどうなったかなとモニターへ目をやると、まさに麻雀がプレイ中であった。

 ちょっと触りたくなったが、睡眠が十分でもスキルがカンストしていてまた寝落ちする危険があるので、プレイするのを思いとどまる。


「ああ弘樹。ようやく起きてくれたわ」

「お、おはようございます……弘樹さん……」


 今日もカメラオンになっているので、朱音と里美の顔を見ながら話す。

 ゲームで徹夜慣れしている朱音は、多少疲れた様子だったが、里美の方はもう疲れ切ってヘトヘトだ。


「今日はまた随分遅くまで頑張ったな。俺が頼んで始めた麻雀だけど、何で二人がヤル気なの?」


 弘樹はねぎらうつもりで声をかけたが、返って来た二人の反応は想定外だった。


「これ以上あんなものを見せられたら、欲求不満でムラムラして神経がおかしくなるでしょ。だからもう麻雀を強くなるしかないのよ」

「そうよ。食い止めようと必死な私たちの気持ちも知らないで、本当にのんきなものです」


 朱音の冗談は慣れているので何とも思わないが、里美からも訴えられたので弘樹は軽く驚く。

 事情を聴こうとしたが、里美は疲れがピークとのことで別れを告げてログアウトした。


「それで、理沙さんとは何かあったの?」


 疲れで気が立っている朱音を刺激しないように、気を使った弘樹がソフトにたずねた。


「あなた、本当に何にも自覚がないのね。実は……」


 朱音が凄く腹立たしそうに事情を説明してくれた。




 ほ、本当にそんなことが……。

 理沙さんヤバイよ、エロすぎるじゃんか!

 っていうか、そんなことして誰得なの⁉

 確かにされているのは俺だけど、俺自身は寝てて無自覚な訳だから、正直言って俺を誘惑してるように思えない。

 朱音と里美さんを挑発しているのか?

 確かに里美さん怒ってたようだけど……。

 でも、なんで朱音まで機嫌悪いの?


 それにしても、理沙さんは俺の捨て牌を褒めてくれたんだな!

 俺なりに打ち方を勉強して、考えてトライしてるから褒められるのは素直に嬉しいぞ。

 理沙さんてセクシー系だし、口調も個性的でキャラを作ってる感じがあるんだけど、実は優しいんだ。


 アリスちゃんと会うために早く麻雀を覚えて、召喚対象の切り替えを理沙さんに了承してもらおうと努力してはいるけど、なんだか麻雀自体も少し楽しくなってきた気がする。




「ごめんな朱音、麻雀までさせて。クランのためにバトロワの練習もあるのにさ」

「え? あ、ううん、いいの弘樹。気にしないで」


 弘樹が礼を述べると、機嫌の悪かった朱音は急に嬉しそうにした。

 クランの活動が始まったら教えてくれよと伝えて、アプリの通話を切断する。




 にしても、昨日に続き今日も朱音の顔を見れたな。

 いつも恥ずかしがってカメラオフだし。

 ……まあ、可愛いよなアイツ。

 ツインテの似合う童顔でゲームオタ。

 よく考えると相当高スペックなんだよな。

 彼氏とかいんのかな?

 朱音と一緒に俺の部屋でゲームしたら楽しいんじゃ……。

 ……いや、無理だ。

 まずアイツは俺のことを男として見てない。

 長い付き合いなのに甘い空気になったことないし。

 だいたい朱音はガチのパソコン勢だ。

 ゲームするなら自分のパソコンでログインするって言うよな。

 家庭用ゲーム機を肩並べて二人プレイとかありえない。

 ノリは合うんだけど惜しいよな。


 いや、今は朱音よりアリスちゃんだ。

 少しでも早く麻雀の実力を理沙さんに認めさせて、彼女を納得させるんだ。

 それで、MMORPGに切り替えてアリスちゃんを呼ぶ!




 アリスを呼ぶために、弘樹は昨日お世話になった麻雀ハウツーサイトでまた勉強を始めた。


◇◇◇


「あー召喚かぁ。忘れてたぁ」


 ローテーブルでビールを飲みながら動画の編集をしていた理沙は、目の前が白くなったことで召喚されたのに気がついた。




 正直この召喚って、欲求不満が溜まるんだよ。

 ちょうど彼氏と別れたから男ゲットのいいタイミングだと思ったんだけど、アリスとせせらぎの話通りで、弘樹の奴はただ寝てるだけなんだよなぁ。

 これじゃ誘惑も何もないだろ。

 まあ、朱音と里美を画面越しに煽るのは結構面白いけど。




 軽い浮遊感の後、視界が元に戻って尻から着座した理沙は、手に持って一緒に召喚させた飲みかけのビールを一気にかたむけて飲み干した。


「ぷはぁ。うんまいねぇ。パチ屋バイトの疲れが吹っ飛ぶわ」


 目の前に登場した弘樹の部屋のローテーブルには、昨日と同じく二本のミレニアムドライとツマミがあった。

 今日は枝豆の代わりに、やきとりの缶詰と割り箸が置かれている。


「弘樹の奴っ、分かってんじゃないか!」

「こら弘樹! あんたいい加減音量下げないとそっち行くわよ?」


 嬉しくてひざを叩きながらつい大声を出した理沙は、床から聞こえる女性の声にニンマリした。




 弘樹の母親だな?

 もし彼女が部屋を見に来て、あたしがいたら驚くだろうな?

 ちょっと、いやかなり面白そうだけど……。

 弘樹の母親はあたしを彼女認定するだろうな。

 でもそれは、さすがに彼女ら四人に責められるか。

 あいつら弘樹にマジだからな、今はまだやめておいてやるか。




 トラブル大好きの理沙は寸でのところで思いとどまると、弘樹の用意してくれた新しいビールを持って静かにデスクチェアへ移動した。




 おうおう、今日もよく寝てるな。

 あいつらも、こんな寝てばかりの奴のどこがいいんだかねぇ。

 ま、いいや。

 ところで麻雀は上達したのかな?

 この捨て牌は……おおマジか。

 こりゃ弘樹の奴、本気だな。

 そんなにアリスを呼びたいのか?

 だとしたらちょっと悔しいんだけど。




「あー理沙姉さんこんばんは」


 カメラに映り込んだ理沙を見て朱音が声をかけた。


「昨日ぶりですわ、朱音さん。里美さんもごきげんよう」

「理沙姉さんは、相変わらず飲んでるね」

「こんばんは! 今日は負けませんから!」


「では早速勝負といきたいところですけど、今プレイ中の弘樹さんの捨て牌が勉強になるので、先にそちらを説明させてくださるかしら?」

「弘樹ったら、手強くなったと思ったけど、理沙姉さんが彼の捨て牌を評価するほどとはね」

「そうなんですよ。なんでか弘樹さんからアガれなくなって」


「今の中断状況は、里美さんがリーチしていてあと一牌揃えばアガリの状況ですわね」

「朱音の捨て牌が里美のアガリ牌だったらと思うと怖かったわ」

「朱音さんてば、私の捨て牌と同じものしか捨てなくて、全然アガらしてくれないんですよ」


「そうですわね。絶対振り込みたくないなら、相手の捨て牌と同じもの、つまり現物を捨てれば相手はロンアガリできないルールですものね」

「だけど、それだと手が崩れて、朱音はアガリを諦めてばかりなのよ」

「私もです。自分が先にリーチできたらいいけど、誰かに先にリーチされたらもうその局は諦めてます」


「ところが弘樹さんは違いますわよ。ほら、里美さんのリーチの後に里美さんが捨てていない八萬を弘樹さんが捨てているでしょう」

「弘樹は何でこの牌が安全って分かるのかな?」

「適当に捨ててるんじゃないかしら」


「里美さんは始まって二巡目で、この八萬の隣の七萬を捨てていますわね。つまり貴女は、捨てた七萬以外に近い数字の萬子牌わんずはいを持ってない、そう彼は予想した訳ですの」

「そ、そうね。麻雀は早く上がるゲームだから、利用できる牌は利用するけど、利用できない牌だから早く捨てた、と弘樹は考えたのね!」

「相手の捨て牌からアガリ牌じゃない牌が予想できれば、慌てて自分の手を崩さなくてもいいのですね」


 朱音と里美が納得したようなので、理沙は表示されたプレイ中のゲームを強制終了させて、新しいゲームを開始させる。


「という訳で本日の半荘、東南勝負ですわよ。朱音さん、里美さん覚悟はよろしくて」

「これ以上、弘樹にちょっかい出すのを眺める訳にはいかないわ!」

「私が理沙さんの暴挙を止めて見せます!」


 たった二晩とはいえ、理沙にレクチャーを受けた二人は、元々吸収スピードが早いこともあり確実に手強くなっている。

 だいたいの基本的な手作りはすでにできるうえ、先ほど説明のあったリーチ回避の打ち回しもすぐに自分のものにするのだ。


 それでも理沙は、今まで教えたことに矛盾するような変則待ちや引っかけをせずに、王道の打ち回しで余裕の勝利を収めたのだった。


「ウフフ。さあ、勝者のお楽しみの時間ですわ」


「くッ、また弘樹に手を出される」

「ああやめて」


 スピーカーからは朱音の悔しがる声と、里美の悲痛な訴えが聞こえるが、そんなことなど理沙はもちろん気にしない。


 彼女は左腕を弘樹の右腕と組むと、指と指を絡めて恋人つなぎをして見せた。

 綺麗なネイルの理沙の指と弘樹の指が絡まりあっていて、それだけで恋人同士だけが醸し出す甘い空気が漂い始める。


 彼女はそのままデスクチェアに三角座りした。

 理沙は短パン履きだが、短パン部分は机の下に隠れて見えないせいで、机の上に出たふくらはぎと太ももだけがカメラを通して二人に見えている。


「ア、アリスちゃんはパジャマだったけど、理沙姉さんは短パンだから下を穿いてないみたい……」

「やめてやめて、もうやめて」


 そのまま彼女は絡めた左腕を強く引き付ける。

 その拍子で薄着のTシャツ姿に生足を晒した理沙が、弘樹と密着した。

 さらに、彼女は赤く色っぽい髪を弘樹の居ない右側に流すと、彼の右肩へ頭をもたれさせたのだ。


「恋人つなぎ×かける肩枕、ですのっ」


 殊更可愛らしくつぶやいた理沙の声が聞こえた後、数秒の沈黙があって……。


「ああああ! ひ、弘樹が汚れていくっ!!」

「い、いやぁああああ!!!!」


 肩枕で横を向いたままの理沙は、スピーカーから聞こえる割れた音声から、悔しがる朱音と絶叫する里美の様子を想像したのか、カメラに映らないように密かに表情を緩ませる。


 彼女が笑みを浮かべたのは二人の反応がウブでとても可愛らしく思えたからで、理沙は頬を赤くすると小さくフルフルと震えながらつぶやいた。


「……いい、いいわ! あなたたち最高!」


次回、「理沙はドS」

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