第二章 二話 変態レベルの無双

「う、うう」


 明け方になり目が覚めた弘樹は、ゆっくり顔を上げるとパソコンモニターを確認する。

 画面には、昨日の夜に起動したバトロワゲームが表示されていた。


「一晩プレイしたみたいだな。でもこれ……射撃訓練場のようだけど」

 

 画面上では朱音がよく選ぶキャラが走り回ってこちらを攻撃してきたが、途中で向こうも動きが止まった。


>もしかしてヒロキ起きた?


 このゲームは立ち止まっていると敵のマトになるため、常にキャラを動かし続ける必要があり、チャットアプリで入力している暇がない。


 それで弘樹が寝落ちする前、つまり昨日の晩は音声で朱音とやり取りしていたが、なぜか今はチャットに切り替わっている。


>おはよ。今起きた

>やっと起きてくれたわね……


>やっぱ一晩バトロワプレイは疲れた?

>いや数時間くらい平気なんだけど、でも……


>でも何?

>アリスちゃんがスパルタ過ぎてへとへと


>エイム練習? 多少必要かもね

>多少? 四時間ずっと射撃訓練場なのよ


>まじ!? どゆこと?

>初回フィールド出たら丁寧文でダメ出しされた


>それで射撃訓練?

>撃つ瞬間もキャラの動き止めるなだって


>そこまで!? 彼女そんな上手だっけ

>無双。控えめに言って凄腕


 弘樹はもちろんアリスのバトロワプレイ動画を見たことがある。

 普段彼女のゲーム実況はRPGやホラーがメイン。

 バトロワは苦手な様で、コラボ企画のときに事務所の同僚と組んでプレイするくらいである。


>彼女が楽しそうで何より

>朱音も少し上達して有意義だったよ。じゃ寝るね


>おう、お疲れ


 チャットを終えた弘樹は、自分だけ置いて行かれるような感覚になり不安になった。


 MMORPGはキャラ操作に多少技量はいるが、通常はコツコツやってキャラを育てるので、弘樹が寝落ちしてアリスが代わりにプレイしても、自分のキャラが育成されて強くなる。

 だから、一緒に強くなっている感覚だった。


 だがバトロワの場合は違う。

 基本的に新参も古参も同じキャラスペックで、他のプレイヤーと差が付くのは完全にプレイヤースキル。

 キャラがレベル上げや装備で強くなることはないので、プレイヤ―自体の力量が上がらなければいつまでもゲーム内ではただ弱いまま。


 それはつまりアリスが凄腕レベルの無双プレイヤーで、その彼女に朱音がしごかれて神テクを伝授されたら、弘樹はヘタクソのまま完全に置いて行かれることを意味する。




 まずい、これはまずいぞ!

 アリスちゃんにカッコいいとこ見せるどころか、三人の中で一番お荷物とかダサすぎる!

 二人が仲良くなってくれるのは嬉しいが、せめて俺も人並みにはゲームが上手くならなきゃ!




 一度落としたパソコンの電源を入れ直した弘樹は、まずは朱音が無双だと言った胡桃アリスのプレイ動画を見始めたのだが……。


「いやこれ無双ではないだろ」


 彼女が同じ事務所の女性二人と同じチームでバトロワをプレイする動画を見たが、アリスの操作技術は弘樹から見ても無双には程遠いと感じた。


 むしろ一緒にプレイするせせらぎが異常だった。

 せせらぎは黒髪ロングに華奢な身体。

 とても殺し合いのバトルロイヤルをプレイするようには見えないのだが、その彼女がとんでもない技量なのである。

 無双にもしレベルがあるならば、せせらぎの実力は控えめに表現して変態レベルなのだ。


 アリスが動画の程度の技量なら、朱音が彼女から指導を受けても自分の方が上手くなれるかもしれない。

 弘樹はそう考えて久しぶりにやる気がみなぎった。


 日中、彼なりにバイトに励む。

 そして、夜は朱音とバトロワゲームにログインした。


 しかし、自分のプレイに精一杯の弘樹は、朱音が徐々に進化していることに気づく前に『寝落ちスキル』で寝落ちした。


◇◇◇


「ま、またですね!」


 せせらぎの視界はもやがかかったように白くなる。


 少し嬉しそうな表情のせせらぎは、マウスから手を離して急いで立ち上がった。

 昨日は椅子に座ったまま召喚されたため、急に椅子がなくなり後ろに転倒したからだ。


 まだ二回目の召喚にも関わらずせせらぎの対応が早いのは、知り合いから召喚された話を何度も聞かされていたからである。


 目の前が白くなり、そのままわずかな浮遊感があった後、視界が晴れると同時に小さな落下で着地した。


 辺りを見回したせせらぎは、昨日と同じ部屋に転移したことを確認して軽く微笑む。


「さあ続きをしましょう」


 昨日、彼女は召喚されてしばらくの間、不安な気持ちが治まらなかった。

 知り合いから召喚された話を聞いてはいたが、いざ自分の身に発生すれば誰だって困惑する。


 いきなり知らない男性の部屋に転移するのである。

 生身の男性と接点がほぼないせせらぎにとって、閉鎖空間で男と二人きりになるなど経験がなく、不安でどうにかなりそうだった。


 男性ゲーム実況者とはコラボなどで仕事上のやり取りは多いが、それは難なくできる。

 なぜなら、安心できる自分の部屋で相手の音声を聞くだけだから。

 そもそも、向こうが会話を盛り上げようとあれこれ話を振って来るので、変な沈黙とかにはならない。


 ゲーム実況での彼女は、営業用のか弱い・・・キャラをトークで演出しながら、男性プレイヤー顔負けの一人無双で暴れまくり最後まで生き残る。

 つまり、狙って視聴者をギャップ萌えさせている訳だ。


 でも、彼女にとって生身の男性は未知の存在。

 異性には凄く興味があるのでネットでいろいろ調べるし、大人の女性向けマンガも読む。

 恋愛の参考にしたくてプライベートで乙女ゲームもしている。


 そのくらい恋愛に興味津々で……だけど経験値ゼロの彼女が、同じ部屋に男性と二人きりなのだ。

 外に結界があるから逃げられない、そういう理由だからこの首筋にキスマークのある男のそばに居るしかない。

 せせらぎは、仕方がないからこの男の部屋にいるのだ、そう理由付けをして昨晩この部屋で過ごしたのだ。

 結界の存在を確かめにも行かずに。


 彼女は昨日に引き続き今日も召喚されて、心の中で歓声を上げていた。

 何しろこの男は完全に寝落ちしていて危険が全然ないのだ。

 恋愛経験値ゼロのせせらぎには、安全安心で少しづつ男性に慣れることができるチャンス。


 うっすらと消えかかった男の首筋にあるキスマーク、それをおっかなびっくり人差し指で触ってみる。

 男は何の反応もしない。




 よ、余裕ですよ、これくらい。

 



 赤いキスの痕を指先で触りながら、さらにその先に挑戦しようと彼のすぐそばに近寄ったものの、彼女には男性の首筋に触るだけで精一杯だった。

 すぐに諦めて大人しく横のデスクチェアに座る。




 こ、この匂いです。

 昨日と同じこの男性の匂い。

 ああ……。




 昨日一晩、彼の横にいたせせらぎは、自分がこの男性の匂いを好きであることに気づいた。

 横にいる男のうなじを見ながらくんくんと鼻を動かしていたが、バトロワゲームのマッチングが終わって試合が始まったのでマウスを握る。


「べ、別に夜は長いですし……後でゆっくり……」

「あ、弘樹寝た!?」


 つぶやいたせせらぎの言葉に反応する声があった。


 スピーカーから聞こえた声に驚き、大慌てでチャットアプリの通話を切断する。


>それでは始めましょう

>あれ? 今日もチャット?

>そうです


 せせらぎは、チャットでトークする女性が昨日と同じ相手だと気づく。


>ホントは音声の方がいいんだけどね

>ちょっと喉が痛いです

>あ、しゃべる仕事だもんね

>うんそうです

>じゃあ今日もチャットで!

>ではまずこの試合で昨日の成果をみましょう


 朱音からしゃべる仕事と指摘されて隣の男を見る。

 自分の声を聴かれたのに私が女性と気づかないはずがない。

 でも朱音がそれを気にもしない様子から、隣で寝る弘樹という男性は普段から女性を部屋に連れ込んでいるのだと理解した。




 どうやら、私のことをいつも連れ込まれている女性と思っているようですね。

 しかも、その女性もしゃべる仕事のようです。

 でもまさか、私と同じゲーム実況者ではないと思います。

 女性のゲーム実況者なんて、割合でみればまだほんのわずかですし。

 たぶん、この首筋のキスマークもその女性が付けたのでしょう。

 だとすると、このヒロキさんという男性、想像以上のプレイボーイかもしれません。




 せせらぎは自分の胸が高鳴るのを感じた。


 真横に座る男が、好みのタイプであるプレイボーイ風モテ男子だと考えたからである。

 彼女が乙女ゲームをすれば、真っ先に攻略するのは少し遊んでいるモテ男子。


 誠実で頼りになる王子キャラやワイルドな俺様キャラ、内気な草食系キャラなどには目もくれない。

 とにかく軽くてカッコいいモテ男子が大好き、というか憧れに近いものがある。


 ギャルに惹かれる草食系男子がいるように、男性との接点がないせせらぎは、モテ男子に妙に惹かれて付き合ってみたいと思うのだ。




 それにしてもこの朱音さんというフレンド、なかなか根性がありますね。

 配信のコラボ実況と同じでゲーム越しだから、よく知らない相手でも緊張なんかしないです。

 むしろこれはチャンスかもしれない。

 できれば、今まで高めてきた自分の技術を誰かに伝授したいと思ってたんですよねぇ。




 開始した試合では、敵との戦闘で朱音のサポートに回っていたが、中盤で彼女が倒されてしまった。

 自分一人がフィールドに残されて、プレイ中にも関わらず彼女は一瞬目をつむり逡巡しゅんじゅんする。

 すぐ目を見開くと鋭い眼光をモニターに向けた。


 直後、彼女は本気を出した。


 自分のプレイを朱音に見せて、彼女に勉強してもらおうと思ったのだ。

 彼女のプレイはいつも以上に冴えわたった。

 どんなに朱音のキャラが倒されてもすぐに復活させ、数的不利な状況でも一人で敵チームを丸ごと壊滅させ、そして最後まで生き残ってチームを優勝させてしまったのだ。


>すすすごぉ! アカネ、師匠について行きます!


 興奮した朱音がせせらぎを別の女性と勘違いしたまま、師匠と呼びだしたのである。


次回、「匂いフェチ」

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