第一章 二話 再会のキス
最近、日本の大企業で人が習得したスキルを確認できる機械が開発された。
巨大で高額なため一般販売されていないが、大手ゲームメーカーと提携して、ゲームセンターに有料診断装置として設置された。
診断費用は一万円。
診断するとその人の習得スキルとその熟練度が表示され、プリントアウトして持ち帰ることができる。
世間では最初、おふざけのごっこ遊び機械と認識されていたが、本当に習得スキルを確認できると分かると世界中で大評判となった。
今、川上弘樹は大行列のできる診断機械に並んで、バイトで稼いだなけなしの一万円を払いスキル診断をしてもらっていた。
これが最後の望みだ。
もしこの診断でレアスキルが判明すれば、クリスマスまでに彼女ゲットができるはず!
一発逆転でいきなりモテモテも夢じゃないんだ!
期待して挑んだ診断の結果、彼が習得していたスキルは次の通りだった。
習得
『寝落ちスキル』
熟練度:10レベル(MAX10レベル)
誰にも自慢できないどころか、人に話したら馬鹿にされかねない『寝落ちスキル』しか習得していなかった。
当然だ。
この装置で診断しても、ソシャゲのガチャのように新たなスキルが得られる訳ではない。
それまで実際に経験を繰り返して習得した技術が、ただ文字として表示されるだけなのだから。
中学、高校のクラブ活動は適当に文化部へ所属していただけだし、もちろん勉強も人並み。
収入源のバイトはとても真剣な職務態度といえず、趣味のネットゲームも仲の良い友達と何となくやっているだけで、熟練しているとは言えない程度。
ゲームで寝落ちばかりを繰り返した彼が、『寝落ちスキル』以外に習得していないのは当然だった。
それでも弘樹がネットで調べた限りでは、熟練度10レベルのスキルを持つ人などいない。
普通はスキルを習得している人でも2か3レベル。
武術の達人で6か7だった。
それが弘樹のスキルレベルは10なのだ。
これがいかに異常なことかは調べれば分かる。
だが、いくらレベルが高くとも『寝落ちスキル』がプラスに役立つ場面なんて、彼には全く想像できなかった。
他に何か書いてないのかと、診断用紙の裏側に記載されたスキルの説明を読んで
・熟練度がMAX(10レベル)で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』特殊効果:『小人の靴屋』
(やりかけたことを助けてくれる高い実力があり、かつスキル所持者の理想の存在を、寝落ちしている間だけ召喚可能。寝落ちから状態回復すると召喚は解除される)
召喚だと!?
女性経験のない俺は、とうとう賢者になったのか!?
いやいや、まだ二十四歳だしそんなはずはない。
でもこのスキルで女の子を召喚できれば、彼女ゲットのチャンスがあるんじゃないか?
さらには俺の部屋でムフフな展開になったりして。
ん? 「寝落ちから状態回復すると召喚は解除される」って、どういうこと?
目が覚めたら帰っちゃうってことか?
……なんだよ。
召喚できるたって、寝落ちしている間だけじゃ何の役にも立たないじゃないか!
スキルカンストにぬか喜びをした弘樹は、家に帰るといつも通りネットゲームを始めて『寝落ちスキル』で寝落ちした。
◇◇◇
「まただ……」
アリスは急に視界が奪われて真っ白になったかと思うと、妙な浮遊感に襲われた。
すぐ視界が戻り始めると浮遊感がなくなり、小さな落下で床に着地する。
彼女はちょうど風呂から出て髪と身体を拭き、下着をつけたところだった。
戻った視界に映ったのはさっきまで居た脱衣所なのだが、なぜか強い違和感がある。
作り付けの洗面台は普段使っている三面鏡で同じなのだが、置かれている化粧水や洗顔料、歯ブラシなどが全く違う。
これって、もしかして……昨日と同じ状況?
昨晩の不思議な体験を思い出した彼女は、今起きた現象が昨日と同じかもしれないと直感する。
また、他人の家になってる?
洗面台の横にある衣類ケースは自分の家にない物で、その上に置かれていたドライヤーもやはり自分の家の物ではないことから、彼女は確信した。
ああ……、やっぱり、ここは私の家じゃないわ……。
てことは……。
アリスは恐る恐る三面鏡に映った姿を確認する。
そこにはいつもの自分が映っていた。
童顔で少し小柄な身体は日本人の父親譲り。
色白の肌と大きい胸、綺麗な金髪はアメリカ人の母親譲り。
昨日、転移先の他人の家でかんざしを失くしてお団子にできず、今は腰まで届く金髪のロングヘアだ。
我ながら両親のいい部分ばかりを引き継いだわね。
自分自身に変化がないことは幸いなのだが、さすがにこの状況では楽観的な性格のアリスも顔を青くする。
なぜなら彼女は、上下揃いの黄色の下着を着けているだけで、他に何も身に付けていないからだ。
他人の家で下着姿……どうしよう……。
悩んでいても解決しない。
下着姿のままうろつく訳にもいかないので衣類ケースを開けてみる。
この家にも女性がいるだろうから、女性物のパジャマくらいあるだろうと探すがなぜか見当たらない。
思い当たることがあり、浴室のドアを開けて浴槽を確認すると、ゴム栓が抜かれて湯がなかった。
もしかしたら、この家の女性はもうお風呂に入ってパジャマを着ちゃったのかも……。
絶望的になりながら、衣類ケースの他の引き出しを開けたが女性物どころか男性物のパジャマもなかった。
ど、ど、どうしよう……。
もしかしたら、昨日の男の部屋に男物の服があるかもしれない、そう思ったアリスは下着の上下を手で隠しながら脱衣所から廊下に出た。
見れば見るほど自分の家と似ているのよね。
この廊下も壁の絵がなければ全く同じだもの……。
二階に昇るため、そろりそろりと廊下を歩いて階段を目指し、階段横の玄関まで到着する。
玄関のドアを少し開けて外を伺ってみる。
外は真っ暗で人通りはないようだ。
昨日は確か……、門扉の手前に結界らしきものがあって閉じ込められていたんだっけ。
でも、今日は出られるかもしれない。
だけど、こんな下着姿で外に出たら、いくら暗くても変態よね?
それでも一瞬だけ状況を確認しておこうと、昨日と同じサンダルを借りて緊張しながら門扉に向かった。
……ああ、やっぱりか……。
結界は昨日と同じ位置にあり、この他人の家を取り囲むように彼女を閉じ込めていた。
昨日よりも水気の含んだ髪はすぐに冷え切って、寒さで身体が震える。
下着姿で外に出たせいで、体中が冷えて寒くて思考力が低下してきた。
急いで玄関に入ると階段を登り、昨日と同じ部屋を目指す。
き、昨日の男はいるかしら……。
じ、事情を話して、た、助けてもらうしかないわ。
がちがちと歯を鳴らしながら、二階の昨日の部屋を目指す。
いくら彼女が容姿に恵まれていて、理路整然と説明することに長けていても、この状況を部屋の男にうまく説明するのは困難だろう。
なぜなら玄関のチャイムも鳴らさずに、下着姿でいきなり部屋に入り込むのだから。
普通の男であれば状況を飲み込めずに混乱して当たり前である。
そして何より心配していることがあった。
あ、あの眼鏡の男が、わ、私に興奮して襲って来たらどうしよう……。
め、眼鏡男子は好きだけど、は、初めてが襲われてというのは避けたい……。
昨日の男は居た。
ただ、彼女の心配をよそに、昨日と全く同じ姿勢でデスクに突っ伏して寝ていたのだ。
ふ、ふへぇ~。
アリスは心底安堵した。
部屋には明りが点き、室温はエアコンの暖房で快適に保たれている。
昨日、一晩過ごしたお陰で何となく物の配置を覚えている。
急いでベッドの上に置かれたエアコンのリモコンを取ると、暖房の設定を三十度まで上げた。
彼女がクローゼットを開けると、くしゃくしゃのままで積まれた大量の服を見つけたが、見たところ洗濯されていないようで着るのをためらう。
他に目を移すと、ハンガーポールにアイロン掛けさられた長袖のワイシャツが吊るされていたのでそちらを拝借した。
下着の上から男物の白ワイシャツを一枚羽織っただけだが、もうこれ以上この男の服を無断でほいほい拝借できるほどアリスは図々しくなれない。
白い太ももが丸出しで、胸はボタンが飛びそうなほどキツくて煽情的な恰好だが、下着姿よりはマシだし暖房が効いてきたのでとりあえず平気だ。
この人、また寝落ちしてるのね。
点けっぱなしのモニターに視線を移すとモニターの足の部分に、昨日失くしたはずの黒塗りのかんざしを見つけた。
「あっ、あった!」
失くしたと思ったかんざしは、折りたたんだハンカチの上に置かれていた。
丁寧に扱ってくれたんだ……。
二回も押しかけて暖を取らせてもらったのは、あなたが寝ている間に私が勝手にしたことだけど、借りができちゃったわね。
男をのぞき込んで顔を確認する。
眼鏡男子を好きなアリスだが、素顔が気になったのか起こさないようにそっと眼鏡を外す。
あれ? 素顔、結構カッコいい?
ラ、ラッキーかも!
彼女は一瞬だけ躊躇した後、左手を首の後ろから右耳に回し金色に輝く髪を掴んで左側に流す。
顔を少しかたむけて、彼の頬に軽くキスした。
男は身じろぎもしない。
経験の浅いアリスなりに頑張ってみたのに、男が何も反応しないことをつまらなく思ったのか頬を少し膨らませた。
ムキになった彼女は、彼が眠っているのをいいことに少し大胆な行動に移る。
頬へのキスじゃ反応はなかったけど、これならどう?
屈んだはずみで、ワイシャツが突張ってぱつんぱつんの胸が一瞬だけ彼の肩に当たったが、気にせずいたずらっぽく微笑む。
そして、トドメとばかりに彼の耳をパクっと甘噛みしたのだ。
だが、せっかくのアリスの魅惑的な攻撃も、不思議なくらい完璧に寝ているこの男には効果がなかった。
耳を甘噛みするというアリスにしては最大級の攻撃を繰り出したのに何も反応が得られず、この後どう攻めていいか分からなくなって追撃を断念した。
また頬を膨らましたアリスは、小さく息をはくと軽く微笑んだ。
これで借りを返したことにさせてね。
あなた幸せなんだからっ。
これでも私、ゲーム実況アイドルとしては人気ある方なのよ。
かんざしを手に取ったアリスは、冷えた髪を纏めてお団子にすると、かんざしを挿して回転させ髪をまとめた。
デスクの引き出しを開けるとメモ用紙とペンがあったので、かんざしのお礼を一言書いてから、かんざしの代わりにハンカチの上に置いた。
昨日は、朝方この男が身じろぎしたと思ったら急に自分の部屋に戻ったのよね……。
そうすると、またここに居れば自分の家に戻れるかも!
昨日と同じように、隣に置かれた筒状のゴミ箱に座ると腕まくりをしてからマウスを手に取る。
さてさて、今日はどこからだったかしら?
確かボスを倒して新しい街に行けるようになったのよね。
昨日は苦労したけど、やっぱりボスのヘイトを私が集めて、みんなに一斉攻撃してもらって攻略するのは快感だわ。
これだから、ゲームメイクできるタンクはやめられないのよ。
アリスはゲームをしながら、隣で寝ている彼の気を引くにはどうしたらいいかを考えていた。
たとえ男性を誘惑するセクシャルな方法を検索して試したとしても、寝ている眼鏡男子をその場でドキドキさせることはできないからだ。
しかし、相手が起きてさえいれば興奮させられる。
それなら彼が目を覚ましたときに興奮する方法がいいかもしれない、そこまでは考えたが引き出しの少ないアリスには肝心の方法が思いつかなかった。
ならば、それは後でじっくり調べることにして、まずは自分がずっと男性としたかったことを先にヤッちゃおうとニンマリした。
次回、「運命の人」
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