第133話 穏やかな夜

『ソフィーアが妊娠している』

そう聞いてまず浮かんできた感情は『安心』だった。

ほら、元の世界で男が原因の不妊なんかの話もあったじゃん?

最近じゃ武器作りと種馬活動しか求められていなかったから、種馬としての役割を果たす機能に問題がないと分かって、少しだけ安心した。

他にもいろいろな感情がグチャグチャになっていたけど、今はとりあえずソフィーアに会いたい。


神様にソフィーアの居場所を聞いて、結構な早歩きで移動した。

『師匠に聞くことがある』と言っていた通り、ソフィーアはハイ師匠と一緒だった。


「ん?そんなに急いでどうしたんだ?何かあったのか?」


「今神様に『ソフィーアが妊娠している』って聞いたから、なんとなく今すぐに会いたくなったから来たんだけど……。」


……ソフィーアは固まってしまった。

もしかして知らなかったのだろうか?

そのことを確認するために、ハイ師匠に何かを聞きに行ったんじゃなかったのかな?


「……あぁ、なるほど。だいたい理解しました。ソフィーア、生まれてくる子供はエルフになりそうですね。」


ハイ師匠は1人で納得している。

説明プリーズ!


「先程ソフィーアから既遂の技を使えたことを聞かされたので、まだ若いですがハイエルフ化が進行し、精霊の因子が強く現れ始めた結果だと思っていたのですが、恐らくお腹の子に精霊の因子が宿る過程でソフィーア自身の精霊の因子が一時的に高まった結果、既遂の技が出ててしまったのでしょう。『妊娠すると精霊の因子が不安定になる』という話は聞いたことがありますが、既遂を使えるほど高まることがあるのですね……。」


……ちょっと待ってね。

ハイ師匠は1人で完全に納得している様だけど、基本的な知識がこっちは全く足りてないから。


まず、『既遂の技』って言うのが、ハイ師匠が使っていてソフィーアも今日使えたあの技のことだろう。

今の話の感じだと、あの技はエルフやハイエルフの持つ『精霊の因子』が高まれば使える技みたいだ。

妊娠によって精霊の因子が不安定になったソフィーアは、精霊の因子が既遂の技を使える程にまで高まってしまった結果、技が出てしまった……。

まぁ、『不安定』は安定していないって言う意味で、マイナスになるとは限らないからね。

プラスに偏ることもあるのだろう。

とりあえず、突然あの技が使えたのは、妊娠が原因で間違いない様だ。


それでだ……。

『生まれてくる子供はエルフになりそう』ということと、『お腹の子に精霊の因子が宿る』ということ……。

物語とかだと、人間とエルフの間に生まれるのってハーフエルフになるイメージだったんだけど、この世界では違うのかな?

必ずどちらかの親の種族に分かれるものなの?


「必ずどちらかの種族になります。あなたたちは人間とエルフ、どちらもヒト種なので子供が出来ましたが、犬と猫が交尾をしても子供は生まれないでしょう?種を決める因子というのはそれ程強力なのです。因子を宿せば確実にそちらの種族となります。ソフィーアの持つ精霊の因子が高まったということは、生まれてくる子供はエルフです。間違いありません。」


……精霊の因子というのは、案外遺伝子の様なものみたいだ。

でも、エルフの子供か……。

正直非常に良かった気がする。

エルフの国で生きていく以上、人間の子供よりもエルフの子供の方がまだ受け入れて貰えそうだからね。

父親が人間の時点でアレな気はするけど……。


知りたいことはだいたい知れたし、とりあえず固まったままのソフィーアをハグして頭を撫でておこう。

昨日『子供は出来にくいが、子作りに協力して欲しい』と改めて言われた気がするけど、昨日の今日で妊娠が発覚したので、正直まだ実感がわかない。

ソフィーアも似たような感じだろう。


よしよし頑張ったね~。

凄いね~。

明日からのダンジョン攻略は私1人で行くからね~。

……なんかのフラグかな?


ソフィーアは1時間程、放心したまま動かなかったので、遠慮なくサラサラの髪の感触を堪能させてもらうのだった……。




「子供……子供か……。ソフィーナにも教えてやらないとな……。年齢的にも、姉の様な関係になってくれるだろうか?名前も考えないといけないな……。」


……一応ソフィーアは放心状態から戻って来たのだが、さっきから満面の笑みでずっとこんな感じだ。

これほど笑顔のソフィーアは初めて見るし、幸せの絶頂という感じで私も嬉しく思うのだが、目の前に並べられた夕食がだいぶ冷めているのでそろそろ食べて欲しい。


「ソフィーアちゃん嬉しそうだね~。幸せの絶頂だね~。愛されてるね~。スラエラもあんな感じになるのかな~?」


……そういえば『1発でも高確率、複数発ならほぼ100パーセント』なんて言っていたが、ボーイッシュボインちゃんは妊娠していないのだろうか?


「スラエラはまだだねぇ~。種はもうしっかりと届いていると思うけど、妊娠が確実なものになるまで半月くらいかかるからね~。」


そうだったっけ?

保健の授業を受けたのは結構昔のことだから全然覚えてないな~。

そもそも内容に興味がなかったし……。

同人誌で射精してすぐ受精する描写が結構あったから、妊娠も結構早いものだと思ってたわ。


「ソフィーアちゃんが妊娠しちゃったけど、明日からどうする?1人でもダンジョン攻略いける?流石に妊娠している子をダンジョンに送り出すのは嫌だよね~。」


「無理そうなら諦めていいですか?」


「無理なら仕方ないね~。あくまでもこれはこの国の問題であって、本来この国に住むヒト達が解決すべき事柄だし……。まぁ、無理だからお願いしたんだけど……。」


「報酬が貰えるのなら最大限努力はしますよ。ソフィーアが出産してから子供が大きくなるまでの生活費を、一応稼いでおきたい気持ちはありますし……。」


「パパだね~。真面目だね~。少しだけでいいから、スラエラにも同じ様に接して欲しいな~。恥ずかしがって隠れちゃってるけど、もうすっかりメロメロな様子だったし。」


……善処しま~す。


さて、それじゃあ私は明日に向けて色々と準備しないとだな……。

まずはやっぱり武器だ。

斬れる武器を持っていないと魔法で対処するしかないから、いちいち魔力消費を気にしながら戦わないといけなくなる。

今日は正直面倒臭かった。

雑魚なら魔法で薙ぎ払うのが一番早いし効率的だけど、武器で攻撃した方が簡単で早い状況はいっぱいあるからね。


ナイフはアダマンチウム合金製の物があるから、切れ味のいい斧と頑丈なハンマーが欲しいが、今から作るとなると朝までに研いで仕上げるのは無理だからハンマーにした方がいいだろう。

ハイ師匠から貰った素材の中に良い物あったかな……?


「ハンマー作るの?それならこの国にいい素材があるよ!」


そう言って神様が取り出したのは、大きさが1メートル四方ほどの大きな紫色の塊。

……何だろうねこれは。

金属ではないと思う。

かといって岩や水晶でもない様だし……。

モンスターの素材かな?


「そうだよ~。ゴリアスヘヴィメタルイーターっていうモンスターの内臓から出てくる石なんだけど、硬すぎて誰も加工できないんだよね~。剣にするのは向かないだろうけど、ハンマーの頭として使うならぴったりだと思うよ。」


……とりあえず、モンスターのことは置いておこう。

今大事なのは実際に加工出来るかということと、ハンマーとして優秀な素材かどうかだ。


まずは硬さを確かめるためにノックをするように叩いてみる。

……結構ガチで硬いな……。

重さはどうだ?

……いい感じに重い。

次は魔力を流し、錬成魔法での加工を試みる……。

……すげぇ柔らかくなったな……。

素材としてのレア度は微妙なのかな?


「今のが錬成魔法か~……。魔力が浸透しにくい素材だと少し扱いに苦戦しそうだけど、それ以外は凄く便利そうだね~。」


本当にそうですよね~。


とりあえずハンマーの頭部分をいい感じの形に出来たかな?

後は柄を刺せば完成だけど……柄は頑丈性と柔軟性が両方欲しいんだよなぁ~。

全力で殴っても曲がらない柄にするにはどの素材がいいのかな~?


「ドラゴンの鱗なら沢山あるよ。普通は柄に出来ないけど、硬さと柔軟性は抜群だし、錬成魔法なら棒状に加工もしやすいんじゃないの?」


そう言って神様は、恐らく昨日倒したドラゴンの鱗を数枚渡してきた。

なんと言えばいいのか、本当に物作りの神様って感じだな~。

ドラゴンの鱗とか前にも貰ったけどインベントリに仕舞ったまま完全に放置してたわ。


言われた通りにドラゴンの鱗に魔力を通してみたのだが、やはりさっきの石よりは魔力の通りが悪い。

でも、以前貰ったドラゴンさんの鱗よりはだいぶ魔力が浸透しやすかった。

ドラゴンの鱗と一概に言っても、やはりレアリティの差があるのだろう。


鱗を粘土の様に捏ねて捏ねて捏ねまくって、いい感じになったところで握りやすい太さの棒状に加工する。

いい感じになったので棒の魔法を完全に解除。

このままでも武器として使えそうな感じだね。


棒をさっきの頭の部分に刺して抜けない様に加工すれば、ハンマーの完成だ。

……1時間くらいで完成したな。


「ほっほ~ん!なかなか良いものではないかキミィ~。これならドラゴンをぶん殴っても曲がることはないんじゃないかな?」


「素材とアドバイスありがとうございます。凄く順調にいい感じの物が出来ました。」


「私も錬成魔法での武器作りを見れたから満足だよ~。それじゃあ明日からも頑張ってね~。」


神様は行ってしまった。

あの様子だと、武器作りというよりは錬成魔法に興味があったのだろう。


寝るまで少し時間はあるし、明日から実際にこのハンマーを使用するので、軽く素振りをして使い心地を確かめていると、ソフィーアがやって来た。

子供の名前候補が決まったのだろうか?


「なんと言うか……済まないな。君1人にダンジョンの攻略を任せることになって……。」


「謝ることじゃないでしょ。前から子供を欲しがっていたんだし、実際に妊娠できたことは祝福すべきことだよ。ダンジョンはまぁ……1人で無理そうならすぐに諦めるつもりだからね……。正直任せないで欲しいかな……。」


「そうだな。1人でも問題なく攻略できそうなら頼んだ。……君が死ぬことだけは、絶対に許さないからな。」


……そろそろモンスターと戦うのはやめて、真っ当に働き始める時期なのだろうか?

一応死ぬまで遊んで暮らせそうなくらいの資産は持っているんだし、無理に働く必要はあまり感じないけど……。

というか武器職人で食っていけそうだしね。


「ここ数日あまり休めてないだろう?今日はそろそろ休んで、明日に備えた方がいいぞ。ほら、武器はもう仕舞え。一緒に寝よう。」


この日初めて、夜戦に突入しないまま、ソフィーアと一緒のベッドで眠るのだった。

いつもとは違い、非常に穏やかな笑顔で見つめてくるソフィーアは、いつも以上に美しく感じた。


……いつもとの違い?

……夜戦の時はいつも捕食者の目をしていたから……。

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