第105話 お仕事しゅ~りょ~!

体よく在庫ちゃんのお世話を隊長さんに丸投げしてから1週間が経過した。

在庫ちゃんはすっかり隊長さんに依存し、私に対しては微妙に距離を取ろうとしている感じだ。

エルフちゃんがマスコット的な存在なのに対して、在庫ちゃんはまだなついていないペットって感じだ。

見た目だけなら可愛いんだけどなぁ……。


さて、領主一族全員を処理してから時間が経ち、そろそろ新たな敵兵士が送り込まれて来なければ『どこからも情報は漏れなかった』と判断して、エルフの国へと帰還するそうなのだが、どうなるかな?

実際のところ、最後らへんは完全にハブられていたので、私がやったことと言えば街の城門を全て封鎖したことと、領主の屋敷にあった金庫の中身を全てかっぱらったくらいで、敵の兵士に対する作戦行動については全然分かっていない。

つまり、どこまで徹底的に殲滅したのか私は把握していないのだ。


まぁぶっちゃけ、隊長さん達が言っていたように、いざとなったら国ごと滅ぼすつもりで行動すればなんとでもなると思うのだが、流石に時間が掛かり過ぎるよね?

私としては、1ヶ月働いた時点で糞長い期間だと思うけど、隊長さん達の基準だと1年くらいで凄く短い方って感じらしい……。

国を相手にすると普通に10年はかかると聞いて、時間に対する感覚がやっぱり全然違うんだなぁ~って実感した。


サラミをのんびりと摘まみながら(髪も伸びてきたし、そろそろ散髪したいな~)とか考えていると、緊急性の高そうな続報が入ったようだ。

あの慌てふためいている様子から見て、恐らく異種族の存在情報の流出は防げなかったのかもしれない。

人間の情報網って凄いよね。

少なくとも領主の屋敷にいたらしい人間は皆殺しにしたらしいし、領主が情報を流したらしい商人も家族ごと処理したらしい。

それでも情報が国の中枢に漏れたのだろう。


……街の外にいた兵士とかかな?

私達が街で行動していた時に偶然街の外にいたけど、異種族の奴隷狩りに出立したことを知っていそうな存在はそれくらいしか思いつかない。

井戸端で姦しく談話するババア共が異種族の存在について広めているとしたらマジでどうしようもないしなぁ~。

口伝いの情報の拡散性について書かれた論文とかないかな~。

そんな論文が実在するのかどうかも知らないけど。


さて、戦争の準備でもしておこうかな。

必要なものは何だろう?

武器は未だに1度も使っていない薪割り君があるから問題ない。

食料は普通に支給されるだろうけど、おやつだけ確保しておこうかな。

……あとはなんだ?

衣食住で言うなら、着る物と住む場所か。

住む場所はテントで寝泊まりになるだろうから、お布団と枕にだけこだわるとして、着るものか……。


今の私は一般人が着るような至って普通の服装だ。

だがそろそろ個性を主張するときが来たのかもしれない。

ジャージにパーカーしか着てこなかった私にファッションセンスがあるとは思えないが、異世界ファッションを試すときが来たようだな。


という訳で、周辺にいる男性の服装チェック。

まずはあの男性。

丈夫そうなズボンに、同じく丈夫そうなブーツ。

そして上半身は裸……。

弓矢の斉射で簡単に死にそうなのであれはないな。

というか、上半身裸が似合うのは腹筋がバキバキで腕とか肩回りがムキムキのマッチョマンだけで、だらしないお腹のおっさんが服を着てないとマジで見苦しいからやめて欲しい。


次はあの男性。

結構しっかりとした鎧を着ている。

というか、頭から足の先まで全身鎧だ。

正直動きにくそう……。

あれもないな。


ねくすと。

胸当てにスカートを穿いた男性だ。

……よく見ると男性の様な体格の女性だった。

おっぱいと筋肉の見分けがつかないよぉ~。

ところで、男性がスカートを穿くことについてどう思う?

私としては似合うならどうでもいい派なんだけど、文句を言っている人って大体が似合わない体形のおっさんとかブサメンなんだよね。

……どうでもいいか。


次は……個性的な男性だ。

ここ1週間、街から戻って来た日からちょくちょく見かけていたが、コミュ障の私には自分から話しかけることなど無理なので、今のところ名前すら知らない。

なんというか、上半身は意図して穴だらけにした感じの服を着ている。

ズボンは虹模様のカラフルなものを穿いていて、実にお洒落な感じだ。

……私があの格好しても、間違いなくクソダサいだけだろう。

身長がそこそこ高くて手足が細いので、モデルの仕事とか向いてそうだよね。

顔も普通にイケメンだと思うし。

……この世界でも見た目の格差社会が酷いや。


「どうしたんだ?」


私がキョロキョロと周囲を観察していてことに気づいたのか、隊長さんが話しかけてきた。

隊長さんの服装はマジで普通だ。

普通のシャツと、普通のズボン。

胸当てだけ自身に合う物を付けているようだが、服装はマジで普通だ。

ちょっと腰にぶら下げている武器の主張が激しいだけで……。

あと仮面も主張が激しいよね。


「服装にそろそろ個性を出すべきなのかと思いまして……。正直、薪割り君と私の見た目って、あまりにも合ってないような気がするんですよね~。」


「……服装は関係ないと思うぞ?紙袋を被った君は不思議と似合っている様に感じたが……。そもそもあの禍々しい斧の見た目を変えるべきなのではないか?」


それは譲れません。

あれから薪割り君に描かれた頭蓋骨の数をひっそりと増やしたんだから……。


ところで、隊長さんは向こうのテントに行かなくてもいいのだろうか?

指揮官っぽい人たちが集まっているんじゃない?

あ、『元隊長』さんで今は無職だったね~。

アイアンクローは聞いてないっ!


「今なんとなく無職煽りを受けたような気がしたんだが、気のせいだよな?」


「みんなから凄い頼りにされている隊長さんを煽れる人間がいるわけないじゃないですかヤダなぁ~。」


そもそもここにいる人間は私と在庫ちゃんしかいないのだが……。

それにしても、隊長さんの勘の良さよ。

どうやれば表情から無職煽りを推察出来るんだ?

『馬鹿にされた』とかならまだわかるけど、ピンポイントで『無職煽り』って当ててきたぞ。

ちょっと勘が鋭くなり過ぎてるんじゃありません?

そんなに私の表情が分かりやすいのかな……?

それともやっぱり心を読むスキルを持っているとか?


「昨日の夜、君が寝言で『隊長さんの無職~』と言ってたからな。」


……とりあえず隊長さんが笑っているうちに正座しておこう。

今夜から寝るときはマウスピースみたいなものを口に入れた状態で寝ようかな?

寝言とか自分じゃ分かんないからな~。

防ぎようがなくない?


チラチラと隊長さんの顔色を窺ってみるが、別に怒ったりはしていないように見える。

さては私の反応を愉しんでるな。

も~、意地悪なんだから~。

あ、お茶のお替りいります?


「結局、人間との戦争になりそうだな。こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳なく思っている。……出来れば手伝ってほしい。」


隊長さんが急に雰囲気を変えてきた。

情緒不安定なのだろうか?

ある程度予測できたことだし、別に謝らなくてもいいんだけどなぁ……。


「気にしなくていいですよ。なんだかんだ稼げてますし、疲れたら勝手に休みますから。」


「流石に勝手に休まれるのは困るのだが……。君は君と同じ人間と戦うことに対して抵抗はないのか?」


「ないですね。人間だろうと異種族の方だろうとモンスターだろうと、敵対するのなら躊躇なく戦えます。」


「……まぁ、以前攻めてきた兵士たちを躊躇なく倒していたから、戦えること自体は疑っていないのだが……。心理的な抵抗感とかないのか?」


「人間相手に慈悲の心を持つくらいならデカいウサギの方がまだマシですね。襲ってくるとしても、モフモフで可愛いですし。」


今日の隊長さんは変なこと聞いてくるね。

やっぱり戦争になりそうだから精神的にあれなのかな?

あれあれ。

なんて言えばいいのかな?

まぁ、いいか。

とりあえずお茶でも飲んで落ち着いてくださいね~。


センチメンタルな隊長さんとのんびりお茶を飲んでいると、中間管理職みたいな兵士が隊長さんを呼びに来た。

もちろん私は呼ばれなかったので、普通に見送った。


さて……なんだろうね?

隊長さんがいなくなった途端にこのアウェーな感じ。

私は別にいいけど、人間の兵士達と戦争する前に壊滅したいのかな?


「お前が我々に対して非常に協力的だったことは聞いているが、人間である以上信頼できないので、この場で拘束させてもらう。抵抗するなら命はないと思え。」


……なんでおっさんって偉そうなやつが多いんだろうね?

せめて隊長さんクラスの実力者なら素直に従うのに、こんな雑魚に偉そうにされてもビビるわけないじゃん。

ついでに言うのなら、隊長さんにお給金を貰っているから協力的だっただけで、別にお前らのこととかどうでもいいから。

なんかいろいろと残念な結果になってしまったが、『俺は人間をやめるぞ!』とか出来ない以上、ここにいても仕方がない。

隊長さんに一声かけてから帰るかな。


「一度だけ警告してやる。動いたら手足を斬りおとす。」


インベントリから薪割り君を取り出し、非常に心優しい私は、この場にいる全員に聞こえる様に宣言をした。

あ、薪割り君使うなら紙袋被らなきゃ。

最近これを被らないとなんか気分が上がらないのよね~。

これで良し。

フッハッハッハッハ!

蹂躙じゃー!




「……一応聞くが、何があった?」


「なんか人間は信用できないらしいので、先に帰りますね。」


この場の雰囲気と今の言葉で全てを察してくれたようで、隊長さんは大きくため息をついた。

いつも苦労を掛けるねぇ~……。


「……そうか、済まなかったな。私もすぐに戻るから、先にエルフの国に帰っていてくれ。あ、エアリアも忘れずに連れて行ってくれ。」


……隊長さんはこれから忙しくなるんじゃないの?

戦争に参加しないと、いろいろと立場が拙くならない?

というか、しれっと行き先を指定してきたけど、人間の国じゃなくてエルフの国に戻ってもいい訳?

あと、エアリアって誰だ?


「……エアリアは捕虜として捕らえている娘の名前だぞ。もしかして、本気で『在庫ちゃん』などと呼んでいたのか?」


エアリアね。

初めて聞いたけど知ってる知ってる。

最近忘れっぽくてのぉ~……。

名前を聞くこと自体忘れてしも~たんじゃよ。

オッケー連れて帰ります。


ちょうどいいタイミングでそのエアリアちゃんの叫び声が聞えてきたので、回収して連れて帰ることにした。

世話が焼けるぜ全く……。

水飲ませて以来、1度も世話なんてしてないけど。

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