第106話 脳内ピンクかよ……。

いったいなんでこんなことになってしまったのか……。

まぁ、後悔は一切ないから特に問題はないのだけれど……。

一緒にいたはずの在庫ちゃんは、少し離れたところで地面に押し倒されてしまっている。

頭や服の隙間をクンクンペロペロされていて、非常にけしからん状態だ。


私があんなに頑張ってお世話したのに……。

許せねぇよ……。

これがNTRってやつなのか……。

胸の内にどす黒い感情が湧きあがり過ぎて、今はなにも考えたくはない。


流石に少しくすぐったいのか、在庫ちゃんは少し色っぽい声をあげながら身を捩らせているが、相手は遠慮という物を知らない様で、私に見られていようとお構いなしで一切やめる様子はない。


「た、助けて下さ~い。」


在庫ちゃんが助けを求める声が聞えたが無視する。

こっちはこっちで忙しいのだ。

私からその子たちを寝取った泥棒ネコに構っている暇はないのである。


よ~しよしよしよし。

もう準備万端だねぇ~。

そんなゴロンとお腹出しちゃってまぁ~可愛いんだからぁ~。

出会った頃の野生はどこに行っちゃったのかな~?


山頂鳥人族集落前野営地から移動し始めて5日。

私と在庫ちゃんは野生の狼の親子を愛でながら、山の中で遭難生活を楽しんでいた。


「そ、そこは駄目ですって。助け……助けて下さ~い。」


……少なくとも私は愉しんで遭難生活を送っているのだった。

子狼が在庫ちゃんにしか懐いていないことだけは許せねぇが……。


「……精霊に呼ばれたから立ち寄ってみたのだが、いったいどういう状況だ?」


あ、隊長さんだ。

どういう状況かと聞かれても……狼の親子と戯れているだけですよ。

そんなことより『精霊に呼ばれた』ってなんですか?

精霊と会話でも出来るのかな?

まぁ、エルフって精霊と関わりありそうだし、隊長さんなら何が出来ても不思議ではないけれど、精霊ってどんな感じなのかな?

……冷静に考えると、その『精霊』は私達が気づかない間にこちらのことを観察していたんだよな……?

怖いわぁ~。

悪いことは出来ないね。


とりあえず何も答えないわけにもいかないので、普通に迷って遭難していたことと、狼の親子に出会い、数日間頑張ってお世話したのに母狼しか私には懐かなかったことを話した。

話を聞いた隊長さんは半笑いだった。


「とりあえず帰るぞ。流石に狼を国まで連れて行くわけにもいかないから、ちゃんとお別れするんだぞ。」


そう言い残して隊長さんは在庫ちゃんの方へと歩いて行った。

在庫ちゃん、まだ子狼にマウントポジションを取られたままだったんだ。

まぁ、見た感じ生後数ヶ月っぽい子供でも4匹いるし、子供ながらにパワーはあるのだろう。

子狼に群がられるとか羨ましい……。

いっぱいお肉をあげても、フライングディスクで一緒に遊んでも、ボールを作って一緒に遊んでも、全身をくまなくブラッシングしても、私には懐かなかったのに……。


色々と思うところはあるが、隊長さんの言う通りエルフの国まで狼を連れて行くことは出来ないし、そもそも『可愛い』というだけの理由で連れて行く気もないので、お別れをしないといけない。

相変わらずお腹をこちらに向けながらも、少し隊長さんに対して警戒心を見せている母狼の頭を撫でながら声をかける。


「元気でね。魔物化するんじゃないぞ。どっかの亀みたいに神獣化するんだぞ。今日からお前は、富士山だ!」


ちょっと熱いところが出てしまったが、別れの挨拶なんてこんなものだろう。

父狼の姿は一度も見ていないので、いったい何があって母狼と子供達だけで山の中を移動していたのかは想像することしかできないが、出来るだけ元気に生きて欲しい。

正直、魔物化だけはやめて欲しいね。

『この毛並みにその模様……あの時のっ!』みたいな展開は心が痛んじゃうからね。

襲って来られたら対処するしかないし。


母狼は言葉は分からなくとも賢いようで、お別れの雰囲気を理解してくれたようだ。

ゆっくりと立ち上がり、子狼達に向かって一咆え。

そしてそのまま歩き出してしまった。

慌てて母狼を追いかける子狼達を見送りながら、酷く寂しい気持ちが胸の内に広がっていくのを感じた。


「賢い狼だったみたいだな。……帰ろうか。」


「そうですね。帰ったらお風呂にでも入りたいです。」


足元にあった餌を入れる器やフライングディスク、皮で作ったボールをインベントリに入れ、隊長さんの後を追って移動を開始した。

今後ペットを飼うつもりは一切ない。

『ペットを飼う』というのは、私にとって非常に責任が大きいのだ。

だから飼うつもりはないのだが……なんだかんだ、また使う機会はあるだろう。

それまでボールとディスクは大事に取っておこう。


複雑な心境のまま見上げた空は、普通に曇っていた。

雨さえ降らなければそれでいいかな……。




隊長さんがいる以上、何一つ問題など起こるはずもなく、その日のうちにエルフの国へと到着し、普通に入国できた。


……在庫ちゃんに関して問題はなかったのかな?

一応捕虜だし、これから在庫ちゃんがいた人間の国と戦争になるかもしれないんだよね?

そういえば普通に連れて行くように言われたけど、エルフの国の存在を知られた以上、返す気はないとかかな?

隊長さんと在庫ちゃん、なんだか仲が良さそうだし……。


そんなことを考えているうちに、隊長さんのお屋敷に到着だ。

お、エルフちゃんがお出迎えだ。

そこまで長い期間でもなかったけど、なんだか凄く久しぶりな気がするね。

速攻で『もう帰って来たんですか?』って言われたけど……。


当然ながらエルフちゃんと在庫ちゃんは初対面なので、自己紹介タイムだ。


「ソフィーナ、ニートが捕虜として捕らえたエアリアだ。歳も近いし、悪い人間ではないので仲良くしてくれ。」


「エアリアです。物理魔法が使えます。よろしくお願いします。」


「ニートです。ブラッシングが得意です。よろしくお願いします。」


「……はぁ。」


エルフちゃんは人見知りなところがあるようで、初対面の挨拶に対して非常に薄いリアクションだった。

まぁ、初対面の相手といきなり仲良くなるなんてことは滅多にないよね。

私も結構なコミュ障だったから、初対面の相手に対して1か月くらいは事務的な会話しか出来なかったよ。

せめて共通の話題くらいはすぐに見つけられるくらいのコミュ力があれば……。

今後の成長に期待するしかないね。


「ニート、風呂にお湯を入れてきてくれ。魔道具の使い方は教えたよな?」


「分かりました。前回と同じくらいでいいですよね?」


「ああ。頼んだ。」


隊長さんに頼まれたのなら仕方がない。

という訳でお風呂を入れに浴室に来た。

隊長さんお屋敷にあるお風呂はなかなかの高性能で、先程の会話からも分かるように、お風呂に設置されている魔道具に魔力を流すことでお風呂としてちょうどいい温度のお湯が出るのだ。

問題は一般人からすると結構な量の魔力が必要なことらしいが、私としては1日に24回お風呂を入れても問題ない。

1つだけ改善して欲しいところとしては、魔力を流している間しかお湯を出さないので、お湯を出している間ずっとお風呂にいなければいけない点くらいだ。

まぁ、これは全ての魔道具でそうなので、ここを改善できれば魔道具の発展自体に大きく関わってくるだろう。


どっかの天才が、画期的な方法で新しい魔道具でも作らないかな~?

先に一定量魔力を流しておけば、しばらくの間魔道具の効果が持続する方法とかないかな~?


そんなことを考えている間に、だいぶお湯が溜まって来た。

結構広い浴槽だが、魔道具から出るお湯の量も結構多いのだ。

(そろそろいいかな~?)と思っていると誰か来たようだ。


「そろそろ溜まったか?」


隊長さんだ。

これは1番風呂争奪戦が展開される予感だぜ。

まぁ、家主である隊長さんに全面降伏して譲るけど……。

私と在庫ちゃん、数日間遭難してサバイバル生活だったから汚れているだろうしね。


「そろそろいいと思います。私が入ると汚れそうですし、お先にどうぞ~。」


「そうか。……じゃあ、一緒に入ろうか。」


………………正気か?

いつの間にかそっくりの別人と入れ替わったとか?

特に隊長さんのフラグ回収をした記憶はないぞ……。

もしかして、分かりにくい冗談かなにかな?

勘弁してくださいよ~。

美人と一緒にお風呂だなんて気が気じゃないですって!


「私と一緒は嫌か?君と同い年らしいが、流石にソフィーナにはまだ早いから許可できないぞ?キチンと責任を取るなら別だがな。エアリアは好きにするといいが。」


……なんか逃がす気が無いような?

マジのやつですかい。

いったいどうしたんだろう?

2人きりで話でもあるのかな?


自身の頭の中で、性に対する好奇心と隊長さんに対する警戒心がせめぎ合っていることを自覚するが、結果は分かり切っていた。


ひゃっほ~!お風呂だ~!


……私にだって色欲くらいあるからね。

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