第98話 浮気なんてしてないよ……?

流石にまだ出発を開始したばかりなので、振り返れば海はすぐそこだ。

この亀がどうなろうとそこまで気にしないのだが、やはり餌をあげてしまった経緯がある以上、ついて来ようとするのなら何かしらの対応を取るべきだろう。

普通に歩ける陸亀なら、面白がってエルフの国まで一緒に行くんだけどなぁ……。

足が完全にヒレになっているウミガメなので、ついて来てしまったら戻るのが大変だろう。

ほら、海へお帰り。


……亀は頑なに帰らない。

私が海の方へと移動しても、『なんでそっちに行くの?』とでも言いたげな表情でこちらを見ていた。

肉で釣ろうと頑張ってみたものの、肉は遠慮なく食べたが、海の方へは移動しなかった。

ついてくる意思は固いようだ。


ずっと私と亀の様子を見ていた隊長さんは、いい笑顔で笑っていた。

見てないでタスケテ……。

連れて帰ったら隊長さんの家で暮らすことになるんやで。

……特に問題ないそうだ。


「ただの亀ならともかく、この亀は船乗りのエルフ達を助けてくれた可能性があるのだろう?だったら問題ないさ。ハイエルフの知り合いに動物と念話が出来る方がいるから、一度連れて行ってみよう。みんなきっと驚くぞ。」


駄目だ、隊長さんは完全に面白がっている。

というか、亀さん普通に頷いてるけど、言ってること理解してない?

急に賢くなったの?

その『ちょっと何言ってるのか分からないです』みたいな顔はやめい。

表情豊かな亀だなぁ~。


流石にヒレで陸上を進むのは大変そうなので、エルフの国に来るときに使っていた台車をインベントリから出して改良し、亀を乗せて運ぶことにした。

というか、亀の方から遠慮なく乗って来た。

この亀賢いわぁ~。

クッソ重いけど。

特製の台車じゃなかったら、重すぎて車輪が回らなかっただろうね。


亀に時間を取られた結果、若干エルフさん達から置いて行かれたが、のんびりとエルフの国へ向けて歩くのだった。




城門で兵士の方に止められるという至極当然の対応を受けたりもしたが、何事も問題なくエルフの国へと再入国出来た。

……出来てしまったのだ。

隊長さんの一声で『通ってもいい』と許可が出たのだ。

隊長さん、仕事辞めたんじゃなかったっけ?

あの兵士さん達、完全に部下みたいな対応だったよ?

隊長さんの人気度とカリスマ性は、私の想像をはるかに超えているのかもしれない。


流石にパーティーに参加していたニートエルフさん達は、エルフの国に帰国した時点で解散し、漂流エルフさん達も、お偉い立場らしき数人以外はそれぞれの自宅へと帰っていった。

お偉いらしい数人は、いつだったかの中央官庁へ報告に行かねばならないそうだ。

やっぱり立場があると大変だねぇ……。


そんなわけで、一緒にいるのは私と案内してくれる隊長さん。

亀に興味があったのか、ここまでずっと亀を撫でまわしていたエルフちゃんに、ハイエルフに心酔しているらしい目力さんの4人だ。

美人に囲まれているからか、周囲からの視線が痛いわ~。

嫉妬の視線は困っちゃうね。

私が運んでいるデカい亀が原因の可能性?

それはないやろ~。


さて、隊長さんに案内され、胡散臭い自称:神様に呼び出されたあの樹の前広場へとやって来た。

そして誰もいなくなった。

……たぶん、また自称:神様の呼び出しだ。

ハイエルフさんと会うので今度にしてくれないかな~?


『……自称ではありません。一応、この世界では神と定義された存在です。』


こいつ直接脳内に……。

……考えを読まれた?

まぁ、神様なら考えてることを読むくらい当然か。

今日はちゃんと服を着てるんですね。

何か用かな?


『特に用といえるものは無いですが、今回はちゃんと念話が届いているようですね。あなたもこの世界に馴染んできたと言うべきでしょうか?』


……そういえば、前回は何か聞こえたような気がしたけど、ハッキリとは聞えなかったんだよな。

この胡散臭い神様の言うように、この世界に馴染んだ結果、結構ハッキリと聞こえる様になったのかな?

揚げたてのチキンください。


『ここ、神域なんですよ。食べるとちょっと人間辞めちゃう果実とか食べます?』


……食べないけど少し欲しい気がする。

まぁ、いいか。

チキンは今夜食べることにして……。

あの亀について、なにか知ってます?

普通の亀とは思えないんですけど……。


『あの亀は、まだ数は少ないですが、この世界に完全に適応しただけの普通の亀ですよ。少なくとも、あなたの心配している様なモンスター化は起こりません。』


そっかぁ……。

この世界でペットが一般的じゃない理由が、ペットのモンスター化だと聞いていたから、それが聞けて少し安心した。

……一応騙されている可能性も考えておくが。

あ、考えてることが筒抜けだったね。

ごめ~んね。

それで……この世界に適応ってどうゆうこと?


『言葉の通りです。以前話した通り、神の死によってこの世界は魔力で満たされました。大半の生き物は魔力に対する抵抗力があるので今まで通り繁栄を続けていますが、濃い濃度の魔力を浴び続けたり、長期間にわたって体内に魔力が蓄積されることによって、モンスター化することがあります。ここまでは大丈夫ですね?』


おっけ~おっけ~。

魔力って病原菌みたいなものなのね。


『神の死体が元々の原因ですが、病原菌という表現はちょっと……。まぁ、ほとんどの生き物は魔力に対する抵抗力によって今まで通りの種を保って繁栄していましたが、あの亀のように魔力に適応する場合があります。魔力に適応するということは、神の力に適応すると言い換えることもできるのです。もちろん、実際の神の力には程遠いですが……。』


へ~。

……つまりあの亀は神獣的な感じ?

ケモノじゃなくて亀だけど。


『そうですね。その表現が一番近いのかもしれません。といっても、少し知能が高くて、魔法を上手く扱えるだけみたいですが……。』


そっかぁ……。

あとで拝んでおこう。

なにか祈ることあったかな?

……特にないな。

人間の国に戻ったときに、金づるが繁栄していますようにとでも祈っておくか。


『あの亀に祈らなくても、目の前に本物の神がいますよ?私の方がご利益がありそうだとは思いませんか?』


……だって、なんか胡散臭いし……。


気が付くと元の場所に戻っていた。

神様、怒っちゃったかな?

神罰とかあったら怖いわぁ……。

実際、あの神様って制約が色々と多そうなんだよなぁ……。

神様の力を当てにして頼んでも、制約が色々とあり過ぎて全然助けてくれない感じ。

私が欲しいのはほんの少しの幸運でいいんだよ。

そのくらいなら亀に祈っても一緒でしょ。


『そういうことですか。』


気が付くとまた神域にいた。

また呼び出されたみたいだ。

そんなポンポン呼んじゃって大丈夫なの?


『問題ありません。確かにあなたの考える通り、私には非常にたくさんの制約があり、好き勝手にこの世界に手を出すことは出来ません。ですが、迷える子羊を正しき道へと導くのも、我々神の役目でしょう。』


……宗教はちょっと……。

それで、本音は?


『神って、なんだかんだ結構忙しいので、私にもそろそろ後輩が欲しいな~って……。』


私帰る!


という訳で、今度こそ戻って来た。

何と言えばいいのか、私もだいぶこの世界に慣れてきたのか、神に対しても抵抗力が付いたようで……。

神域に入るのは無理だが、戻るくらいなら今後は意識的に出来そうだ。

……徐々に慣れている自分に不安になるわ。

もうちょっとこう……突然の事態にパニックになったりした方がいい気がする。

今の私なら、だいたいのことに対して『へ~。』で済ませてしまう自信があるよ。


そういえば、生き物には『魔力に対する抵抗力がある』って話だったけど、私も魔力を持ってるし魔法が使えるけど、これは適応とは違うのかな?

それともこの世界に満ち溢れているとかいう神様の魔力と、私とかエルフさん達の持つ魔力は別物?

……ステータスは後から作られたモノらしいし、私には理解できない理屈があるんだろうね。

人がモンスター化する可能性とかも聞いておけばよかったな。


亀に齧られながらそんなことを考えていると、ハイエルフっぽい存在感の子供が近づいてきた。

いつの間に連絡したんだろうね?

見た目は完全に子供なのだが、昨日の夜にご飯をごちそうしたハイエルフの方と身にまとう存在感が似ている。

若返ったのか、子供から成長しなかったのか……。

もしかしたら怪しい組織に謎の薬を飲まされて、気が付くと子供の体に戻ったのかもしれない。

その方が夢があるよね。

物語の性質上、毎回のように誰かしら死んでるけど……。


そんな子供エルフさんに、隊長さんが非常に丁寧な言葉づかいで話しかけている。

あんなに丁寧に話す隊長さんは初めて見るな~。

私は喋らない様にしよう。

絶対にぼろが出るわ。


ほら、亀さん、いい加減足を齧るのはやめて。

痛くはないけど気になるから。


隊長さん、目力さん、エルフちゃんと順番にハイエルフらしき子供に挨拶していき、私はしれっと隊長さんの後ろに隠れ、何も言われなかった。

完璧すぎるわ。

ニンジャに就職できそうだぜ。


「……なんで隠れるの?」


……全然完璧じゃなかった。

私にニンジャは無理だな。

そもそも、どんな職種なのか知らないし。

なんて言い訳しようかな?


「念話も通じないし……。今この国で話題の人間よね?あなた、相当強いの?」


可愛い幼女が話しかけてくる。

どこからともなく警察が来そうで怖いわぁ~。

そもそも、子供が苦手なんだよなぁ……。

中身は私より相当年上だとしても、やっぱ外面が大事だよ。


「私のことは気にしないでください。そういえばこの亀、神獣的な存在らしいのですけど、なにか言ってますか?なぜかついてきたがって、ここまで連れてきたんですけど……。」


「……『なんか知らない女の気配がする。』って言ってる。……浮気なの?」


……おっけ~。

この亀、海に捨ててくるわ。


隊長さん、エルフちゃん、目力さんに凄い疑わしい目で見られたよ。

『女の気配』って、神域から戻ってきたら足を噛み始めたことと関係あるのかな?


とりあえず、浮気を疑われた夫を演じながら、適当に言い訳を並べるのだった。

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