第42話 熊と暑い夏の思い出。

ダンジョンへとやって来た!

以前物資の輸送依頼で訪れたダンジョンだ。

正面から堂々と入ろうとする。


「ちょっと!キミはこの前来た人だね。前にも言ったと思うけど、ダンジョンに入るにはラン……」


ボディーブローで黙らせた。

お腹を押さえてうずくまり、立ち上がれないようだ。


(よし!今のうちに入ろう!)


ゲームのスニーキングミッションだと見つかっても敵全体に知られるまでは見つかっていない判定だった。

つまりこいつが仲間に知らせる前に倒したからまだ見つかっていない。

完璧だ!

この調子でドンドン行こう。


こうして何事もなくダンジョンへと入ることができた。

ダンジョン内を爆走する。

流石に冒険者が出入りしているためかモンスターが見当たらないのだ。

経験値を求めてひたすら疾走し、すぐに下へと続く階段を見つけて降りていき、また走る。

それが地下5階まで続いた。

正確には地下4階では何度か冒険者と戦っているモンスターも見たのだが、流石に横取りはよくないだろうと思い、あえてスルーしたのだ。

断じて戦っていたのが経験値が1%も増えないウサギだったからではないことをここに表明しておく。

地下5階に降り、流石に走りっぱなしで少し疲れたので、のんびりと散歩気分で歩いているところに現れたのは熊だった。


「魔物化した熊か……。始めて戦うなぁ。やっぱ少し怖いなぁ。」


正直負ける気はしないのだが、人間としての本能のせいか少し恐怖を感じる。

……というかデカいモンスターが相手なんだから怖いのが普通だよね?

だってこの熊、立ち上がると5メートルは超えてるだろうし。


「とりあえず初めての相手だし慎重に動くか。」


棒を構え、熊の動きを待つ。

熊はゆっくりとこちらに近づこうと動き出したので、突きで先制攻撃を仕掛ける。

目を狙ったつもりだがおでこに当たった……。

人には偉そうなこと言って教えたけど、やっぱり武器の扱いは私も下手なんだよなぁ。

まぁ、当てただけマシな気もするけど。

せっかくなので素振りで練習した連撃につなげてみる。

まずは棒の突いた先とは反対側で下からすくい上げる様にアッパー!

アッパーから横薙ぎ!

横薙ぎからの蹴り上げ!

うん、体の動きはいいね。

でも質量の問題か棒での打撃は効きが悪い感じだ。

蹴りで上体が起きてくれたし、物理魔法で手刀ナイフを作り、首を刺した。

熊が消えて魔石だけが落ちた。


「問題なく勝てたな。熊相手には棒での攻撃は効きが悪かったな。やっぱ時代は刃物なのか?冒険者もほとんどが剣を持ってたし……。」


物理魔法があるし、荷物を多く持ちたくないから剣は買う気がなかったが、やはり剣の方が獣相手には楽なのだろうか?


「まぁ、いいか。倒せてるんだし気にしないことにしよう。」


その後も周囲の警戒など一切しないまま歩いた。

当然熊も出てくるので倒す。

出来れば気づかれないよう近づいて一撃で首を落としたいのだが……。


「そういえば魔力に反応して魔物は襲ってくるんだったよな?魔力を出来る限り完全に消してしまえば気づかれないんじゃないの?」


という訳で実験をする。

実験は成功であり、失敗だった。


「近づくことは出来る。ただ、物理魔法を使うために手刀ナイフを作った時点でどうしても魔力が出るから、首に差す前に気づかれる。あと、いくら魔力を隠したとしても、棒で殴ったら気づかれる。」


殴ったら気づかれるのは当たり前だが、棒しか攻撃手段がないのは熊との相性が悪い。

でも魔力さえ隠せばモンスターに襲われることなく進めるというのはいい発見だった。


「魔法を使わずに、素手で熊を殴り殺せるようになるか……。やはり次のレベルアップは筋力だな。」


熊の魔石は1つで15%の経験値を入手できた。

既に最初の1匹以外に実験で3匹倒したので経験値は60%まで上がっていた。

あと3匹の熊を倒せばレベルアップできるだろう。


「この階には冒険者はいないっぽいし、ここでレベルを上げたら次の階に進もうかな。」


そんなことを考えながら通路で迷子になっていると、行き止まりのところに変な箱が置いてあった。


「これってあれかな?宝箱かトラップだな。まだ5階だし宝箱に化けたモンスターはないやろぉ。」


とりあえず棒で突いてみる。

反応はない。

もう少し強く、箱を揺らすつもりで突いてみる。

すると箱が宙に溶けるように消え、消えたそこには一本のナイフが落ちていた。


「……今のはどっちだったんだ?モンスターが武器を落とすとは聞いてないけど、宝箱だったのかな?この世界の宝箱は開けると消えるのかな?」


実はダンジョンで生み出される宝箱は物理魔法の様な魔力で出来ているため、何らかの理由で解除されると消えるのだった。

資料室に置いてあるダンジョンに関する資料に書いてあることなのだが、読んでいなかった。


とりあえず宝箱に疑問を持ちながらも、落ちたナイフを拾ってみる。

刃渡りが30センチを少し超える大きなナイフだ。

ちゃんと鞘にしまわれた状態でドロップしたので、刃をむき出しで持ち運ぶ心配もない。


「にしても、ホントにゲームみたいだよなぁ。」


ステータスが現れた時点で現実ではなくゲームの感覚だったが、宝箱がありナイフがドロップした時点で、その感覚は大きくなった。


「現実感がないと命を粗末にしちゃいそうなんだよなぁ……。まぁ、出来るだけ人間は殺さないようにすれば大丈夫かな?」


自分の命が一番大事。

自分の感情が2番目に大事。

他人の命なんてものは出来るだけ大切に扱っている風に見せかければいいのだ。

ゾンビもので『一緒に逃げようね!』と言ってた人間が、友人がゾンビにつかまった際に『テメェなんか知らねぇよバーカ!私が逃げるために食われてろ!』というシーンがあったが、非常に共感が持てた。

……ゾンビもそんなことを言える友達もいなかったけど。

まぁ、現実感がなくなってきてゲームのように軽い気持ちで他人を殺したとしても、ここはそんな世界なのだから気に病む必要はないのだ。


そんなことを思いながら、熊を探して彷徨い続けた。


「確かずっと右手を壁についたまま進むと入り口かゴールにたどり着けるんじゃなかったかな?」


うろ覚えな知識をもとに歩いていると、久しぶりに熊を発見できた。


「今回は今までとは違うぜぇ。なんてったってこっちには、こ~んなにデカいナイフがあるんだからなぁ。ふっへっへっへ。そ~っと近づいて、一突きであの世に送ってやるぜ。」


完全に悪役の様な台詞を吐きながら、魔力を極限まで放出しないようにコントロールし、熊へと近づく。

そして、熊に気づかれることなくナイフが届く距離まで近づくことができた。

あとは即死を取りやすい急所を狙って刺すだけ。

まだ気づいていない熊の喉を、一気にナイフで刈り取った。


「……完璧じゃないか?これならレベルもすぐに上がるだろ。」


その後地下6階への階段を見つけたが、5階に残ったまま熊を探して歩き回り、無事Lv.19へと上がった。


「さて、地下6階へと行く前にステータスを振るか。SPは19だし、10は筋力だな。」


これで残りSPは9。

すべて運に振った。

ダンジョンだからね。

仕方ないね。


____________


Lv.19(0%)

・HP(体力):28/30

・MP(魔力):25/30

・STR(筋力):50

・MAG(超感覚):30

・SEN(器用さ):40

・COG(認識力):20

・INT(知力):20

・LUC(運):49

SP.0


スキル

・ステータス割り振り

・物理魔法(21/100)

____________


「これでよしっ!次でLv.20だし張り切ってレベル上げを頑張ろう!」


ステータスを振り終わったので地下6階へと降りた。

また熊がいた。

油断していたわけではないが、階段の先の扉を開くといきなり目の前にいたので思わず蹴ってしまった。

邪魔だったのだ。


「……この熊さっきよりデカくないか?進化した?」


蹴った後に気づくピンチの予感。

反射的に蹴ってしまったことを後悔したが、やるしかない状況となってしまった。

熊は非常にデカい。

どれくらいデカいかというと、人間を噛まずに丸呑みできそうなほど口がデカい。

たぶん喉がネズミを丸呑みした蛇みたいになるから人間の丸呑みはやらないだろうが。

でもムシャムシャされたら無事で済む気がしないので、噛まれないよう、捕まらないよう注意することにする。

熊って意外に器用だから掴みもある気がするんだよね。

昔格ゲーで熊を使ってたから間違いない。

投げ技でハグするのが可愛いんだぁ……今は恐ろしいけど。


「さて、どうするかな?」


逃げるのは簡単だ。

すぐ後ろに5階へと上るための階段がある。

通路は広いが、この熊が通るには狭すぎるだろう。

だけど、逃げる気はまだない。

感覚的にだが、この熊と今の自分は同じくらいの強さに感じるのだ。


「つまりチャンスがあれば勝てる。」


今はとにかく集中だ。

熊はゆっくりと近づき右前足を振るように攻撃してきた。

手の先にはいかにも危険ですって感じの爪が見える。

外側に躱すか内側に躱すか、それとも棒で受けるか後ろに下がるか。

今はとても集中できているのか、一瞬の出来事なのに思考出来るだけの余裕がある。

振るわれた攻撃をギリギリの距離で後ろに下がって避け、腕が顔の前を通過した瞬間前に出る。

熊は腕を振った勢いで少し左を向きこっちを見ていない。

棒を捨て、ナイフを逆手で抜き、熊の首へと上から振り下ろし、捻った。

今までで一番の技のキレだった。

ナイフは首の関節と関節の隙間を綺麗に通るように刺さり、最後に捻ったことでその傷口を大きく開いた。

熊は即死判定だったようで、今までのモンスターと同じ様に空中に溶けるように消え魔石だけが落ちた。


「……疲れたぁ~。」


まだナイフを刺したときの手ごたえが手に残っている。

刃に骨が当たるような、やわらかい骨を突き刺すような、そんな手応え。

一滴も血のついていないナイフをベルトに付けた鞘に戻し、ナイフを抜くときに捨てた棒を拾う。

先ほどレベルアップしたばかりなので、魔石は遠慮なく砕いた。


「経験値50%か、やっぱ強いな。でも、もう1匹倒せばレベルアップできるのか。」


さすがに精神的に疲れた今の状態で探しに行く気にはなれない。

少しその場で休憩することにした。


「それにしてもさっきの戦いは良かったよな。なんというか、『ゾーン』に入ったような感じ。なんか懐かしいなぁ……。」


昔からスポーツをしていたので、たまに『時間が遅くなったのではないか』と思うほどの集中ができた瞬間は何度も経験してきた。

それが意図的に出せるならプロのスポーツ選手も夢に見ただろう。

一番思い出に残るのは軟式野球をやっていた時のことだ。

ライトを守っていたとき、ライト線上に打球が飛んできてダイビングキャッチしたときのことをよく覚えている。

打球を見た瞬間の(ふざけんな!)という自身の強い感情。

ファーストとセカンドが手を伸ばしジャンプするが明らかに届かないような高さの打球。

外へ逃げていくように曲がるボール。

そしてボールへと飛び込んだ後、一塁にいた塁審がその試合で初めて大きなリアクションでアウトをジェスチャーするところも。

ゾーンに入っていた時に見たこと、感じたことは全て思い出せる。

クッソ暑い中ダイビングキャッチした結果両足が攣ってしまい、その瞬間完全に集中が切れてしまったのは笑える思い出だが……。


ゾーンに入っている時間は特別な時間、なかなか忘れることができない。

何度も何度も、首にナイフを突き刺した時のことを思い出して満足感に浸るのだった。

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