第39話 幽霊船よりお肉が大事。
大きなお肉の包みを持って宿へと戻る。
「お帰りなさいませ。」
「どうも。これ、ラビットのお肉なんですけど、お土産です。」
渡そうかと思ったのだが、流石に重いだろう。
とりあえずお土産であることだけ伝えた。
「お土産ですか?ありがとうございます。少々お待ちください。」
お若くて親切な受付さんは食事場の方へ行き、料理長っぽいおっさんを連れて戻って来た。
「おう。ラビットの肉だってな……、デカくないか?」
とりあえず、落とさないように気をつけながら手渡す。
普段出てきていたウサギ肉は小さいのだろうか?
もしかして魔物化していない兎のお肉だったのかな?
「ダンジョンの帰りに獲れた天然物のお土産です。今日か明日の食事にでも使ってください。」
天然物ってなんか人気だよね。
どちらかというと養殖の方が私は好みだけど。
「いいのか?これ、魔物化したラビットの肉だろ?家の宿代の10倍の値段が付くぞ。」
(ここの宿代って結構安いよな?高そうな反応してるけど高かったのかな?一週間で銀貨十枚と銅貨5枚だったよな?今日の輸送で銀貨20枚の稼ぎだったんだけど……。そういえば売却したお金の方は見てないや。)
「気にしないでください。街の外に行けば結構獲れそうなので。その代わり食事には期待しますよ?」
「そうか?……いや、流石に悪いな。いつまで宿にいるんだ?宿代から引いておくぞ。」
……今何日目だっけ?
「では、追加で1週間お願いします。宿泊費が足りない場合は言ってください。」
宿代の十倍のお肉らしいし、確か割引なしの宿代が銀貨2枚じゃなかったかな?
兎の肉1匹分で銀貨20枚の価値なのか。
まぁ、美味しいから高いのは理解できる。
「分かった。セレナ、台帳に1週間追加しといてくれ。それじゃありがたく持って行くぞ。この時間なら夕食に使えるから、今夜は期待してもいいぞ。」
非常に期待値を高めることを言いながら、大きなお肉の包みを持って行ってしまった。
「本当によかったんですか?」
若く親切な受付ちゃんが聞いてくるが、本当に全く問題ない。
「さっきも言ったけど、森の中に行けば結構獲れそうなんで、ホントに気にしなくていいです。」
「そうなんですか、凄いですね。魔物化したラビットのお肉は普通のラビットと比べてかなり美味しいですけど、やっぱり買うとなると高いんですよね。獲りに行くのもなかなか採算が取れないみたいで人気が無いですし……。」
「そうなんですね。モンスターは採算じゃなくて食欲と経験値を基準に倒すべきなのに……。」
ウサギと蛇はアッサリ系で美味しい。
イノシシはどちらかというとコッテリ系だけど、部位ごとに様々な味わいがあって、やっぱり美味しい。
そういえば魚食ってねぇな。
ここって港町じゃなかったっけ?
街の北側って銭湯より先は行ったことないんだよな。
海だし船とかあるかな?
時間もあるし、散歩がてら見に行って、銭湯に入ってから帰ってくるか。
「夕食までまだ時間がありますし、荷物を置いたら少し街を散歩しに行ってきます。」
「分かりました。いってらっしゃいませ。」
荷物を置き、街の北側までやって来た。
目の前に広がる広い海に感動し過ぎて、ボロボロの今にも沈みそうな船なんて気にならない。
うん、嘘だね。
何あれ?
岸壁に一隻だけ接岸してないけど、幽霊船と言われても信じそうな船が一隻あるんだけど。
どっかから流れてきたのかな?
だって船乗りっぽい人たちもあの船のことは知らないらしく、私と一緒になって船を眺めてるんだもん。
幽霊船っぽい船はマストは折れてるし、ここからでも見えるような穴が船体に開いてるし、というかなんか締め付けられるような壊れ方してない?
あれかな?
巨大なイカでも出たかな?
それでマストが折れて遭難して、偶然海流に乗ってここまで来ちゃったのかな?
そんなことを考えていると、この港の船乗りだろうか?数人がボートに乗って幽霊船に近づいていった。
船に近づいたのを見ていると縄梯子を投げて上に登るようだ。
すぐに梯子もかかったようで、2人程登って行ってしまった。
あ、すぐに戻って来た。
あれは……ゾンビかな?
定番だよね。
臭そうだから近づきたくないけど。
なんとか逃げ切れたようで、急いでボートで戻って来た。
これってゾンビの攻撃を受けた人がゾンビになってを繰り返す、バイオハザードの始まりかな?
急いでハンドガンとショットガンを探さなきゃ。
ナイフ縛りとか出来ないからね。
何度も言うけど、臭そうだから近づきたくないし。
お、ボートが戻って来たみたいだ。
ゾンビ化するのか確かめるために近づいてみよう。
他にも何人か近づいたようだ。
やっぱり人がゾンビになるって不思議だし見てみたいよね。
ボートの近くには兵士がいて、乗っていたおっさんから話を聞いているようだ。
時々『グール』や『スケルトン』といった言葉が聞えてくる。
ゾンビとグールの違いって何だろう?
感染するかしないかとか?
まぁどうでもいいか、流石に食べたいとは思わないし。
経験値的にはどうなのかな?
というか魔石あるのかな?
今度覚えてたら調べてみよう。
……ところで、魚はどこに行けば見れるんだろう?
近くにいた人に聞いてみたところ、魚は朝でないと売っていないらしい。
というか、ここは漁のための港ではなく、貿易のための港なので漁をする漁船自体が少ないそうだ。
港町なのに残念だ。
歩き回った結果、塩を作っていることくらいしか興味を引くものがなかった。
銭湯も塩作りも鍛冶で使う熱を利用しているらしい。
らしいというのはその話を聞いた人も詳しいことは知らなかったからであって、私の責任ではない。
まぁ、おかげでこの街はこの国で一番塩を多く作っている街らしく、塩が豊富なので『国で一番食事の美味しい街』として有名なんだそうだ。
恰幅の良いおっさんが教えてくれた。
他に興味を引く物もないので、のんびりと銭湯に入ってから宿屋へと戻った。
宿屋に戻る、銭湯で洗った服を置いてから食事場へと向かう。
食事場が見える前から既に良い匂いが漂っており、これは本当に期待しても良さそうだ。
席に着くと、ちょうどいいタイミングで遠くから微かに鐘の音が聞えてきた。
すぐに料理が出てくる。
今夜は『ラビット肉のトマトグラタン』だ。
上にはチーズもたくさんかかっている。
さっそく一口、肉をスプーンで掬い取り、めちゃくちゃ熱そうなのでよく冷ましてから口の中にいれる。
……素晴らしい。
チーズ・トマトソース・お肉、全てが最高と言える味わいだった。
そういえばウサギは血抜きをしていなかったのでほんの少し臭みはあるが、全然問題はない。
むしろ、ウサギ肉の臭みさえも活かした素晴らしい一皿だった。
もちろんすぐに完食した。
(また、ウサギを獲ってこよう。最低でも週一はウサギを獲ろう。)
固く心に誓った。
それにしても、今日はお客さんが多いな。
ここには宿泊客以外も来るらしいが、料金は入り口の受付で支払うので誰が宿泊客なのか見分けがつかない。
見分けがつかないが……気づいたら席がすべて埋まっているのだ、相当外からお客さんが入っているのだろう。
こんだけ人が入っているのに誰も喋らないから席が埋まっていることに気づかなかった。
あれだね。
今日の『ラビット肉のトマトグラタン』は魔性の味だね。
長居するのも悪いので、水を飲み干してさっさと部屋に戻ることにした。
翌日、今日も気は乗らないけど仕事をしようと思いギルドへとやって来た。
もちろん、のんびりと朝食を食べてからだ。
それにしても、なんだか少し様子が違うようだ。
いつもこの時間は人がほとんどいないのに、今日は冒険者っぽい人も、ギルド職員っぽい人も結構いる。
何かあったんだろうか?
……あぁ、幽霊船ね。
私はいいや、別の仕事を探そう。
……どうせ下の下だから関係なさそうだし。
依頼を探していると、面白そうな依頼があった。
『ビッグベアーの討伐。金貨50枚。条件:上の中ランク』
もちろん受けられない。
だけど、向こうから襲ってきたらしょうがないよね?
さて、依頼は受けない態を装って、熊の居場所を聞いてみるか。
「すみません。」
「はい。ご用件はなんでしょうか?」
「依頼のところにビッグベアーの依頼があったのですが、この街の近くで出たんですか?」
「いえ、あの依頼は他の街で出された依頼ですね。上級以上の依頼を受けられる冒険者は数が少ないので、近い街全てに連絡を取って依頼を出すんですよ。」
そうなのか……。
「……ちなみにビッグベアーが出た街ってどこです?ここから近いんですか?」
「申し訳ございません。規則で依頼を受ける冒険者以外にどこの街で出現したのかを教えることは出来ないんです。」
……そっかぁ。
熊は諦めて、他のを探すかな。
他の街に行くとなると、日帰りできるかも分からないし。
諦めて依頼を探しに行く。
『ビッグラビットを2匹納品。銀貨40枚。条件:下の上。追記:2匹以上の納品も可』
……これにしようかな?
台車があれば2匹以上の納品も出来そうだし……。
いや、ラビットじゃなくてビッグラビットの納品だ。
もしかしたら見たことのないラビットかもしれない。
先に一応確認しておこう。
もう一度受付に行く。
「すみません。ビッグラビットと言うのは魔物化したラビットのことですか?」
「そうですよ。どちらのこともラビットと言っている方が多いですが、依頼でどちらのラビットなのかを分かりやすくするために、魔物化したラビットのことはビッグラビットと言っています。」
そうなのか。
知らなかった。
ついでにもう一つ質問してみる。
「ちょっと聞きたいんですけど、このギルドって台車の貸し出しとかやっていますか?」
「台車ですか?依頼で使うのであれば無料ですが、そうでない場合は銀貨10枚となっております。銀貨十枚の内、銀貨8枚は返却時に何も問題がなければ返却されます。」
良心的な気がする。
壊さないよう丁寧に扱えば1日銀貨2枚で借りれるってことだよね?
ランクのせいで依頼を受けられないので、台車を借りることを伝え、銀貨10枚を渡す。
今確認したけど、昨日のウサギの販売代金は銀貨28枚だったようだ。
「では、この木札を持って建物の裏手にあるギルド倉庫へとお進みください。ギルド倉庫にいる職員に台車を借りに来たことを伝えこの木札を渡していただけると、職員が台車を持ってきますので。」
「分かりました。」
言われた通りに移動し、木札を渡し、台車を借りることができた。
途中で雑貨屋に行って丈夫なロープを購入し、街から出て昨日ウサギに襲われた地点を目指して森の中へと移動した。
借り物の台車もあるので、ゆっくりと1時間かけて移動した。
ちょうど良さそうなスペースがあったのでそこに台車を置き、少し離れたところで魔力を少し放出してみる。
来るかな?
来たら楽なんだけどな。
「あ、来た。」
(これは狩りが捗りそうだ。)
「だけど今回はただ倒すだけじゃない。美味しく頂くためにも、動きを封じてしっかりと血抜きがしたい。……確か、生きた状態で心臓か動脈に穴を開けるんだよね?」
皮を切り開いて内臓を取り出すのはプロに任せた方がいいだろうが、血抜きだけは自分でしっかりとやらなければならない。
とりあえず突進してきたウサギを躱し、すぐに捕まえる。
相変わらず掴みやすいうさ耳だ。
とりあえず指先に魔力を集中して、細く長いナイフのようなものを作っておく。
動脈の位置は流石に知らないので、心臓を狙って一突き刺した。
……うん、ちゃんと心臓に傷をつけたようで、血がドンドンあふれ出てきている。
すぐに弱って来たので、後ろ脚にロープを結んで逆さまにして吊るしておく。
「……結構狩りも様になって来たんじゃないかな?」
この世界に来たばかりの頃が懐かしく感じる。
あの時はウサギの首にヘッドロックをかけて首の骨を外したんだよな~。
血抜きも下手だったし、……肉は美味しかったけど。
魔物化したらお肉が美味しくなるのかな?
吊るしたウサギを見ながらそんなことを考えていた。
その後も魔力を放出し、寄って来たウサギを倒して血抜きして気に吊るす作業を8回繰り返した。
お昼ご飯のことを完全に忘れていたので、ムシャクシャしてやった。
最初に捕まえたウサギどころか3匹目のウサギまで血抜き終わっていたので、台車に乗せてみた。
3匹乗せてみた感じからして、全て問題なく乗せて帰れるだろう。
結構ギリギリだし、間違いなく重いと思うが。
久しぶりに筋力に頑張ってもらおう。
そんなことを考えていると、どこからか何かがぶつかる音が聞えてきた。
音の感じからして少し距離があると思うが、残りの血抜きが終わるまで暇だったので見に行くことにした。
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