第38話 初仕事はダンジョンへ

朝起きると雨が降っていた。


「そう言えば雨が降ったときってこっちの人はどうするのかな?傘を差すとは思えないし……。」


という訳で受付の若く親切な女性に聞いてみる。


「雨の日ですか?基本的に外に出ませんが、雨の中外に出ていく冒険者のほとんどの方は防水加工されたフード付きのコートを着ていますね。」


なるほど。

どこかおすすめの買えるお店はあるかな?


「それでしたら、エマノンさんのお店がおすすめです。革製品を主に取り扱っていて、品質もとても高く、お値段も品質の割には安いと思います。エマノンさんのお店で買ったレインコートは雨が染み込みにくいことで有名なんですよ。地図をお書きしましょうか?」


今日も素晴らしい接客だ。

さっそく行ってみることにする。


(そういえば袋は買ったけど、普通の袋で防水じゃないよな?革で作られた鞄がないかついでに探してみよう。)


買いたいものは考えれば意外と多くある。

お金が無くなる前に稼ぎに行かないといけない。

そんなことを思いつつ歩いていると着いたようだ。


「いらっしゃい!フード付きのコートをお探しかい?いくつか種類はあるが他のとこと比べると少し高いよ?」


「宿屋の受付さんにここをお勧めしてもらったんですよ。『雨が染み込みにくいことで有名だ』ってことで。あとついでに大きめの鞄もありますか?」


「それは嬉しいね。宿屋は『白鷹の止まり木』かい?あそこの娘さんのセレナはたまに買いに来るんだよ。」


褒められて嬉しそうだ。

宿の名前とか知らなかったけど、知り合いっぽいし合っているのだろう。


「大きめの鞄は一応あるけど冒険者かい?それならこっちの背負うタイプがおすすめだよ。荷物をいちいち出すのが面倒という欠点はあるけど、やっぱり常に両手を開けられるというのは冒険者にとって大きな利点みたいだね。ついでに腰に巻くポーチも買って、すぐ取り出したいお金やギルドカード、毒消しはポーチに入れて、緊急性の低い荷物はリュックに入れる冒険者が多い感じかな?」


リュックか、確かに両手が開くって大事だよね。

ポーチは……買ってもいいかな?

普段使いにちょうど良さそうだし。

色は黒と茶色があったのでポーチは黒、リュックは茶色にする。


「そういえばコートだったね。コートはこっちに完成品があるけど、一応オーダーメイドもやってるよ。」


オーダーメイドでも問題ないと思うが、雨の日しか使わないからなぁ……。

深緑のフード付きコートがあったのでなんとなくそれにした。

合計で金貨13枚だった。

革製品は高いのかな?

街で暮らすなら、そろそろお金の稼ぎ方を調べた方がいいだろう。


「……雨降ってるし明日から頑張ろう」


働きたくない。

面倒なことは後回しにする、ニートらしい選択だろう。

今の名前は『ニート』だし……。

買ったばかりのコートを羽織り、真新しいリュックを背負って宿へと帰った。




翌日、残念なことに天気は良く、朝食をゆっくりと味わってからギルドに仕事を探しにやって来た。

ゆっくりやって来たので人はまばらだった。

文字の変換表を見ながら依頼書と睨めっこする。


「え~っと、『荷物の配送、一つ届けるごとに銅貨5枚。』、めんどくさいな。『城壁の拡張工事の……』これはガンツさんのやつだな。『燻製肉を作るための木材調達。』、これは止めておこう。『ダンジョンへの物資輸送』、これがいいかな?」


初めての仕事を決めた。


「で、これってどうやって受けるの?」


初めてなので依頼の受け方が分からなかった。

とりあえず誰も並んでいないようなので受付に行く。


「『ダンジョンへの物資輸送』っていう仕事を受けたいんだけど、どうすればいい?」


「ギルドカードの提示をお願いいたします。」


ギルドカードを渡す。


「初めての依頼なんですね。この輸送依頼は荷物を街の外にあるダンジョンへと運ぶ依頼なのですが、大丈夫ですか?街の外ではモンスターに襲われることもありますし、大きな台車に乗った荷物を運ぶのは大変です。他に一緒に依頼を受ける仲間はいらっしゃいますか?」


一人で受けるのはマズいのだろうか?


「台車と荷物を見てみないと断言はできませんが、一人で受けるつもりです。問題ありますか?」


「この依頼は失敗にペナルティはありませんが、物資を途中で紛失してしまった場合はその分のお金を徴収されます。お金を持っていない場合は借金か、金額分の無料奉仕が必要となります。そのことに同意していただけるなら依頼を受けることは自由です。」


なるほど、モンスターと遭遇したからといって荷物を捨てて逃げたら、借金が待ってるってことね。


「では、先に輸送する台車と輸送する荷物を確認したいのですが、どこに置いていますか?」


「……案内いたします。」


受付さんはもう一人いた受付さんに一言伝えた後カウンタから出てきた。


「こちらでございます。」


案内された先には少し大きめの台車と台車からはみ出ない程度の荷物が積んであった。


「これだけですか?」


「えっ?」


思っていた量の半分もなかった。

台車は森からこの街までに来るときに使ってた台車より少し大きい程度なのに、中の荷物は最低限しか積んでいないのだ。

まぁ、水・肉・薪として使う木材・いろいろと使う大量の石と、詰め込み過ぎていた可能性もあるが……。

この程度なら問題は……そういえばベアリングとかは……、ないな。

これだと荷物を載せ過ぎたら車輪が回らなくなりそうだ。


「とりあえずこの量なら問題ないので依頼を受けようと思います。出来ればダンジョンのある位置とルートを紙に書いて教えて下さい。それと積み荷の目録をお願いします、紛失していると文句を言われた場合に目録と照らし合わせればいろいろと楽なので。」


「……はい。分かりました。少々お待ちください。」


受付さんはどこかに行ってしまった。


(……初仕事かぁ、緊張するなぁ。)


学生の頃、何度かバイトをしたことはあるが、どの仕事も止めるまで毎日緊張していた。

人間関係で問題があったわけではなく、『仕事』に対して緊張してしまうのだ。

仕事の要領もよく、覚えも比較的早かったと自分では思っているが、緊張感だけは最後まで無くならなかった。

つまり働くということ自体が向いていないのだろう。

ニート万歳。

そんなことを考えていると、受付さんが戻って来たようだ。


「お待たせ致しました。こちらが街の東側からダンジョンに行くまでのルートが描かれた地図でございます。そしてこちらが台車に乗せられた積み荷の目録になります。積み荷の目録はダンジョンにいるギルド職員の方に、積み荷を引き渡すときに一緒に提出してください。」


「分かりました。ありがとうございます。」


とりあえず受け取ってから地図を確認する。

……うん。

凄く大雑把。

衛星写真も航空写真もないからね、仕方ないね。


「そういえば時間の指定はありますか?この後出発するとしてどのくらいまでにダンジョンに到着すればいいんでしょう?」


「ここからダンジョンまでは歩いて3時間程と聞いています。遅くとも夕方までには届けていただけると助かります。」


3時間か……。

遠いような近いような微妙な距離だ。

日帰り出来そうだから問題は何もないな。


「では今から出発しようと思います。」


「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」


受付さんに見送られ、街の東側の門へ向かう。


(エルフの森からずっと東側に移動して、この街の西門から入ったから、こっち側に行くのは初めてか。緊張するなぁ……。)


緊張しながらも門を通る。


「ちょっと待て。一人で台車を引いて外に出るのか?仲間は?」


門番さんに声をかけられた。

めんどくさい。


「一人ですが問題ないと判断しましたので輸送の依頼を受けて、これからダンジョンへと向かいます。何も問題はありません。」


「依頼ということは冒険者か……。ダンジョンへ向かう道中はあまりモンスターも出ないが、全く出ないわけじゃない。気を付けて進めよ。」


「ありがとうございます。」


この街は親切な人が多いなぁ。

なんでエルフと関係断絶しちゃったのかな?

上の人間が腐りきってたとか?

街を見た感じそんな印象は受けないんだよなぁ……。

今のとこ偉そうな人間はギルド長くらいしか知らないんだよなぁ。

あ、そういえば魔力をコントロールしていないとモンスターに襲われやすくなるんだよね?

ちょっと試してみるべきか……。

いや、初めての仕事でくだらないミスをしたくない。

行きは魔力を出来る限り抑えて歩いていこう。

台車を引いて、のんびりとダンジョンへ向かって道なりに歩く。

周囲を見渡してもモンスターの気配は一切なく、非常に穏やかな雰囲気で移動していた。

そして何事もなくダンジョンへと到着した。

大きなテントが立ち並んでいたので近くまでくれば分かりやすかったのだ。

ちなみに2時間程で着いた。

歩くの速いのかな?


「すみませ~ん。ギルドからの物資輸送依頼を受けて来たんですけど、ギルド職員の方はいますか~?」


とりあえずテントが立ち並ぶ所には入らず、その手前で声をかけてみる。

するとテントからお兄さんっぽい年齢の人が出てきた。


「……一人で来たのかい?他の仲間は?ここに来るまでにモンスターに遭遇しなかった?」


初対面なのに随分とこちらを気遣うような発言だ。

心配性なのかな?


「何も問題はありませんでした。こちらが荷物の目録になります。確認してください。」


そう言って目録の紙を渡す。

お兄さん職員は荷物の確認を始め、すぐに終わった。


「確かに。すべて揃っているのを確認したので依頼は完了です。お疲れ様でした。街へ戻ったら、ギルドにこの紙を提出してください。台車はここに置いていって構いません。」


「それじゃあ、ちょっとダンジョンに入ってきますね。」


この勢いなら……いける!


「ダンジョンですか?ダンジョンに入るには中級以上のギルドランクが必要となります。ギルドカードの提示をお願いできますか?」


やっぱり駄目だった。

あとでこっそり忍び込もう。


「最近登録したばかりなんでまだ下の下なんですよね。駄目ですか?モンスターなら素手でも倒せますよ?」


一応聞いてみる。


「申し訳ありませんが規則なので……。」


しょうがないね。


「分かりました。もう帰っていいんですよね?」


「はい、問題ありません。下の下だといろいろと大変だと思いますが、また依頼を受けて下さいね。」


……下の下って大変なのか。

そういえばランクの上げ方は聞いてなかったな。

帰りに魔力を放出しながら帰ってみるかな?

うん、そうしよう。


通って来たばかりの道を今度は台車もないのでダッシュで戻る。

新しくなった靴のおかげが地面を強く蹴ることができ、なかなかの速度が出た。

街まで真っすぐと戻る。

道に沿うことなく、森の中だろうと関係なく直線に真っすぐだ。


「あ、ウサギだキーック!」


魔力を放出しているからか、久しぶりにラビットに襲われた。

以前全く襲われなかったのはなぜなのか、本格的に分からなくなった。

その後もいいペースで魔物に襲われる。

魔物化したウルフも出てきて、(あの時は怖かったな。)と懐かしみながら棒で殴り殺した。

ウサギの魔石は回収していないが、ウルフの魔石は回収して砕いた。

1%も経験値は上がらなかった。

両手に一切解体をしていないデカいウサギを抱えて、40分ほどで街へと戻ることができた。

もちろん門番さんに声をかけられる。


「お前は……ラビットに襲われて戻って来たのか?」


「……?問題なく物資の輸送は終わりましたよ?このラビットは帰りに襲ってきたのでお肉にしようと思って持って帰って来ました。」


凄く困惑しているようだ。


「そ、そうか。見た目に寄らず結構強いんだな。ギルドカードを見せてもらえるか?」


ウサギを置いてギルドカードを渡す。


(そういえばこの街所属のギルド会員だと、街に入るのにお金がかからなくなるんだっけ?)


「問題ないな。……ランクは下の下なのか。登録したばかりなのか?」


「そうですよ。ランクで規制されているせいでダンジョンには入れませんでした。」


「ダンジョンは危険だからな。規制されるのも仕方のないことだ。ラビットを倒せるならすぐにランクも上がるだろうから、今は地道に頑張ると良い。」


「分かりました。ありがとうございます。」


門番さんと会話をしながらギルドカードを返してもらい、街の中に戻った。

両手に抱えたウサギが邪魔だが、とりあえずギルドへと向かって依頼完了の報告に行く。

お昼ごろの時間だからか、人は全然いないようだ。


「えっ?……えっと、お帰りなさいませ。ラビットに襲われて戻って来たのですか?」


行くときの受付さんがいた。

門番さんと全く同じことを言っている。

とりあえず門番さんと同じ説明をして、お兄さん職員から受け取った紙を提出する。


「……はい、確かに依頼は完了されました。こちらが報酬の銀貨20枚となります。」


そういえばダンジョンのことばかり考えていて報酬金額を見ていなかった。


「ありがとうございます。」


「ところでそのラビット2匹は如何なさいますか?ギルド職員が解体を行うことも出来ますが、その場合は有料となります。ラビットの場合、大抵の冒険者さんはお肉をギルドに売ることで解体費用を帳消しにして余った分のお金を受け取っていますが……。」


「じゃあ1匹はそれで、1匹だけ肉は貰えますか?食べたいので。」


「了解いたしました。1匹は全て売却で1匹はお肉以外を売却ということでよろしいですね?それではこの札を持って一時間程お待ちください。」


「分かりました。」


(解体をギルドにお願いできるのはいいね。正直めんどくさかったし……。お肉も1匹分は多かったかな?いや、肉だから問題ない、食える。)


せっかくなので1時間程資料室を覗いて、売却分のお金と、丁寧に包まれた一匹分のお肉を受け取ってから宿屋に戻るのだった。

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