第37話 靴は大事。ギルド長の髪の毛より大事。
今日も朝からギルドの資料室に来た。
資料室の職員さんに文字を一つ一つ発音してもらい、持ってきた紙に書いていく。
なんと言えばいいか、平仮名しか使っていないような文章なので同じ意味の言葉がある場合がめんどくさいことに気が付いた。
まぁ、この辺はそのうち慣れるだろう。
お昼ごろには作業も終わり、靴屋に行くにはまだまだ時間があるので訓練場に行く。
昼食はお腹が空いていないので抜きだ。
昨日も食べなかったが、夕食まで空腹にならなかったので気にしない。
訓練場に行くと壊した的のところに新しい的が設置されていた。
とりあえず的を殴るようなことはせず、素振りを開始する。
感性溢れる独特な素振りを適当にやっていると、どこか見覚えのある男がやってきて話しかけてきた。
「よう。……魔法使いだったよな?その棒で戦うのか?」
「そうですね……。基本素手でも問題ないと思ってますけど、汚れたくない時とか相手を触りたくない時は棒で殴り飛ばした方が楽なのでこれにしました。最初は鉄製のこん棒にしようかと思ってたんですけど、こっちにして正解でしたね。こん棒だとベルトに差して移動できなかったと思いますし。」
「そうか……、そうか。」
「何か用ですか?」
(あ、思い出した。食事のときにチラチラ見ていた男か。)
「いや……。『棒を使うやつがギルド長を模擬戦で軽くあしらうように倒した。』聞いたんだが……お前のことか?」
「たぶんそうじゃないですか?2日前だったかな?登録するときのなにかで戦うことになって倒しました。」
毎日同じような生活をしていると、昨日とか一昨日とかの記憶がごっちゃになるんだよなぁ……。
ホント、知力って全然役に立ってない気がする。
「そうか……、相当強いんだな。」
「そこそこ強くなった自覚はありますね。もっと強い人を知っているので足りない気もしますけど。」
(エルフ隊長にもステータスではだいぶ近づいたと思うんだけど、ステータスが一緒なら技量で負けちゃうよね。)
「そんな奴がいるのか……。いや、俺たちが知らないだけで強いやつはたくさんいるんだろうな。」
「そうですね。ドラゴンくらいは一人で倒せるくらい強くなりたいです。」
エルフ達と分かれた時に見たドラゴン。
あれを倒せるくらいに強くなれたら、後は怖いものなしだろう。
早くダンジョンに行ってレベルを上げたいなぁ……。
男は『ドラゴンは無理だろ……。』と言ってどこかに行ってしまった。
まぁ、どうでもいいが。
独創性あふれる意味不明な素振りも飽きてきたので、昨日の棒を回して連撃する動きを最適化するように素振りをするのだった。
素振りを終え、夕方になったので靴屋に来た。
「いらっしゃい。出来てるぞ。とりあえず履いてみてくれ、調整が必要か確認して欲しい。」
さっそく受け取るが先に靴下を忘れずに購入する。
3足で銀貨3枚だった。
支払いは後でいいとのことで、さっそく靴下を履いてから靴を履いてみる。
いい感じだ。
足首を動かしてみたり、つま先に力を入れてみる。
何も問題はない。
つま先に付けた鉄でできた野球のPカバーみたいなものも問題ない。
これならつま先で蹴っても問題ないだろう。
とりあえず感想を伝える。
「完璧ですね。何も文句がありません。いくらになりましたか?」
「前金に金貨2枚貰ったが、追加で金貨3枚だ。靴下はおまけしてやる。」
なかなかの値段だが細かい注文をつけさせてもらったオーダーメイドなので何も文句がない。
さっと金貨を3枚渡す。
「……相談なんだが、今後も同じものを販売してもいいか?おそらくこの靴は金に余裕のある他の冒険者も欲しがると思う。」
そうだよね。
金貨5枚を躊躇なく支払える冒険者がいたら間違いなく買うよね。
「今後靴のメンテナンスや修理は無料で受け付けてやるが……どうだ?」
それは素晴らしい。
「いいですよ。」
「そうか、ありがとう。」
支払いも終わったので、宿に帰る。
靴が想像以上の出来だったので非常に上機嫌だ。
靴は重くなったが歩く足取りは非常に軽い。
宿に向かっている途中、前方でひったくりが起きたようで先頭を汚い人が走って来たので、上機嫌でヤクザキックする。
悪は……滅びはしなかったが立ち上がれないようだ。
正直興味がないので再び宿に歩き出した。
呼び止められた気がするが無視だ。
やっぱり体を動かすなら昼食は必要だったのか、非常にお腹が空いていたのだ。
宿に戻り、部屋に荷物を置いた後に食事場に行き、『ウサギ肉のハーブ焼き』を堪能する。
その時、周りから気になる話が聞こえてきた。
「聞いたか?開拓村の話?」
「強力なモンスターが出そうだと聞いて調査隊を送ったらすぐに引き返してきたやつか?」
「ああ、なんでも道中で最近出没していた野盗が無残な姿で皆殺しにされていたそうだぞ。」
「モンスターの仕業か?」
「わからん。どんな殺され方なのか聞いたけど『思い出したくない』って言われたぜ。」
「思い出したくない殺され方ってどんな殺され方なんだ?」
「人の死に慣れてる冒険者が言うんだ。相当な死に様だったんだろうよ。まぁ、野盗の最期にはふさわしいのかもしれないがな。」
「そう言えば死んだのは野盗なのか。ならそこまで気にする必要はないな。」
「馬鹿!野盗とは言え皆殺しにするモンスターがいるってことだろ!開拓村じゃなくて、行く途中で死体があったんだ。街の近くまでそのモンスターが来るかもしれないんだよ!」
……そっか~、そんな怖いモンスターが街に来るかもしれないのか~。
怖いなぁ~。
冒険者になったばかりだけど、いざという時は招集されるのかなぁ~?
よし、食べ終わったし今日も早く寝よう。
モンスター扱いされている現実から目を逸らして、少しは文字を覚えようと変換表を眺め、疲れたので眠ることにした。
※明らかに遊んでいる相手にボコられて意気消沈のギルド長視点
開拓村へと送り出した調査隊が2日で戻って来た。
なんでも11名の野盗が皆殺しにされており、野盗は皆首を斬り落とされ、斬り落とされた首が綺麗に並べられていたと言うのだ。
正直訳が分からなかった。
訳が分からなかったが、一人だけ心当たりがあった。
そう、あの最近冒険者として登録した『ニート』という若者だ。
あれは明らかに異常者だ。
受付をしていた者に話を聞いてみたが、挑発を受けるまでは至って真面目な青年だったらしい。
『真面目に質問をし、冒険者について理解してから登録するかについて考えていた』と聞いた。
そして『相手を甚振るような異常者には全く見えなかった』とも……。
つまり二面性が激しいのだろう。
二面性の激しい者は確かにいる。
表で善人の顔をして、裏では極悪非道なことをしていた冒険者を何人も処罰してきた。
ニートに絡んで返り討ちに遭い甚振られていた男も、私の前では真面目を装っていたが、新人に何度も絡んでいたらしい。
あの時言っていた『ニート』の発言は全てが真実であり、なんの非もないことは明らかだった。
間違いなくやり過ぎの様に感じるが、殺さないように丁寧に手加減をしていたので問題にすることは出来ないし、そんなことを取り締まる法律はない。
あの時、(調子に乗った新人に身の程を分からせてやろう)と意気込んで模擬戦をしたが、明らかに遊ばれていた。
始まったのに構えもしないので、正面から切り込んだら後ろにいたのだ。
その時になってやっと(こいつは自分より遥かに格上なのだ)と悟った。
だが……始まってしまった以上、自分で始めてしまった以上やるしかない。
ニートは今更ながら武器である棒を抜いた。
最大限警戒し、防御と回避のために全力で集中するが、ニートは棒をクルクルと回すだけだった。
少しの間クルクルと回し続けていたが、すぐにやめた。
ここで警戒心が少し解けてしまったことがマズかった。
ニートは棒で突いてきたのだ。
至って普通に、それも軽い感じで突かれた棒を、体を横にずらしながら剣で振り払おうとした、だが剣で払っている最中に強い力で軌道を修正してきたのだ。
引退したが、以前棒で戦っていた者の戦いを見たことがある。
あの者は体をうまく使い、最大限の威力を棒の先に伝えるように振るっていた。
ニートの使う棒は完全に別物だろう。
軽く、いつでも軌道修正出来る状態で突き、確実に当たるタイミングで強い力を加える。
言葉にすれば簡単だが、それができるのは余程の熟練者か格下相手だけだ。
熟練者には見えないということは私は完全にあの者の格下なのだろう。
完全に肋骨が折れ、激しい痛みを我慢しながらも距離を取り構え直す。
(せめて一撃。)その思いは飛んできた何かによって打ち砕かれた。
何かを投げたような動作をしたが何も持っていなかった。
速すぎて見えなかったのではなく、見えない何かを投げつけてきたのだ。
視界がグラつき、体が倒れ行く中で(そういえば魔法を使うと言っていたな。)ということを考えていた。
幸い痛みはあるが鼻血が出ただけ。
すぐに立ち上がるが、ニートは「まだ続けた方がいいですか?」と聞いてきた。
そうだった、これはあくまでもどのくらい戦えるのかを確かめるための模擬戦。
これ以上やる意味はないのだ。
「もういい。」
その言葉は自然と出てきた。
治癒院に行き、鼻と肋骨を治してもらったが、ニートに対する折れそうな心は治りそうになかった。
そして今日のこの報告である。
ニートは野盗を相手に一切手加減をしなかったのだろう。
恐怖で支配し、心を折り、相手が野盗だったので命も奪った。
冒険者の中には野盗であっても人を殺してしまったことで心が折れる者がいるが、ニートはきっと、殺しても問題がなければ愉しんで殺せる人種だ。
普段は真面目で人当たりも悪くない青年。
だが状況によっては悪魔の様な所業を平然と行える化け物。
ホエールポートのギルド長になって4年。
ギルド長は過去にないほど頭を悩ませるのであった。
「とりあえず、もう一度調査隊を送らないといけないな……。前回の調査隊の者たちの中には行きたくないと言って他の街に移動しようとしている者達もいる。頭が痛いな……。」
この調子なら一年も持たずにハゲそうである。
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