第34話 早く寝たかっただけなんだ。
とりあえず店の様な武器を展示している鍛冶屋を覗いてみる。
鋳造と鍛造なんて見ても分からないし、ただ武器を眺めるだけだ。
「武器を探してんのか?金はちゃんとあるのか?」
おっさんが話しかけてきた。
やっぱり鍛冶屋はおっさんがテンプレだよね。
「金はあるが刃の付いた武器は扱える気がしない。鉄製のこん棒とかあります?」
「こん棒なら木製の方がいいぞ。鉄で作られたこん棒は重すぎてまともに扱えるやつはほとんどいない。お前さんの体格なら木製にしておけ。」
この国の人たちって結構親身に相談に乗ってくれるよなぁ。
「以前木製の物を使ってたんですけど、本気で振ったら折れちゃったんですよ。こう見えて筋力はあるので出来れば鉄製がいいんです。」
「……そうなのか?ちょっと待ってろ。」
鍛冶屋のおっさんは商品ではなく、裏から何かを持ってきた。
「これはただの鉄の棒だ。以前『棒術』っていう棒を使って戦う珍しいやつがいたんだが、大金を稼いで引退しちまってな……。ちょっと持ってみろ。」
怪我をしたとか死んだではなく大金を稼いで引退か……夢があるなぁ。
とりあえず受け取ってみる。
普通に持てる感じだ。
長さも前に使っていた棒と同じくらいで違和感がない。
端の方を片手で持って手首で軽く上下に振ってみる。
もう少し重くても扱えそうだが、これでちょうどいいのかもしれない。
「いいですね。これっていくらになります?」
「意外と力があるんだな、そいつは金貨2枚だ。鍛造品だが所詮ただの棒だし、売れないから鉄としての価値しかないからな。」
即買いだった。
ついでに持ち運ぶために便利なベルトや、滑らない様に真ん中辺りに巻く布も買った。
端の方を持って振ると汗で滑るかもしれないから気をつけよう。
「お前さん冒険者か?まだ登録していないのか。籠手はともかく脛当ては持っているか?足を怪我すると危険だから脛当ては付けておいた方がいいぞ。あと、もう少しちゃんとした靴を履いた方がいい。」
靴は既に注文していることを伝え、とりあえずサイズの合う脛当てを選んでもらい、付けてみる。
結構軽く、動いても問題なさそうだ。
全く迷わずに買った。
脛当てがあるので鎧もあるのかと聞いてみたが、見せてもらった物の中に好みの物がなかったので今回は見送った。
棒の分も含めて金貨4枚の買い物だった。
「毎度あり。ないとは思うが、棒が曲がったりしたら持ってこい。そのくらいの修理なら安くで受けてやる。」
「ありがとうございました。また来ます。」
良い武器もあったし、脛当てもいい物があった。
ベルトと鉄の棒は装備し、脛当ては袋に入れて宿に戻る。
宿につく少し前に6回の鐘の音が聞えてきた。
今日は時間ぴったりが多いな。
「おかえりなさいませ。食事はこの廊下の先に行けば食べられますので、準備ができたらお越しください。」
「分かりました。」
返していた鍵を受け取り、荷物を部屋に置いた後に食事場に行く。
結構広く、既に人もテーブルの半分近く入っていた。
厨房の方から美味しそうな匂いが漂ってきている。
とりあえず座っていいのだろうか?
壁際の2人用のテーブルに座ると、奥の方にいた料理人っぽいおっさんがこっちに来た。
「初めて見る顔だな。今日宿泊したニートで合っているか?」
「はい、ニートです。」
「今日のメニューはラビット肉のシチューだ。飲み物は水とワインどっちがいい?」
「水でお願いします。」
食事は選択肢がないみたいだ。
ラビット肉のシチューは結構楽しみなので文句はない。
飲み物の選択肢が水かワインってことは、ワインを水と同じような飲み方をしているのかな?
昔どっかの国がそうだったと聞いた覚えがあるが思い出せない。
まぁ、お酒は全く飲まないのでどうでもいいが。
「水とシチューだ。熱いから気を付けて食えよ。」
素晴らしく愛想のないおっさんだ。
とりあえずシチューを一口。
……普通。
不味くはない。
決して不味くはないが、いたって普通の味だ。
黙々と食べる。
周りの席には人が多く、いろいろな話声が聞こえる。
正直話声に興味はないのだが、チラチラとこちらを窺う4人組がいるので少し気になる。
間違いなく会ったことはないはずだけど、なんでこっちを見るんだろうか?
※チラチラとこちらを窺っている4人組のリーダーデューク視点
野盗と遭遇することなく急いで街へ戻り、ギルドに開拓村で異常があったことを報告し村長から託された手紙を提出してから一日が経った。
焦っても仕方がないと気持ちを切り替え、いつでも開拓村に出発できるように準備を整えて一日を過ごした。
夕食はパーティー全員で宿泊している宿で食べる。
この宿は一般的な宿と比べると料金は少し高めだが、『部屋が綺麗で食事も美味しい』ということで有名だ。
少し時間より早く席について料理を待つ。
全員がちゃんと時間前に席に着くくらいにはここの食事は美味しいのだ。
それほど時間はかからず食事が運ばれてきた。
今日は『ラビット肉のシチュー』とのことで味もいつも以上に美味しく感じられたほどだ。
皆黙々と食事をしていたが、半分以上を食べたタイミングで魔法使いのヘレンの顔に急に緊張が走った。
ヘレンは今入って来た人物をジッと見つめているようだ。
「あいつに何かあるのか?」
小声でそっと聞いてみる。
「……あの人はおそらく魔法使いです、それも相当強力な。ですが、魔力のコントロールを全くと言っていいほど行っていない様なのでプレッシャーが凄くて……。」
ヘレンがそこまで言うのも珍しい。
魔法使いの数は非常に少なく、そのほとんどは貴族だ。
ヘレンも母親は商家の生まれだが、父親は貴族だと言っていた。
魔力はほとんどの者が持っているが、魔法が使えるレベルの使い手は各方面から引く手あまたの存在だ。
ヘレンも冒険者となったのが同時期でなければこうして同じパーティーとして活動することはなかっただろう。
「魔力を一切コントロールしてないと何か問題があるの?」
会話を聞いていたエレナが質問する。
「まず、基本的に魔物に真っ先に狙われます。『魔物は人の肉ではなく魔力を狙って襲っている』との研究結果があったので、これは間違いないです。」
ヘレンが答えるがそれはなかなかに不味いな。
魔法使いは一発で状況をひっくり返せる切り札なのだ。
それが真っ先に狙われるとなると他のメンバーは大変な思いをすることになるだろう。
「だからこそ、魔法使いはまず自分の魔力を抑える様にコントロールする練習をするのですが、あそこまで垂れ流しだと街の外に出たら非常に危険ですし、あの量の魔力は他の魔法使いの方からすると半端ないプレッシャーを与え続けることになります。」
それでここまで緊張してるのか。
俺は魔力を感じられないからただの青年にしか見えないが、もしかしたら凄く有名な人物かもしれない。
「今の料理長との会話を聞いたところニートという名前で今日からこの宿に泊まったらしいですね。」
パーマーは耳がいいな。
だが『ニート』という名前は聞いたことが無い。
近くの街にもそんな名前の魔法使いはいなかったはずだ。
どこか遠くから来たのだろうか?
「貴族には見えないし、冒険者かしら?食べ終わったら声をかけてみる?」
エレナが聞いてくるがどうするべきだろうか?
少なくとも話をした方がいい様な気がする。
「そうだな。一般人とは思えないが魔物に狙われるというのは危険だ。声をかけて話をした方がいいだろう。」
『ニート』という若者は運ばれてきた食事を食べ始めたが全く表情が変わらない。
このラビット肉のシチューは相当旨いと思うのだが、もしや一般人のように見えて実は貴族だったりするのだろうか?
このくらいの味は食べ慣れているとか?
もし貴族だとすると声をかけるのを躊躇ってしまうが……。
食事を終わらせたタイミングで話しかけてみるか。
※チラチラと見られ続けられてうっとおしくなってきた主人公視点
「すまない、少しいいか?」
なんかみられていたが無視して食事を終えたが、食事を終えたタイミングで4人組のうちの一人がわざわざ近づいてきて話しかけてきた。
めんどくさいなぁ。
「なんですか?」
とりあえず用件を聞いてみる。
というか本当に心当たりがない。
来ている服も普通だと思うし、他に身につけているものもない。
あとはどこかであった可能性だが、少なくとも私はこの4人組を知らない。
何の用があるのだろう?
「少し聞きたいのだが、魔法使いだよな?仲間の魔法使いが魔力を垂れ流していて凄いプレッシャーを感じると言うんだが、魔力のコントロールはしないのか?」
……内容を理解するのに数秒かかった。
魔力を垂れ流していてプレッシャーが凄い?
そうなの?
全く自覚はないんだけど……もしかしてモンスターが全然襲ってこなくなったのは魔力のせい?
いや、『せい』ではなく『おかげ』というべきだろうか?
そうなのか、魔力って普段からコントロールするべきものなのか……。
「その……知っているかもしれないが魔力を垂れ流しているとモンスターに襲われやすくなるんだ。魔力のコントロールが出来ないなら街から出ない方がいいと思うぞ?」
黙っていると今度はおかしなことを言い始めた。
確かに最初はめちゃくちゃ殺意を持って襲われた記憶があるけど、最近は全然そういうことはないよな?
『街から出ない方がいい』と言うが、今朝外から来たばかりなのに……。
これは何と答えればいいのだろう?
「もしかして他の街の冒険者なのか?」
「違いますけど。」
なんと言えばいいのか全く思いつかないが、とりあえず返事をしないのも失礼な気がしてきた。
この感じだとこちらのことを心配して声をかけてきたようだし、チラチラ見られてうっとおしかったことは水に流そう。
「そうか、もしかして貴族様……とか?」
「違いますね。」
あ、少しほっとした表情だ。
それにしても魔力のコントロールってどうやるんだ?
普段魔法を使う感じでいいのか?
『垂れ流してる』って言ってたし、体から出ないように意識すればいいのだろうか?
う~ん……、自分では分からない。
あ、あの女の人表情が変わった。
あの人が魔法使いなのか。
表情が変わったってことは上手くコントロール出来たのかな?
表情が変わった女の人が近づいてきた。
「お話の途中申し訳ありません。あなた様はどこで魔法を学ばれたのか伺ってもよろしいでしょうか?」
なんかめちゃくちゃ丁寧に話しかけてきたなぁ。
「貴族でも何でもないので普通に話してもらってもいいですよ。魔法はダンジョンでスライムから落ちたオーブで覚えたので、一切学んだことは無いです。」
「スライムからオーブ……?もしかして物理魔法ですか?珍しいですね。」
そりゃあ3000近いスライムを倒してやっと出たからね。
モンスターの異常発生でも起きない限りオーブが出るのは絶望的な確率だよね。
「ですが物理魔法ですか。身を護るならともかく冒険者にはあまり向いていませんね。」
……これは喧嘩を売っている訳じゃなくてそういう認識なだけなんだよね?
隊長さんも物理魔法の話はなんか言いずらそうにしてたし。
接近戦ならクソ強いと思うんだけどなぁ。
「そうですか。」
とりあえず愛想笑いで返事をしておいた。
聞きたいことが聞けたのか立ち去ろうとする二人に質問をする。
「ところで冒険者ってどんな仕事をするんですか?」
なんとなく登録する気が無くなってきているが一応聞いてみる。
「仕事か?それは……いろいろだぞ。食うためだけに街の中で配達とか手伝いをしているやつもいれば、一獲千金を狙って街の外にモンスターを倒しに行くやつもいる。よく同じように考えているやつもいるが、兵士と冒険者の違いは兵士はあくまでも治安の維持を仕事としていて、冒険者は依頼があればなんでもやるが倒すのはモンスターだけだ。」
だいたいイメージ通りだな。
「強制的に依頼を受けなければいけない事ってあります?」
「一応大襲撃の時だけは街の防衛に強制参加だな。それ以外はないぞ。一応断りにくい相手からの依頼というのはあるが、あくまでも強制ではないぞ。」
それを聞いて安心した。
身分証代わりに登録しても問題なさそうだ。
「最後に一つ、この町の近くにダンジョンってありますか?」
これ、一番大事。
近くにないなら靴とか完成して受け取ったら移動しよう。
「一応あるが危険だぞ。年に一度くらいはお宝を見つけることがあるらしいが、死人が多すぎて冒険者としてのランクが中級にならないと入れないぞ。……そう言えばダンジョンでスライムからスキルオーブが出たと言ってたな。どこのダンジョンに入ったんだ?」
そっかぁ、ダンジョンに入るのに規制があるのか。
これは登録しなくていいな。
「私は冒険者じゃないので気にせずダンジョンに入りますよ。」
せっかくだし実験しよう。
思い切り魔力を放出するイメージだ。
あ、女の人の顔が一瞬で真っ青になった。
男の方も良い警戒心だ。
「それじゃあ私はこれで失礼します。」
何もせず普通に置いていったが。
宿の中で暴れるほど常識知らずじゃないし。
ちょっと反応を見たかっただけだし。
魔力について少し勉強しないといけないなぁ。
勉強は嫌いなんだけど……。
その後は普通に部屋に戻り、夜更かしもせずさっさと寝た。
ほら、一応徹夜明けだったからね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます