幕間:まだまだ若いエルフ視点

※まだまだ若いエルフ視点


「これお土産な。」


そう言って渡されたものを見る。

どこからどう見てもただの木の棒だ。

これがお土産とはいったいどういうことだろう?


「はぁ。ありがとうございます?」


とりあえずお礼をちゃんと言っておく。

凄くめちゃくちゃな人だが尊敬できる伯母であり、私が所属する隊の隊長なのだ。

礼儀はちゃんとしなければならない。

だけど……。


「お土産と言いましたが、これは何ですか?」


分からない。

どこからどう見てもただの棒だ。

魔力を流したりもしてみたが、本当にただの棒なのだ。


「ただの棒だが?」


だよね。

これはどうすればいいのだろう?


「隊長、説明をしないと棒を渡されただけじゃ困惑しますよ。」


伯母の意図が分からず困惑していると、副隊長がフォローしてくれた。


「そうだったな。今エルフの森に人間が迷い込んだのは気づいていたか?」


知らなかった。

というか、人間がどうやってエルフの森に迷い込むのだろう?

普通迷い込む前に死ぬよね?


「その人間がな、先は尖らせてはいたが、それと同じような棒でウルフを一突きで倒したのだ。」


……正直信じられない。

だがきっと事実なのだろう。

伯母は、からかうのが趣味だがこんな嘘はつかない。

だがウルフを棒で一突き?

それも人間が?

槍の鍛錬を百年は積んでいる先輩方ならば余裕で出来るかもしれないが……。


「まぁ、あの人間は『運がよかった』と言っていたが、うちの隊の新人にもやらせてみたくなってな。」


これは非常に危険な流れだ。

つまり私に棒一本でウルフと戦えということか。

いや、もっと厳しいかもしれない。

たぶんこの棒一本で『一撃でウルフを倒せ』くらいは言うと思う。

くっ!隊に所属している以上やってみるしかない。


「そういえば、ソフィーナはまだ人間の国に行ったことはなかったよな?」


決死の覚悟を決めていると、唐突に話が変わった。


「はい、ありません。」


毎年人間の国に偵察隊を送り込んでいると聞いたことはあるが、偵察隊はエリート中の

エリート。

まだまだ新米から抜け出せていない私には関係ない話だった。


「たぶん数日後にあの人間はエルフの森を出て、人間の街に向かって移動すると思うのだ。」


あ、これもヤバそう。

これはウルフ相手に棒一本で戦うのと変わらない危険性を感じる。


「人間と共に人間の国に経験を積みに行くか、それともウルフ相手に棒一本で戦うのか。どちらにしろ過酷なのは変わらないからな、特別に選ばせてやろう。」


悪魔だ。

きっと伯母の体に悪魔が取り憑いたに違いない。

すぐに応援を呼ばなければ!

出口を見ると副隊長が立ち塞がるように立っていた。

そんな……副隊長はまともな人だと信じていたのに……。


「少し考えさせていただけませんでしょうか?」


「1分だ。」


考えろ考えろ。

どっちも地獄が待っていそうだがどっちがマシなのか?

人間の国に経験を積みに行くというのは言葉の通りだろう。

人間の国の周りではモンスターの討伐がまともに進んでいないため危険なモンスターも多く、ある程度の実力を持ったエルフを送り込んで10年ほど経験を積ませることがあると聞いたことがある。

今の私の実力では非常に過酷な経験となるだろう。

ウルフ相手に棒一本で戦うのはどうだろう?

……こちらも10年は修行しないと無理だろう。

一撃で確実に倒すとなればさらに20年だ。

非常に迷う。


「質問してもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「人間の国で経験を積むとおっしゃいましたが、どのくらい経験を積めばいいのでしょう?」


スライム以外の小型モンスター相手でさえ二人がかりなのだ。

中型モンスターの単独討伐となると10年は超えるだろう。


「ん?特に決まっていないぞ。一度人間の国に行くだけでも十分な経験と言えるからな。私としては中型の単独討伐くらいは出来るようになって欲しいが。」


ほほぅ。

つまり迷い込んだ人間を人間の国へ送り届ければ、すぐに帰ってきてもいいと。


「腐りきったゴミの様な人間もいれば、エルフと共存できる人間もいる。さっさと帰ってくるのも構わないが、私としてはいろいろな者と出会い成長して欲しい。」


こっちの心を読んだような言葉だ。

ここまで言われては、人間の国に行くしかない。


「人間の国に行こうと思います。」


こうして初めて人間の国に行くことが決まった。

自室に戻り武器の点検を終え荷物を準備した後、知り合いに旅に出ると伝えて回る。

……みんな非常に気の毒そうな眼をしていた。

挨拶周りを終え、今日はそろそろ休もうかと思ったとき、一つ大事なことを聞き忘れていたことに気づいた。


「そういえば、人間は『数日後にはこの森を出る』と言っていたけど、私はいつ出るべきなのだろう?」


(……明日の朝一番に出ればいいか。)


人間が森から移動を始めた次の日の出来事だった。

次の日、出発前に隊長であり伯母の元にあいさつに行く。


「今から出発いたします。」


「そうか、気をつけるんだぞ。人間はもう森を出て今夜あたり海に着きそうだからな。」


数日後という話はどこへ行ったのだろうか?

とにかく急がなければならない。


「分かりました。ところで、その人間は何という名前なのですか?」


「聞いてないぞ。」


そうですか。

名前すら聞いていない人間を、姪に人間の国まで送らせるとは……。

その人間のことをよっぽど気に入ったのだろうか?

今はとにかく急がなければならない。

そういえば、隊長はどうやって人間の位置を把握しているのだろうか?

索敵の魔法は使えないと言っていたけど、追跡の魔法は生き物にかけることが出来ないから……

もしかしたら何かを渡したのかもしれない。

そんなことを考えながら全力で移動した結果、何とか海に着く前に人間を見つけることが出来た。


「そこの人間、止まりなさい。」


初対面で舐められる訳にはいかない。

少し高圧的に話しかけてみるが、完全に無視された。

聞こえなかったのかな?

いや、ほんの少しだが歩く速度が上がっている。

聞こえた上で無視したようだ。


「止まれと言っている。」


人間は荷物を積んだ台車を曳いているので、先回りすることは簡単だった。

エルフの使う台車とは少し違うが、随分と車輪の転がりが軽そうだ。

よく見れば金属を一切使っていない。

木だけでここまで上手く作れるものなのか。

少しだけ人間に対する認識が変わった。


「へっへっへ。旦那。こっちは気づいたら迷い込んだエルフ様の領域から出て行こうと移動しているでヤンス。何事もなく通しちゃくれませんかねぇ?」


そんなことを考えていると人間が話しかけてきた。


「知っている。」


私は女であり『旦那』ではないということを言うべきだろうか?

いきなり性別を間違えるとはなかなか失礼な人間だ。

それに言葉遣いがおかしい。

『ヤンス』とはどこの方言だ?

木工の腕はそこそこあるようだが、こいつが本当にウルフを棒の一撃で倒したのか?

警戒心は強そうだが、武芸に秀でた者にはとても見えない。


「私も人間の国に出向くこととなった。隊長から『ついでに迷い込んだ人間も送ってやれ』と言われたので、お前と同行することになる。拒否権はない。」


とりあえずここに来た理由を話す。

一瞬間があったが、さらに警戒心が強くなったように感じる。

だがこの人間を人間の国まで送り届けるように言われている以上、ここで逃がすわけにはいかない。


「分かりました。足手まといになると思いますが、どうぞよろしくお願いします。」


そんなことを思っていたが、あっさりと受け入れ頭を下げてきた。


「よろしい。私が索敵をしながら先を歩く。余り遅れるなよ。」


強いモンスターが出るところまではまだまだ先だが、無駄にケガをさせるわけにもいかない。

全く自覚がなかったが、初めての旅ということもあって、私は少し張り切り過ぎていたようだ。

この後あんな屈辱と後悔を味わうことになるとは思いもしなかった……。

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