第2話 怪しい黒騎士
馬車に揺られながら、俺達は街道を一路北へ向かう。
御者台に座る騎士は、あの出発以来、必要な時以外は離さなくなってしまった。
おかげで、些か空気は重い。
「ねぇ、そろそろちゃんと謝ったほうがいいんじゃないかい?」
「ぐっ」
こそりと耳打ちしてくるティナに、俺は眉根を寄せる。
なんとなく、悪いことをしてしまった感はあるのだ。
あんな風にしか言えないなど、自分がガキくさいこともわかっている。
しかし、どうにもアシュレイという男が気に入らなかった。
そして、それに拍車をかけるのが俺の手元に握られている羊皮紙の束……すなわち、黒騎士アシュレイが用意した旅程である。
細やかに、綿密に組まれた旅の行程が隙なく綴られたそれは、俺を打ちのめすのに十分なものだった。
馬車の手配。
食糧の配分。
旅宿の場所。
安全なキャンプ地。
これを見れば、事前に俺達がたてた旅のスケジュールなど、ピクニックの予定のごときお粗末なものに見えてくる。
初めての旅、課せられた使命──それに視野を狭窄させ、自分の準備に手一杯となった俺達に足りないもの、そして見通しの甘さを浮き彫りになってしまった形だ。
それに、実力差も。
道中、何度か
全員で、対処を行ったが……アシュレイの強さは頭一つとびぬけていた。
剣術にせよ、魔法にせよ、その腕は相当なもので、俺達が四人で一匹の魔物を相手取ってる間に、他の魔物を全て切り捨ててしまうほどに。
これほどの強さの騎士は、騎士団長以外では見たことがない。
下手をすれば、騎士団長よりも強いかもしれない。
それなのに、俺はアシュレイを知らないのだ。
少なくとも、騎士団でこの黒騎士を目にしたことは一度もなかった。
あの日、勇者任命を受けた日が初めてだ。
もしかすると、国外で魔族対応にあたっていた、特命騎士なのかもしれない。
勇者の旅の案内役を任ぜられるほどなのだ、国王の信頼が厚いのは間違いないはずだ。
「歓談中すまないが、そろそろ町につく。準備をしてくれ」
「わかった」
王都を立って二週間。
まだ二週間なのか、もう二週間なのかはわからないが、ついに俺達は最初の目的地である『土の神殿』そばにあるラバーナの町へと到着した。
ラバーナの町は王国最北にある街で、『土の神殿』があるバルバロ大洞穴に挑む俺達の、最後の補給地点となる。
町の入り口を通過したところで、アシュレイがこちらを振り返った。
「ヨシュア殿、少しいいか」
「どうした?」
「この街で休息を入れた後は、いよいよ土の試練──バルバロ大洞穴に挑むことになる。そこで、個人に向けて少し面談をしたい」
「面談?」
訝しむ俺達に黒騎士が頷く。
「ここに至る道中、私は君たちの戦いを観察し、課題となりえる点をいくつか把握した。早いうちに気付きを得れば、君達の糧になるように思う」
「……」
このような提案をアシュレイからされるのは、初めてだ。
俺達とこの黒騎士の間に、実力に大きな隔たりがあるのは事実である。
騎士の先達として指導を得られるのであれば、確かに何か掴めるかもしれない。
「全員まとめてじゃダメなのかい?」
「私は構わないが……例えば、ティナ。君は、魔法式構築の切り替えが煩雑だ、などというアラを指摘されているところを他の者に見られたいのかね?」
「うっ……」
目を逸らして俯くティナ。
俺は魔法を使えないのでわからないが、この様子から指摘は正確だったようだ。
「わかった、わかったよ。あなたの言う通りだ」
「他の者もそれでいいか?」
「リズはおっけーなのです!」
「承知いたしました」
幼馴染たちが頷く。
「ヨシュア殿は?」
「俺も、わかった。それとこれはみんなの前でしなくてはならないことだから、今、ここでさせていただく」
黒騎士に向き直り、俺は頭を下げる。
「出発の日、あなたに失礼なことを言った。申し訳ない」
「……?」
一瞬、アシュレイの動きが止まり、そして頷く。
「気にすることではないよ、勇者殿。しかし、謝罪は受け取った。心遣い、ありがたく頂戴する」
またしても、大人の対応をされたという感じではあったが、幾分声が柔らかいように感じた。
同時に、俺の心も少し軽くなる。
やはり、自分としても気に病んでいた部分はあったのだ。
「改めて道中、よろしく頼むよ、アシュレイ」
「承った。さて、では面談の一番手は君だ、ヨシュア。勇者となる君には、多くを求めると思う。山ほど伝える事があるから覚悟してくれ」
声色からは判断つかないが、軽口じみた声がかけられて俺は少し胸をなでおろす。
今も気に入らないと思う部分はあるが、彼とて旅の仲間なのだ、仲良くしたい。
ただ、信じきれない部分もある。そこを、払拭したいという気持ちは今も在る。
「了解した」
「他は、順次空いた時間に来てくれ」
アシュレイの言葉に、幼馴染たちが頷く。
「では、私は馬車をあずけてくるので宿に入っていてくれ」
「わかった。ありがとう、アシュレイ」
「……お安い御用だよ、勇者殿」
馬車に乗って馬屋に向かうアシュレイを見送って、俺は幼馴染たちを振り返る。
「なあ、面談はいい機会だ。アシュレイの正体を探りたい」
「何か気になるのかい?」
「一度も素顔を見せない相手を、心底は信じらないよ。そこで、さ……ナーシャ頼んでいいか?」
「『神眼鑑定』をするの?」
「ああ」
優れた司祭であるナーシャは『神眼鑑定』という特別な能力を持っている。
道具であればそれが何であるかをつぶさに報せ、人に行えばその正体をつまびらかにする力だ。
さらに、ナーシャはそれを行うことで『
「頼めるか? ナーシャ」
俺の言葉に、ナーシャが頷く。
「うん、やってみる。確かにあの人は、怪しすぎるもの。信用するためにも、鑑定してみるわ」
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