【完結】勇者として魔王討伐に旅立ったんだが、幼馴染たちの様子がおかしい。~俺の知らないところで全員アイツに堕とされてた~
右薙 光介@ラノベ作家
第1話 旅立ちの日
「ヨシュア・ヴェルトン。汝を勇者と任命する」
「はっ」
跪き、短く返事をする。
騎士の家に生まれ、自らも騎士となるべく訓練校で日々の鍛錬をこなしていた俺の手に〝勇者〟の刻印が現れたのは、一ヶ月ほど前のことだ。
その報告はすぐさま王の耳へと入り、俺は教会や魔術師たちをはじめとする関係各所の検査や聞き取りを受ける羽目になった。
最初こそ、「伝説の〝勇者〟の刻印が自分に!」などと浮かれもしたが、事の重大さを知るにつれて、そんな気持ちはなくなった。
〝勇者〟が顕現したということは、その敵である〝魔王〟が復活したということなのだから。
正直なところ、未だ実感は追いつかない。
魔族の動きが活発化している、という話はときどき耳に入っていた。
しかし、まさか魔王が復活しているなどとは思いもせず、さらに自分が勇者などと重責を負うことになるとは夢にも思わなかった。
さりとて、選ばれたからにはなさねばならない。
騎士としても、勇者としても、これは俺に与えられた使命なのだ。
「ヨシュア、使命の内容は覚えておるな?」
「はい。四つの神殿をめぐり、必ずや聖剣にて魔王を打ち滅ぼして見せます」
俺の言葉に、王が深くうなずく。
「辛い旅となるだろう。魔族に気取られぬよう、同行の軍をつけることもしてやれぬ」
「ともに旅立つともがいてくれるだけで、十分に心強くあります。必ずや、使命を果たして見せます!」
俺が今日、正式な勇者としての任命を受けるまでの間にも、着々と準備は進んでいた。
同行者の選定についても、だ。
伝統的に勇者の旅立ちは隠密かつ少人数となる。
勇者の出現は魔族にとっては脅威であり、これを悟られるわけにはいかないからだ。
同行者については、勇者である俺の推薦と自薦がある。
これもまた、伝統的に俺と親しくあるものが供をするのが通例だ。
伝説には、それが勇者としての試練に深く関係すると記されている。
それ故、俺は幼馴染たちを指名し……彼らはそれを快く受け入れてくれた。
親友で同僚でもある騎士見習のディル。
教会に所属する司祭のナーシャ。
魔術院からは魔法使いのティナが。
さらに、今は冒険者をしている妹分の猫人族、リズ。
この四人が俺の同行者だ。
「……そのことだが、人員に変更があった」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
そんな俺にかまわず王が背後を振り返ると、一人の騎士が前に進み出た。
「魔法剣士のアシュレイだ」
上から下まで漆黒の鎧に身を包み、顔すらも鉄仮面で覆った黒衣の騎士。
どこか威圧感じみたものを放っており、未熟な俺でもこの騎士が手練れだというのを容易に肌で感じられた。
「どういうことです?」
「そなたらは若く、旅慣れておらぬ。王国の外の事情にも疎かろう。故に、騎士見習ディルに代わり、このアシュレイを同行者とした」
王に促され、俺の前に進み出る黒騎士アシュレイ。
「アシュレイだ。道中、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
差し出された手を、握り返す。
大きく力強さを感じたが、どうにも奇妙な違和感を感じた。
「ディル卿は、跡取りで婚約者もいる身だ。私では彼の代わりにならないだろうが、気持ちを汲んでやってくれ」
「あ、ああ」
曖昧な返事を返しながら、俺はショックを心の奥に押し込める。
確かに、安全とは言えない旅になるだろう。
それに、王の言う事も確かなのだ。まだ成人して間もない俺達が旅をするのに、案内人は必要かもしれない。
……だが、どうにもこの男は気に喰わない。
初めて会う人間に、こうも不信感を覚えるのは初めてのことだ。
「出発は一週間後になる。準備を進めておいてくれ」
「わかった」
アシュレイの言葉に頷きながらも、俺は晴れない気持ちを心に抱え込んだ。
◆
結局、王都で俺達が準備を進める間、あのアシュレイという黒騎士とは数回しか顔を合せなかった。
向こうも、必要最低限といったやり取りしか要求してこなかったのだから仕方ないとはいえ、まったく打ち解けることもできずに今日を迎えてしまったことに、一抹の不安を感じてしまう。
そもそも、引率じみた役回りのくせに、放任が過ぎるのではないだろうか。
「待たせた」
待ち合わせ場所に少し遅れて現れたアシュレイは、思ったよりも身軽な格好だった。
全身黒鎧に鉄仮面なのは相変わらずだったが、荷物らしい荷物は持っていない。
「出立時間に遅れるなんて、どういう了見なんだ?」
「すまない。王との話が長引いてな。国を越えて行動するのだ、それなりの準備が必要なのだよ、勇者殿」
鉄仮面で表情はわからないが、どうも侮られている気がする。
「他の諸君は初顔合わせだな。道中の案内を務める──アシュレイだ。よろしく頼む」
鮮やかな騎士礼をとるアシュレイに幼馴染たちが、各々名乗る。
「ナーシャと申します」
「ティナよ」
「リズなのです!」
リズを以外の二人は、怪訝な表情でアシュレイを見る。
俺から事情を説明し、ディルから裏取りはしたものの……やはり、怪しさはぬぐえない。
そもそも、素顔も知れぬのだ。
そんな俺達を置いてけぼりにしたまま、黒騎士が城門を指さす。
「最初に目指すのは王国北部にあるバルバロ大洞穴、その奥にある『土の神殿』だ。郊外に馬車を用意している。行こう」
「おい、アシュレイさん。案内役はわかるが、仕切るのはよしてくれ」
思わず、苦言じみた言葉が出てしまう。
刻印を持つ勇者は俺であり、この旅の試練を課されたのもまた、俺である。
さして面識もない男に、出だしからそれを仕切られるのは少しばかり面白くない……と俺は感じた。
「これは失礼した」
一歩下がって騎士礼をとるアシュレイ。
それに少しばかりもやりとしたものを感じつつ、俺は改めて旅の始まりを宣言した。
「行こう。世界を救うために」
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