第3話 バルバロ大空洞

 その晩。

 さんざん絞られた俺は、イラつき半分、落ち込み半分な気持ちのまま宿の廊下を行く。

 このまま部屋に戻ってふて寝を決め込むか、夜風にあたりに行くか悩ましいほどに、俺はこってりと絞られてしまった。

 しかも、指摘されたどれもこれもが正しく……それがまた悔しい。


「随分と手厳しく詰められたようだね?」

「ああ、ティナか」


 廊下を行く俺にすれ違うようにして、幼馴染の魔法使いが声をかけてくる。

 彼女とも、長い付き合いだ。

 短めにした淡い栗毛に、青い瞳。美人だとは思うが、その立ち振る舞いはどこか女性を感じさせず、俺にとっては気安い友人の一人である。


「ボクは今からだけど、君の様子を見ると少し気が重いよ」

「覚悟した方がいい。かなり容赦ないぞ……!」

「うわぁ」


 何とも言えない表情で、苦笑するティナ。


「しかし、彼って何者なんだろうね?」

「気になるよな。騎士団に居た頃は見なかったし、あれほど強いのに噂で名前すら聞いたことがないんだ」


 俺の言葉に、ティナも頷く。


「ボクも同じさ。あれほど器用に強力な魔法を使う騎士がいれば、魔術師団でも噂の一つくらい聞くはずなのに、アシュレイなんて名前聞いたこともないんだ」


 この二週間、結局アシュレイの素性もつかめず、素顔も見ることができなかった。

 そもそも、食事や睡眠をしているところを見たことがない。

 尋ねてみても、のらりくらりとかわされて一向に取り合ってくれず、不審さは増すばかりだ。


「ま、それも今日はっきりするかもしれない」

「ナーシャに期待だね。それじゃ、ボクはいくよ」

「ああ。また、明日」

「うん。また明日」


 ティナと言葉を交わしたことでいくぶん気が軽くなった俺は、そのまま部屋へと戻る。

 明日はいよいよ『土の神殿』へ向かう日でもある。

 余計なことで、体力と精神を摩耗するわけにはいかない。


 アドバイスはアドバイスと考えて、早いところ寝てしまうことにしよう。

 明日になれば、きっとナーシャが何か掴んでくれているはずだ……。



 ──翌日。


 休息をしっかりととった俺達は、ラバーナの町からさらに北上し、ついにバルバロ大洞穴に到着していた。

 ここから先が、『土の試練』となる。


「よし、ここから先は気を引き締めて行こう」


 俺の言葉に、仲間たちが頷く。


「リズ、先行警戒を」

「わかったのです!」

「いや、道案内は任せてくれ」


 飛び出そうとしたリズが大仰に、ずっこけるようなジェスチャーで止まる。


「この先は試練なんだろ?」

「ああ。だが、コツがあるんだ」


 カンテラをもった黒騎士が先頭に立つ。


「リズ、君は殿に立って後方警戒に神経を割いてくれ。昨日のことを忘れないでくれよ?」

「了解なのです」


 素直に下がったリズが、パーティの最後尾につく。


「すまないな、勇者殿。だが、スムーズな道行きを保証するよ」

「いや、いいんだ。よろしく頼むよ、アシュレイ」


 多少釈然としないながらも、俺は黒騎士に頷く。

 昨日の面談でわかったことだが、この男の知識は深く広い。

 剣術にせよ、戦術にせよ、魔法にせよ、冒険知識にせよ……俺達のいずれも、彼の実力に舌を巻くことになった。

 今回にしたって、アシュレイが提案するなら考えあってのことだろうと思わさせられる。

 その正体が、わからないとしても、だ。


「きゃっ」

「ナーシャ。足元に気を付けて」

「うん、ありがとう。アシュレイ」


 アシュレイに助けられるナーシャを見て、もやりとした気持ちが湧き上がる。

 ナーシャの鑑定は、失敗したらしい。何の情報も得られなかった、と言っていた。

 だが、アシュレイに対するナーシャの態度が、妙に軟化している気がする。

……いや、気安くなっているというべきか。


 それが気に入らない。


 ナーシャは最も仲のいい幼馴染で、俺が思いを寄せる相手でもある。

 今回の旅も、父親である大司教が猛反対したにもかかわらず、俺のためについてきてくれた。

 そんな彼女と黒騎士が親し気にしているのを見ると、どうしても嫉妬じみた感情が湧き上がってしまう。


 癪なことだが、あのアシュレイという黒騎士はできる男だ。

 万が一にもあり得ないと思うが、必要以上に二人が親密になりでもしたらと思うと、どうにも冷静ではいられないのだ。


「道はこれであっているのか?」

「問題ない。そこに黄水晶があるだろう? これが道しるべになっているんだ」


 アシュレイの示す先、カンテラの灯りに照らされて黄水晶がぽつりぽつりと薄く輝く。


「まるで一度来た事があるような言い方だな?」

「……」


 俺の言葉に黒騎士が小さく固まり、それから告げる。


「私とて、勇者に憧れた一人だからな」


 それを聞いて、俺は小さく笑ってしまった。

 この完璧を人型にしたような黒騎士にもそんな可愛げのある時代があったのかと。

 親近感がわくとともに、少しばかりの優越感が湧き上がる。


「私のことは気にすることじゃないさ、勇者殿。今の私は、君達の案内人だからな。使命のことだけを考えるといい」

「ああ。せいぜい頼りにさせてもらうよ、殿


 慇懃無礼に「勇者殿」と呼ぶ彼への意趣返しのつもりか、自分でも些か底意地が悪いと思える言葉が、いらつきもあって思わず口をついて出てしまった。

 勇者としても、先達の騎士への態度としても、相応しくないものだとすぐに後悔したが……謝罪の言葉が出る前に、俺の頬に小さな痛みが走った。


「ヨシュア、あなたはって人は……ッ!」


 ナーシャが俺の頬を張ったのだと理解するのに、たっぷりと三秒はかかった。

 じわりと広がる頬の痛みと、ナーシャの涙が俺の心をひどく混乱させた。


「ナーシャ……?」

「彼が、どれほどの思いで……──」


 ナーシャが何かを口にしようとするのを、アシュレイが遮る。

 鉄仮面に隠された視線は、ナーシャを向いているように感じた。


「ナーシャ。私のことはいい」

「でもッ」

「いいんだ。さぁ、先に進もう。『土の神殿』まで、あと少しだ」


 表情の見えぬ鉄仮面の黒騎士が、平坦な声で促す。

 重い空気の中、俺達は黄水晶の導きのままにバルバロ大洞穴の暗闇を進んだ。

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