第4話 誰からも必要とされない存在

 10階層まで先頭を歩いてきたことで俺の身体は満身創痍だった。


 誰も何も言っていないがほとんど情報のない9階層を抜けてきたんだから少しくらい褒めてくれてもいいと思うが誰も何も言ってはくれなかった。




「なぁ、ちょっとだけ休憩しないか?」


 ほんの少しでいい。呼吸を整え荷物を降ろすだけでも全然今後の動きが変わってくる。




「お前のせいで遅くなっているのにさらに休憩だって?」




「ロックそれは……帰りが遅くなるとその分危険もましますし」




「ねぇ私が言っていたの聞いてた? 私はさっさと終わらせて早く帰りたいの」




「プハハハ! 馬鹿だコイツ。ねぇ? どうやったらそこまで仲間からヘイト稼げるの? ねぇ? どうして? 空気ここまで読めないってもはやネタでしょ」




 俺の休憩案は誰一人賛成してくれる奴はいなかった。


 それどころか休むことが罪なような感じで非難をうける。




 別に全員の荷物を持ったり、魔物の相手をしたり、一人で先頭を歩くような神経を使う感じでなければこれほどまで疲れることはなかった。




 でも、そんなことは誰一人わかってはくれない。


 こいつらの価値観の中に俺の頑張りというのはもはやかけらも残っていなかった。




「あぁ、わかった。俺が悪かった。行こう」




「てめぇ何上から目線で語ってるんだよ。エミー、カラもういいだろう?」


 エミーもカラもうなずいている。




「ロックいつ言うか迷ってたけどお前があまりに使えないから今言うわ。俺たちはここにいるキッドさんと次のステージへ上がるから。お前今回のダンジョン探索終わったらクビな。一人だけ村へ帰ってゆっくりした方がいいよ。村の方へは俺が上手く手紙でも書いてやるから。幼馴染がみんなS級ってだけで友達のお前も鼻が高いだろ? それに一瞬とはいえS級パーティーの一員になれたってだけでもう十分村へ帰っても褒められるって」




「わかった。このダンジョンからでたら俺はこのパーティーからでるよ。エミーもカラも納得しているんだろ?」




 二人とも俺の目を見つめたまま無言でうなずいた。




「さて、スッキリしたところで行きますか。この先へ進んで今まで帰ってきた記録は誰もいない。でも俺たちは必ず勝てる。さっさとこんなところ攻略して帰ろう。俺たちは最高のパーティーだ」




 アイザックの掛け声とともに全員が拳をつきだし、そして上へと高く掲げた。


 それは俺たちがグラエラ村でパーティーを組んだ時と同じだった。




 ただ違うのはもうそこに俺の姿はなくキッドがいるという現実だった。


 どこかそれを見つめながら遠くの話しのように思えてしまう。




 ボス戦のため、アイザックとキッドが2人前衛に入り、エミーが中間から魔法、そして最後にカラが回復を担当する。




 俺はカラの後ろからこれから始まる戦闘を見ているように言われる。


 今までなら少なくともボス戦でも参加させてもらえていたが、キッドが入ったことにより俺はお役御免ということだろう。




 ボス部屋へ踏み込むとそこには大きな犬が寝ているのが見える。


「なんだまさか10階層のボスは灰色狼か?」




 その大きな犬は銀色のきれいな色をして遠目にもサラサラとした毛がわかる。あれが灰色狼?


 灰色狼はE級の冒険者数人いれば倒せるレベルの魔物だ。


 まさかこんなところにいるわけがない。


 それに灰色と言うよりは銀色に白……あれは大きな犬じゃない!




 フェンリルだ!




 フェンリルなんて伝説級の魔物だぞ。S級冒険者がいくら強くなったからと言ってそう簡単に勝てる相手じゃない。魔物の中でもスピード、攻撃力ともに最上位クラスだと言われている。


 ただ、唯一の救いはフェンリルは非常に頭のいい魔物で見かけただけじゃ殺されることはない。




 人間から攻撃をしなければ見逃してくれることが多いのだ。


 きっとここまで来た他の冒険者も焦ってフェンリルを灰色狼と見間違って襲いにいったに違いない。普通に考えればこんなところに灰色狼がいるはずがない。




 10階層の情報がなかったのもこれで納得できる。


 ここで灰色狼だという奴がいれば頭がおかしいと思われるし、かといってフェンリルなんて言っても誰にも信用されない。




 灰色狼だと舐めてかかった奴は全員餌食にされたのだろう。




「ダメだ! その魔物は!」


 俺の声が届く前にアイザックとキッドの剣がフェンリルの身体へと振りおろされる。


 こうなったら少しでも攻撃が効いてくれることを祈るが無情にも攻撃はまったく効かなかった。




 アイザックの攻撃はフェンリルの堅い毛皮に阻まれ皮膚まで到達せず、キッドにあっては思いっきり振り下した結果剣がパキッと根本から折れてしまった。




 俺が出る前に指摘していたところだろう。


 だから、あれほど武器の整備はしておいた方がいいって言ったのに。




 今までずっと無視をし続け寝ていたフェンリルが目を覚ます。


「ウワォォォォォォォン!」


 身体に恐怖が襲い掛かる。フェンリルの雄たけびによって精神状態を恐慌へかえる力があるようだ。俺はある程度精神耐性があるので乗り越えられるがカラは震えてしまって動けなくなっている。




 もう逃げるしかない。


 こんな状態で戦えるわけがなかった。




 アイザックは躊躇していたがキッドの判断は早かった。


「アイザックダメだ。剣が折れたらいくら俺がカッコイイ勇者とは言え戦えない。ここまでこれだけ余裕でこれるならまた何度でも挑める、今回は撤退しよう」




「本気かキッド? まだ全然戦ってすらいないぞ」




「いや、あの寝ている状態でさえアイザックの剣もダメージをほとんど与えていない。今回は逃げた方がいい」




「チッ! くそわかった。全員撤退だ」




 俺は恐慌状態のカラを頭の上に担ぎ上げ一番後ろだったのでそのまま撤退する。


 エミーはなんとか自分で走れているようだ。




 後ろから、


「逃げ足だけは一人前だな。本当にクソすぎて反吐がでるぜ」


 アイザックの悪態が聞こえてくる。


 別にたまたま俺が一番後ろにいたというだけで。それほどまで文句を言われる筋合いはない。




「大丈夫。ちゃんとそういう奴にはそういう役回りがありますから」


 キッドは俺の前に走りこむといきなり折れた剣でそのまま俺の胸に突き立てた。


 俺の胸当て部分には勇者の剣が突き刺さり激しい衝撃を受ける。


 とっさにカラを落とさないようにカバーをするがカラも床に転がってしまう。




 キッドは俺の鞄の中から予備の剣を取り出す。


「王様からもらった剣は一応持って帰らないといけないので。残りの荷物は貴重品もありますが全部あげますよ。冥途の土産にしてください」




 俺の胸から剣を引き抜くとそれを鞘にしまい、


「あらら、ごめん。せめて柄の部分でやればよかったかな? いや、どちらでもいいか。アイザックこれで俺はパーティーの一員だな」




「もちろんだ」




「嘘だろ? 俺たち同郷の幼馴染だろ? なんでこんなひどいことができるんだ」


 胸は折れた剣だったおかげで出血はしていないが激しい痛みがある。


 ただ、それ以上に心の痛みの方が強かった。




「ガルルルル!」


 後ろかフェンリルの唸り声が聞こえてくる。




 エミーは胸に剣の衝撃を受け崩れた俺の横を走り抜けて行く。


 カラは一人起き上がると俺の鞄を見つめ、


「私のドレスが……高かったのに」


 そうつぶやきそのまま俺の横を走り去っていった。




 恐慌状態のカラを助けて運んできたのにカラの心配はドレスだけだった。




 本当にこれで終わりなのか。俺たち幼馴染だぜ。だって小さい頃から一緒に育って、あんなにみんなで笑いあっていたのに。




 誰一人振り返ることはなかった。


 そうか。そこまで嫌われていたのか。




 4人との距離はどんどん離れていき、後ろからはフェンリルが近づいてくる。




小さな頃いつも一緒に剣の練習をしていたアイザック。友達でありライバルだった俺たちはいつも剣の勝敗を競っていた。


どちらが強くなっても仲間を守れるようにとそう誓いあっていたのに。




「絶対にロックには負けないからな。でもお前が強くなるってことは俺たちのパーティが生き残る可能性があるってことだ。だから一緒に強くなろうぜ」




 聖女になったカラも最初は聖女という重圧に悩みずっと俺が相談にのっていた。


 今じゃ物欲の固まりになってしまったけど、それでも本当に優しい子だった。仲間が怪我をした時に回復できるようにって言ってたのに。


「ロック回復は私に任せて。だからロックはしっかり私のこと守ってね。ロックのこと信頼しているわ」




 魔法使いのエミーも器用貧乏でなんでもできる代わりに火力が上がらないという欠点があった。だから一緒に魔法の訓練もしたし火力をあげる方法も勉強した。


「ロックがいくら魔法を使えるからって絶対に私は負けないからね。でもいつもありがとう。ロックがいるからこのパーティーはみんなまとまっていられるのよ」




 小さなころからの思い出が俺の頭の中を駆け巡る。今思い出してもみんなの笑顔や楽しかったことしか思い出せない。




 なんだこれ。こんなに辛い状況なのに。俺はどうしてもみんなを恨めはしないらしい。


 それでも、俺の気持ちとみんなの気持ちはかけ離れてしまったようだ。


 こんな最後になるなんて。俺はお前たちにとってはいらない存在だったんだな。




 無情にもフェンリルはゆっくりと俺のすぐ目の前までやってくると大きな口を開けた。

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