第259話 恐慌禁死のかくれんぼ11

 栞がお化け屋敷の壁に触れ数十分程度だろうか。突然滝のような汗を流しながら嘔吐し始めた。すぐに駆け寄ろうとすると空という和人の弟に制された。不思議に思って空の方を見ると視線だけを栞の方へ向けている。するとそこには嘔吐し涙を流している栞の背中を必死に摩っている篤と栞に何か話しかけているもう1人の男がいた。



「すみません。一応貴方は部外者ですからね。神城の者に不用意に近づかれるのはこちらとしても困るのです。ご理解下さい」

「そうかい。栞が無事なら別にいいんだが……あの様子から察するに随分酷いものを見たって感じだな」

「ご理解いただけて助かります。いやはや護衛の身で言えた義理ではありませんが、貴方相手では正直止める自信がありませんので」

「そこまで強引なつもりはないんだけどね。もっとも栞が今の立場を無理強いされているのであればその限りじゃないが」

「――心に止めておきましょう」




 脅し半分、本音半分という所だ。その辺はこの男なら理解出来たと思いたい。もし栞や利奈からSOSを発信するような状況であれば容赦するつもりも遠慮するつもりもない。ただそれを出来る立場に、早めになった方が色々都合がよさそうだと考える。ランクⅧという肩書きは十分だろう。後は結果を出すだけという所かな。



「それよりあの人って確か……」

「ええ。神城当弥、今回の現場を仕切っている一族の者です。栞の叔父ですね」

「なるほどね」



 随分必死な様子で栞と話している所を見ると霊視という能力の問題というより、中を見た結果が問題だったって事は確実か。となると……。



 俺は目の前のお化け屋敷を改めて見上げる。よく漫画で見るような所謂お化け屋敷といった風貌の建物だが中は随分酷い事になっているようだ。




「皆さん、待たせたね。今から霊視した結果を共有するよ」

「そりゃもちろんだが、神城さんのお嬢さんは大丈夫なのかい?」

「本来なら霊視をした本人の仕事なんだけど――」



 そう当弥が話そうとしたところで今にも死にそうな顔をしている栞が立ち上がった。



「大丈夫かい? 俺も霊視したから分かるけど初めて見るのがアレじゃそうなるのも無理ないよ。研修ではあるけど無理はしないで」

「平気です。――もう落ち着きましたので、お気遣い頂きありがとうございます」



 そう話す栞だが顔は青く、今にも倒れそうな様子だ。



「その様子だし俺達も覚悟してる。じゃさっそく中の様子を聞かせてくれ」


 植島がそういうと呼吸を整えた栞が語り始めた。少したどたどしい感じの話し方ではあったが、栞が何を視たのか、何を感じたのか。そして中に救助へ入ったチームがどうなったのか。それをまるで体験していたかのように話している。






「――おい。ちょっと待ってほしい。今のはどこまで本当なんだ?」



 栞が見てきたモノをすべて話した後、植島の第一声だ。彼らの様子を見ると3人とも戸惑った雰囲気を感じる。



「研修中なんだろ? だから少しオーバーに話した。そんな感じじゃないのか?」

「賀茂君の気持ちはわかるけど、俺も霊視したからね。栞ちゃんの話はすべて事実だ。誇張は一切ない。それは俺が保証するよ」



 口にタバコを加えながらそう話す当弥の言葉に賀茂と呼ばれた男は茫然とした様子だ。とはいえ無理もないように思う。今の話が本当だとすれば恐怖を覚えたら最後、随分な重傷を強制的に負わされるようだ。

 霊界領域。京志郎さんからの話がすべて事実だとすれば上位の霊界領域は別の法則が働いているそうだ。それはこの星に重力という重りがあるのと同じように侵入者に強制させるものだと聞く。最初聞いた時は面倒な場所という程度の印象だったが、まさか人の感情にまでそれを当てはめてくるようなものがあるとはね。



「待ってくれ。じゃなにか? 中で怖いと思っただけで、攻撃を加えられると?」

「そういう事になるね。うーん、俺も結構色々な霊界領域を見てきたけど、かなり悪質だな。どうする? 入ったら最後出られないみたいだし、別のチームを呼ぶかい」

「それは――少し時間をくれ」



 当弥の提案に植島は苦虫を噛み潰したような顔をする。気持ちは何となく理解できる。ここまで来て中の様子を聞いて無理そうだからやっぱり別の人を呼ぶというのはプライドが高ければ難しいだろう。アーデから聞いた感じだと彼らがいる参霊会って事務所は結果重視みたいな場所らしいし、ここで引けば退所する結果にすらなり得るのかもしれない。



「ねえ。別にこのまま4人で行けばよくない? 聞いた感じホラー耐性あれば大丈夫そうだけど」

「そりゃお前は得意だろうけどな。亮介はどうだっけ?」

「程度によるな。さっき話を聞いた感じなら大丈夫だと思うが……」

「なら行ってみようぜ。多分だけど霊界領域の法則に特化したタイプっぽいんだよな。だからアイテムの入手を30分以内にやるって所がネックなだけで本体は大したことないと思うぜ」



 植島と一緒にいる少し軽そうな男が手を振って俺の名前を呼んだ。



「おーい! そっちの人。ホラー大丈夫な感じ?」

「おい、忠。いきなり話しかける奴があるか」

「いや、亮介。さっきの提案受けようぜ。ランクⅧなら戦力としても十分だろ? それにこっちの指揮下に入るって言ってくれてるんだ。有難くその提案受けるべきだ」



 どうやら植島は少し考えている様子だが、他のメンバーは中へ入る事を賛成している様子らしい。今の話を聞いてもその様子という事は随分自信があるという事なんだろう。



「俺は全然平気だよ」

「だってさ。4人で固まって移動すれば案外そこまで怖くないかもしれないぜ」

「忠。お前は楽観的すぎるんだ。どう考えてもここの領域はおかしすぎる。もっと慎重に……」

「亮介は慎重すぎ。ようはかなりリアルなお化け屋敷って事でしょ? なら平気よ」

「ほら望もそう言ってるしさ。それにチャンスだ。ランクⅧの助っ人がいるとはいえ、俺達だけでステージⅢの領域を突破出来ればそうとう霊力が強くなる」

「それは――そうだが……」




 なにやら随分もめている様子だ。栞の方へ視線を向けると先ほどより随分顔色が戻ってきているようだ。心配そうな目で俺を見ている。大丈夫だというつもりで手を振ると後ろにいる篤という青年に睨まれた。



「勇実さん」



 気が付くと3人が俺の近くへ来ていた。



「決まりましたか?」

「ああ。恐らく戦力としては貴方が一番だろう。ただ経験がないというのは俺からすれば素人と一緒だ。悪いが中へ入ったらそっちの提案通り俺たちの指示には従ってもらう。それで構わないか?」

「ええ。ではそれで」



 では、プロのお手並みを拝見といきますかね。



「決まったみたいだな。じゃ空。念のため用意してたアレを配ってくれ」

「わかりました」



 そういうと空が1枚の用紙を配り始める。内容を見るとここのお化け屋敷の詳細が書かれているようだ。



「万が一と思い、最低限ここのお化け屋敷の概要をまとめたものです。もし領域内がそのルールを模倣しているのなら役に立つでしょう」

「助かります」

「いえいえ。ではどうかお気をつけて」



 そうして俺たちはお化け屋敷の入り口へ集まった。一応先頭は植島でその後ろから俺を含めた3人が並んでいる状況だ。



「一応定期的にこっちで霊視して中の様子を確認する。知っていると思うけどこっちから中へ通信は出来ない。だからこちらの判断で場合によっては追加の戦力を呼ぶよ。そっちでは30分経過しても攻略の目途が見えなくなったらとにかく生き残る事を考えてほしい」



 当弥の言葉を聞き、俺達は中へ侵入した。










「これはどういう事?」

「いや、俺に聞かれても」





 4人で中に入ったのに、何故かここには俺と望という女性だけ。早くも分断されてしまったのだった。




――――

更新が遅くなりました。

申し訳ありません。



 


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