第258話 恐慌禁死のかくれんぼ10

「くそ……どうして俺たちがこんな目に遭うんだ」




 暗い通路を歩き、階段を上っている途中幸次がそう呟いた。無人であるはずの建物にその小さな声が反射しているのか思ったよりはっきりと聞こえる。



 1カ所目のアイテムが隠されているスタッフステーション。距離はそこまで遠くない。後は階段を昇り、少し進めば目的地だ。だが先ほどの襲撃の一件が尾を引いている。アレは霊と呼べるものではなかった。武司の攻撃は空を切るように無意味なものであったにも関わらず、愛は確かに触られた感触があったと言っていた。



「……もうすぐスタッフステーションだ」

 


 武司はそう言うと、後ろを歩いている2人に視線を送る。2人は傷だらけの顔を強張らせている。武司は新たに気づいたここの法則を既に伝えている。恐怖を感じたかどうか。それが傷を受けた2人と無傷の武司の違いであると。あの時、武司は恐怖を感じる以前に、敵の襲撃だと考えた。だがら恐怖ではなく危機感の方が勝っていたのだ。だからこそ、すぐに動けた。でも2人は違う。愛は足を掴まれいつの間にかいた老婆に恐怖し、幸次も突然現れた老婆が映画に出てくる悪霊に似ていて恐怖を抱いてしまった。




(……質が悪い)




 武司は心の底からそう思った。霊が当たり前の世界となり、ホラー系のエンタメは急速に廃れていった。無理もない。空想だと思っていた霊が、悪霊が現実のものとなったのだ。ただ悪霊に襲われ、一方的に狙われるジャンルはもう流行らない。なぜなら霊が襲ってくるなら霊力で対抗すればいい。そう考えてしまうのだ。ホラーはフィクションではない。現実だ。ただそれでも完全に廃れていない理由がある。




 

 それは恐怖心を手ごろに味わえるという点だ。






 普通の日常で恐怖心を感じる事は少ない。それを幽霊という非現実的なフィクションを通じて手ごろに味わえるのがホラーだ。では霊が現実になった今、すべてのホラー作品が怖くなくなったのか? それは違う。あくまでホラー系のエンタメが現実の霊とは違うという点で廃れたのであって、今まで恐怖を感じていたものが怖くなくなったわけではない。今の時代に生まれた子供たちなら違うのだろうが、この世界に変革されたのはまだたった1年。それで人の意識は簡単に変わらない。


 ましてやお化け屋敷は一味違う。五感すべてで体感するホラー。かつての世界でもお化け屋敷に誰が本物の霊がいると思うだろうか。そう誰もいない。霊がいないと分かっていても、恐怖心を味わうために行き、的確に恐怖心を煽るようにセッティングされたセットに、演出に、演者に驚き、恐怖する。

 では今はどうか。霊はいる。以前とは違い霊はいるのだ。そして命が掛かっている。そのうえ、的確に恐怖を与える作りであるにも関わらず、恐怖を感じてはいけないというプレッシャー。




(怖がるな。冷静になれ!)




 怖がってはいけないという気持ちが余計に未来の死を暗示させ恐怖が加速する。




 


 カンッ。




 何か硬い物が、落ちた音が周囲に響く。




「ッ! どこだッ!!」




 武司は音のする方へがむしゃらに風の刃を放つ。風圧で汗ばんだ髪がなびき、生暖かい空気が周囲に漂ってくる。武司の額から頬へ、そしてそれは顎へと流れ床へ落ちていった。それを汗だと思い手で拭うとそのの温かさを感じ戦慄する。

 

 


 ゆっくりと視線を下ろし先ほど拭った手を見る。暗い階段。手元にあるライトの光に照らされたソレは赤い光沢を放っている。



「あ、ああ――」

「落ち着け、武司! 深呼吸をしろ! 怖がるなっていったのはお前だろう!」

「なあ。俺の顔どうなってるんだ? 痛みがない。でも違和感があるんだ」

「いいから落ち着け!」



 胸倉を幸次に掴まれ、周囲に武司の血が飛び散った。幸次の顔にも武司の血が飛ぶがそれを気にしている場合ではない。



「俺も何がなんだかわからない! でもこのまま制限時間が過ぎたら確実に碌でもない事が起きる! わかるだろう!? もう20分切ってるんだ、急ぐぞッ!」



 そういうと幸次は武司の手からライトを奪いとり、先頭を歩いて階段を上がっていった。それを見て、武司は滴る自分の血が階段を赤く染めていくのを見ながら拳を強く握り、後へ続く。



 3人はスタッフステーションへ到着。端末のマップにはこの周辺に目的のアイテムがあると記されている。



「急いで探すぞ。何かあるはずだ!」

「ええ」

「わかった」



 幸次の言葉に武司と愛は近くのテーブルにライトとタブレットを置き、それぞれ調べ始める。見た所普通の事務室のような作りだ。周囲に書類棚があり、パソコンがあるだけだ。ぱっとみた印象では特別違和感のある物が置かれていう様子はない。3人は手分けして棚を調べ、引き出しを開け、どこか角か隅に隠されていないか探す。


 

「くそッどこだ!」



 もう少し事前にこのお化け屋敷を調べておくべきだったと後悔しつつ、辺りを散らかし、床には様々な小物や書類、そして3人から流れ出す血で床を汚していった。





 その時。





 ビビビビビビッ。





 3人が手を止め、一斉に一か所へ視線を向ける。そこには壁に取り付けられた電話が鳴っている。しかもただの電話ではない。電話の近くにその病室のナンバーが掛かれその横に小さな赤いライトが設置されている。一見してすぐに理解した。




「――ナースコール?」



 

 ビビビビビビッ。




 今もなお鳴り響くコール音。3人の心臓の鼓動が早くなっていく。



「……無視しよう。それより見つかったか?」

「い、いや。まだよ。残りはこの書類棚の中だけど、全部中を確認しましょう」

「ああ。急ごう」



 張り付くような緊張感の中、横開きの棚を開き、書類を取り出す。中にはカルテなどの書類が多く入っていた。それを取り出し端を摘まんで地面に向かって軽く振ってみる。もし書類の中に何かあればそれで床に落ちるはずと考えたからだ。




 ビビビビビビッ。





 無言で書類を漁る3人であったが、この鳴り響くコール音が鳴りやまない。その時、我慢の限界だった幸次が動いた。



「うるせんだよぉッ!!!」



 霊力を込めた鎖を操作しコール音が鳴る受話器を破壊する。飛び散る破片と共に先ほどまで耳に残る程だったコール音がようやく消えた。






『苦しい……看護師さん――お腹が苦しいよ……助けて……』





 壊れた受話器から男の声が聞こえる。まるでスピーカーで響かせたかのようにはっきりと聞こえる声に3人は顔を強張らせた。だが問題はそのあとだ。




『看護師さん。落としてしまって……一緒に拾って下さい……すぐそっちに行きますね』




 通話が切れる。そして3人は理解する。ナニカがここへくるのだと。




「さ、探せッ! 早くッ!!」




 何がここへ来るのか分からない。だが僅かな光しかないこの場所に何かが来る。それだけ恐怖を覚えるにはあまりに十分だった。さらに怖がってはいけないという感情が余計に拍車をかけている。我武者羅に書類を漁り、中に何かないのかと祈るような気持ちで探し始めた時、愛は自分の持っている書類に違和感を感じた。



 紙の束を同じように摘まんで振ってみるが何も落ちてこない。だが妙な重さを感じる。直感に導かれるように手に持っている書類を捲る。顔から垂れていく血で滲んでいく書類を乱暴に捲りそしてようやくソレを見つけた。




 そこには1枚の用紙に写真が3枚張られている。そして写真の近くに小さな鍵がセロハンテープで張り付けられていた。


 だが愛の視線はその鍵ではなく、写真から目が離せなかった。そこには――3人の男女のが映っている。場所はどこかだか分からない。ただ手術室のような場所だ。そこに裸で寝かされ、腹を開かれ、内臓がすべてなくなっている……。






 武司と幸次、愛の姿だった。





「きゃああああああッ!!!」




 思わず写真を放り出し悲鳴を上げる愛。それに気づいた2人がすぐに近づく。そして言葉を失った。悲鳴を上げた愛の顔は片目が大きく損傷し、左手がまるでチーズのように縦に割かれていた。



 武司は思わず口から大量の胃液を吐き出し、幸次は血の気がなくなった様子で尻餅をつく。



「ねぇッ! 私どうなっているの!? 前がよく見えないのッ! それに手が、手がぁぁああああ!!!」




 3つに割かれた自分の手を見ながら血と涙を流し叫ぶ愛。血が止まらず、叫びをあげたまま愛は次第に叫ぶ声さけもなくなりそのまま静かに倒れた。





 目の前の現実を武司は受け入れられない。この霊が当たり前になった世界で霊能者試験を受けてから出会った愛とはずっと長く苦楽を共にしてきた。そんな愛の傷ついた姿を見て武司も苦しみながら涙を流す。



「愛、愛ッ! 起きろッ! 目を覚ましてくれ!!!」



 震える身体でゆっくりと動かなくなった愛の傍へ行く。そして気づいた。先ほどまで一緒にいた幸次がずっと静かなのだ。ゆっくりと武司は振り返る。すると腰を抜かし、涙を流している幸次が大きく口を開けたまま見ていた。



 


 全身に鳥肌が立つのを武司は感じた。そう忘れていたのだ。あの受話器の声の存在を。





 武司の本能が叫ぶ。上を見てはいけないと。だがまるで操られるようにゆっくりと、ゆっくりと首を動かし、眼球が僅かに上を見て――そこにぶら下がっているモノに気が付いた。




 一体いつからそこにあったのだろうか。





 首には何か紐状の物がくくられており、その影響か僅かにぶら下がっているソレは揺れている。口から長い舌がまるで蛇のようにだらりと垂れ、開かれた腹から腸がまるでロープのように垂れ下がり、床にいくつか内臓がぶちまけられている。




『すみません――僕の内臓――零してしまって……拾って頂けませんか』


 



 そう声が聞こえた時はもうだめだった。幸次は頭部が切り裂かれ、毛髪ごと皮がまるで果物の皮のように剥がれて落ちる。そのあと、片方の足が千切れるように切り裂かれ倒れた。




「あ――あ……武司、俺は――たすけ……」

「どこだ――幸次! どこにいるんだ!」



 武司はもう動けなかった。恐怖による硬直だけが原因ではない。同じものを見て恐怖を植え付けられた武司の眼球は両目とも切り裂かれ視界が完全につぶれてしまった。完全な暗闇へと落とされた武司は痛みがないため、何故何も見えないのか分からない。それでも仲間を助けようと少しずつ這いつくばりながら移動し何か生暖かいものが背中へ落ちた。



「く、来るなぁッ!!!!」




 狂乱しながら周囲へ風の刃を展開する。どこにいるかも分からない、ただ少しでも自分の身を護るためにとにかく周囲を薙ぎ払う。この時、何も見えない武司は幸運だったのかもしれない。



 自身の使う風の刃で切り刻まれる愛と幸次の身体。血と肉が風と舞い上がり、周囲を地獄絵図へと変えていた。辛うじて息のあった2人であったが、武司の攻撃により絶命。そのまま狂乱状況であった武司は霊力をすべて使いきり、その場で喉が裂ける程の絶叫を上げそのまま倒れた。



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