第257話 恐慌禁死のかくれんぼ9

 栞がお化け屋敷の入り口にそっと触れる。目を瞑り深呼吸をしながら精神を落ち着かせていた。栞にとって今回の依頼は望んだものでない。ただ逆らう事もできず、自由がない状況からようやく外へ出る機会を得るためのものだった。

 後は親戚である篤を適当に言いくるめて自分の力で、嘗ての事務所であったマンションを霊視する。そうすれば霊視能力の低い栞であっても礼土の行方を掴む可能性があると考えたからだ。



 ただその思惑は綺麗さっぱり消え去った。まさか最初の外出でずっと探していた人物と再会するとは思っていなかったのだ。嬉しさと疑問が入り混じり、醜態をさらしてしまったが栞にとっては大きな一歩だ。あとはこの仕事を無事やり遂げ、引き続き今の状況を維持する事。失敗すれば現場にすら回されずもっと面倒なことになると栞は直感していた。



 目を開き、息を吐きながら霊力を流す。ゆっくりと建物に浸透するように。




 すると栞の頭の中に映像が流れてきた。集中するためにもう一度目を閉じる。まるで電波が上手く拾えないノイズだらけの映像だったがそれは次第に鮮明なものへと変わっていく。








「2人とも。目標は中に閉じ込められてる人たちの救出と偵察だ」

「なあ、武司。出来立てだし俺達でも祓えんじゃない?」



 そう話すのは両手に鎖を握っている少し軽薄そうな男だ。彼は自身の霊力を漲らせている愛用の鎖をまるで生き物のように操っていた。そんな様子を見ていた女性がため息を吐きながら注意する。

 

「幸次。あんた下手に欲出すとろくなことないわよ」

「うっせぇよ愛。そろそろ大きな仕事クリアしてみたいじゃんか。なあ武司」



 幸次がそういうと武司は少し苦笑いをする。3人でチームを組むようになり、それなりに場数も踏んできた。でもまだランクⅣ止まり。Ⅴへ上がるためにはもう少し強い悪霊と戦う必要があった。より強い悪霊を祓えばその分得られる霊力も当然増える。足踏みし始めている3人にとって今のランクⅣという壁はあまりに大きくなっていた。



「気持ちは分かるけど、俺らに依頼されたのは救助と偵察だ。色気を出すのは止そう」

「はいはい。わーったよ。……それにしてもお化け屋敷で霊界領域ってのはなんだかなぁ」



 3人は現場にもっとも近くにいたという事もあり、真っ先に救助の依頼を受けた。それから泣きじゃくる受付のスタッフから簡単に話を聞き、警察に誘導されて中へ入ったのだ。

 


「ここのコンセプトって廃病院だっけ? ほんとそれっぽいな」

 


 

 ここはエントランスのようだ。大きな支柱が何本もありその周囲を囲むようにソファーが設置されている。当然ソファーはすべて痛んでおり、とてもじゃないが座りたいとは思えない。そしていくつもの受付がボロボロの状態で並んでおり、それを待つための椅子も朽ちた形で並んでいる。

 


「確かに本格的だな」


 武司は足で強く床を踏んでみる。僅かに弾力がある。ゴム製の材質のようだ。



「私、病院嫌いなのよね。さっさと探しましょう」



 愛はそういうと髪を何本か抜く。それを合図にしたかのように武司と幸次は鞄から沢山の小さなぬいぐるみを取り出した。愛から渡された髪を人形の綿の中へと入れていく。すべての人形に髪を入れ終え、床に置くと愛が手を叩き始めた。



 パンパン。




「動け」




 そういうと人形たちが意思を持ったように立ち上がり始める。




「この中に私たち以外に生きた人間がいるわ。それを探してきて」



 そう命令すると人形たちはそれぞれバラバラに動き始めた。短い手足からは想像も出来ないような俊敏な動きで散っていく。それを3人は見送っていた。



「相変わらず愛のその霊能力便利だよなぁ」

「結構分散させたから、あれ動かしている間は私戦力にならないわよ。ちゃんと守ってよね」

「わかってるって」



 そういうと幸次は両手で鎖を握り、思いっきり引っ張った。するとまるで意思があるかのようにバラバラとなっていく鎖。それが青白い光を放ちながら周囲へ散らばるとそのまま床へ落ちる事なく空中に漂い始める。



「これで霊が来れば自動でこいつらが攻撃する。防御面はそれでなんとかなんだろ」



 そういうと幸次はまた別の鎖を取り出し霊力を込め始めた。



「ああ。2人ともありがとう。愛、人形たちが閉じ込められた人を見つけたら教えて」

「もちろんよ」

「OK。出来立てとはいえ霊界領域内だ。。気を付けよう」



 3人は十分な備えをしてから歩き始めた。広いエントランスには当然だが誰もいない。だが薄暗く、仄かに明滅している照明など雰囲気はまさにお化け屋敷といっていい。



「くそ、思ったより広いな。これステージⅡか?」

「……そうみたいね。思ったより時間かかるかも」




 霊界領域にはステージと呼ばれるレベルが存在する。ステージⅠは大した事はない。ただ霊の気配がないだけだ。霊界領域内はその霊の力で構成されているため、中に入ると周囲すべてに霊の気配を感じるため霊感では居場所を見つけられない。――そしてステージⅡとは。

 



「どうみても外から見た建物より中の方が広い。。出来立ての霊界領域でいきなりステージⅡだって? ありえるのか」

「2人とももう少し慎重に行動した方がいいかもしれな――ッ! 誰だ!」



 武司は霊力を右手に集中させ、いつでも攻撃出来る構えを取る。それにつられるように幸次と愛も警戒を強めた。武司の視線の先。看護衣をまとった女性が立っていた。人の気配は感じない。だが幸次の鎖も反応していない。



「あいつはなんだ? 人間か?」

「馬鹿。人間な訳ないでしょ、様子が変だわ」

「なら俺の鎖が反応しないのはおかしいぜ」



 幸次の鎖は霊に反応して自動攻撃するように待機させている。だというのに、目の前にいる謎の女性には何の反応もない。



「おい! 俺たちは救援にきたゴーストハンターだ。ここに閉じ込められた人なら手を挙げてくれ」




 武司の声がエントランスに響く。だが反応はない。どうするべきか悩んでいると目の前の女性が動き出した。




『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』




 口を動かしている様子はない。だが虚ろな目でこちらをしっかりと見ている。




「質問はこちらが先だ。あんたは人間か? 手をあげてくれ」



 武司は警戒を強める。だが女性は同じ言葉をただ繰り返した。

 


『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』

「警告だ。手を挙げてくれ。でなければ一度攻撃する」

『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』



 武司は舌打ちをして、霊力を貯めた右手をかざす。



「風の刃よ」



 かまいたちのように風を使い攻撃する霊能力。武司は全力であれば木を両断出来る風刃を出来るだけ抑え女性の足を攻撃した。しかし――。



 

『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』



 武司の攻撃は女性の身体をすり抜け、すぐ後ろの壁に小さく傷をつけるだけとなった。それを見て目の前の存在が人間でも霊でもない存在であると確信する。そしてその事実が3人にとある確信を持たせるに十分であった。


 



「馬鹿な。これは――ッ!?」

「嘘だろ!? 霊じゃないって事は――って事か!?」

「ありえないわ! それってステージⅢって事でしょ!!」




 霊界領域は成長する。出来立ての領域はステージⅠと呼ばれ大した力はない。だが強い霊力を持つようになると領域も成長していく。まれに最初から強い霊力を持った悪霊がいきなりステージⅡの霊界領域を作る事はある。――だが出来たばかりの領域がステージⅢの力を持っているというのは異常であった。




 

 ステージⅢ。霊界領域内に不可侵の法則が作られる。それを破った場合発生するペナルティは回避不能の攻撃として必ず受けることになる。

 有名な霊界領域である空塔域の法則は。万が一下を見た場合は、どれほどの強者であろうとも必ず空へ落とされる。防ぐ事は出来ない。それは息を止めても死ぬなと言っているのと同じレベルの法則。霊界領域にはそういった絶対の法則が存在してしまう。


 



 

 それゆえに今の現状の危機を明確に悟った武司の行動は迅速だった。

 


「気を付けろ! ステージⅢって事は既に何かの法則が始まってるはずだ! 一度脱出するぞ!」

 


 武司の言葉に2人は迷うことなく頷いた。霊界領域はステージが上がるごとにその難度は当然変わる。ステージⅠとⅡははっきり言えば大したことはない。それなりの人数で挑めば十分祓える。だがステージⅢとなると話は別だ。その難度は別次元と言っていい程高くなり、生存率は絶望的になる。


 3人は目の前の看護衣を着た女性を無視しすぐさま元来た道を走って戻る。幸いここへは来たばかりだ。すぐに出口へたどり着ける。




 ――しかし。




 武司たちは強く扉を叩く。




「糞ッ! 開けろ!! なんで開かないんだ!!!」




 扉が開かない。押しても引いてもびくともしない。まるで壁にドアノブが付いているかのような感触だ。



「どけ武司! おらぁぁッ!!」



 幸次が霊力を纏った鎖を鞭のようにしならせ扉を攻撃する。すると扉が破壊された。だが、破壊した扉の向こうはただの壁だった。



「何なんだよッ! なんで壁なんだッ!」

「……なんで。なんで出れないの!? 脱出不能な霊界領域なんて聞いた事ないわ!」




 パニックになる2人を見て武司は出来るだけ冷静になろうと努める。そしてここへ入る前のある言葉を思い出し愕然とした。




「――2人共。少しだけ分かったぞ。ここの法則が……」


 武司の言葉を聞き、2人は扉に向かって叫ぶをの止め、武司に振り向いた。



「落ち着いて聞いてくれ。思い出せ、ここのお化け屋敷の遊び方を。恐らくその内容にここの法則は則っているじゃないか?」

「はぁはぁ。――そうか。”かくれんぼ”か!」



 幸次の台詞に愛も気づいた。



「女の子がかくれんぼで行方不明になった。それを探すために3つのアイテムが必要って話だっけ?」

「ああ。恐らく、3つのアイテムを集め少女を助ける。それがこのお化け屋敷のクリア条件だ。そして――制限時間は30分。30分経過したらスタッフによって外へ連れ出されるって話だったが……」



 その先の3人は話せなかった。恐らく30分後3つのアイテムを見つけられず、少女の元まで辿り着かない場合、帰れるのか? いやそんな生易しい事はあり得ないと3人とも考える。だが少なくともその目標を達成するか、30分経過しなければ脱出は出来ない可能性がある。




「目標を変更する。救助ではなく脱出だ。ここの霊界領域は俺たちの手に余る。外に出て報告をすることを最優先としよう。どうだ?」

「異議なし。この様子だと言いたかないが救助する連中、多分死んでるだろうしな」

「私も異議なしよ。多分幸次の言う通りだと思うわ」

「なら行動しよう。このままここで待機して時間経過して完全に脱出できなくなるのは避けたい」



 3人の意見が纏まった所で次の問題はあの看護衣を着た女性だ。だがここがお化け屋敷のルールに則った領域だとすれば予想は出来る。恐らく彼女に話しかけここのお化け屋敷のルールを聞く。それがスタートの合図の可能性がある。



 

『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』




 そう語り掛けてくる女の前に武司は立った。



「……わかった。俺達が探してこよう」

『少女が行方不明になった場所へ行くためには3つのアイテムが必要になるわ。この病院内に隠されている。それを探して』



 予想通りだった。恐らくこれで始まったんだろう。気が付くと足元にライトとタブレットが置かれている。



「質問だ。アイテムってのは何だ? どんな形をしている?」

『お願い早く探して。そうでなければこの病棟に住む悪霊があなた方を殺しに来るわ』

「おい、もう少しヒントをくれ!」

『気を付けて。あの悪霊は人間の恐怖を好む。怖がらない事よ。そうしないと……』



 そういうと女性は消えた。思ったよりヒントがない。そう思いながら2人に振り向くと2人は落ちていたタブレットを早速操作している様子だ。



「どうだ?」

「大丈夫そうだ。マップが表示される。あとこれ見ろ」



 幸次が見せたタブレットの画面を見る。するとこの病院の見取り図があり、3カ所、赤い円で囲まれている範囲があった。そして画面の端にカウントダウンが始まっている。



「制限時間は予想通り30分。それまでにつまりここへ行けって事か」

「みたいだ。急ごうぜ。1カ所目は近い」

「急ぎましょう」



 武司は先頭となりライトで足元を照らしながら走り始めた。無人の病棟であるがお化け屋敷として作られているため、やはり恐怖を煽ってくる。



「まずはスタッフステーションだ。距離もここから近いぞ。武司次の角を右だ。そこに階段がある」

「わかった! 愛、人形たちの行動を変更してくれ」

「了解! 次のポイントへ移動させればいいわね?」

「ああ」



 そうして出来るだけの準備をしつつ、廊下を曲がる。その瞬間、周囲の照明が落ちた。





「ッ! なんだ!? 急に明かりが――」

「ライトも消えた? くそどうなってやがる?」

「武司。ライトは付かないの?」

「ああ。スイッチを何度入れてもだめみたいだ」





 ペタ。ペタ。




 何か音がした。3人は立ち止まっている。だが明らかに廊下の上を歩く音が聞こえるのだ。3人に緊張が走る。息遣いだけが聞こえる静寂の中で確かにゆっくりとした足音が廊下に響いた。



「そこかッ!」



 武司は霊能力使い、音がすると思われる方向へ風を放つ。だが手ごたえはない。勘違いだったのか? そう僅かに思った時だ。






 突然照明が付いた。




 思わず目を瞑り、そして足元に違和感を感じた。





「――え?」





 その声は愛のものだった。見下ろした足元に老婆がいた。骨と皮だけとなった枯れ枝のような老婆。それが異常とも言える細い指で愛の足を掴んでいる。





「きゃぁああああああッ!!!」

「ぎやああああああ!!」




 愛と幸次の絶叫と共に武司が動いた。すぐさま風の刃を老婆に叩き込む。すると幻影のように老婆は闇へと溶けていった。




「はあ。はあ。なんだ、今のは?」

「分からない。でもありがとう武司。あのままだったら私どうなっていたか」

「いや、大事に至らなくてよかっ――」




 ほっとした武司が顔を上げると目の前の光景を見て絶句する。




「おい、どうした武司?」

「そうよ。どうしたの。私ならもう大丈夫よ」





 愛と幸次は不思議そうな顔で武司を見ている。だが武司から見ればそれこそ異常であった。なぜなら……。






 「お、おまえら。その傷……いつのまに――大丈夫なのか?」





 愛は鼻から顎にかけて大きな切り傷が出来ており、唇が裂け、歯茎がむき出しになっている。歯も欠けているようで赤黒い血が流れていた。幸次は頬から耳まで切り裂かれており、その傷の深さから頬から歯が見えている。切り裂かれた耳は千切れかけており、かろうじてぶら下がっているだけだった。




 武司の蒼白した表情を見て2人は自分の顔に手を当て、そこに付着した血を見る。




「は? 血? 何がどうなってんだ?」

「え、鼻血じゃないわよね? なんか唇が変な感じになってる。ねぇどうなってるの?」




 まるで痛みを感じていないようだ。どうみても重傷だ。痛みで正気を保つことも難しいであろう程の大きな傷。だというのに2人は何が起きているのか分かっていない。



「待て、落ち着け、落ち着いてくれ。何がどうなって――」

「武司の方も落ち着け。それにしても何でこんなに血が出てんだ? 愛は――っておい! 大丈夫かのかその傷!?」

「幸次こそ! 重傷じゃないの!」




 武司は混乱していた。霊による攻撃は受けていない。だというのに何故2人はあんな傷を負ったのか。愛が傷を受けるのはまだ分かる。あの老婆に足を掴まれていた。でもそれなら足首に傷が出来るはずだ。だというのに攻撃を受けたのは顔だけ。一体どういう理屈で――。



 そして思い出す。あのエントランスで最初にあった女性の言葉。




『気を付けて。あの悪霊は人間の恐怖を好む。怖がらない事よ。そうしないと……』




 確かにそう言っていた。お化け屋敷。怖がらせる場所。恐怖を好む。



「まさか……」




 武司は気づいた。この霊界領域の厄介な法則を。





 それは、恐怖。人を驚かせ、恐怖を煽るこの場所で、決して恐怖を感じてはならないという事だった。

 





ーーーー

本当はこのシーン全部書こうと思っていたのですが、ここまで書いて文字数見て辞めました。

流石に下手したら1万文字行く予感があったため分割します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る