第256話 恐慌禁死のかくれんぼ8
「――おい!」
泣いている栞にひたすらグーで殴られていると少し若い男が声を荒げてこちらへやってきた。
「ん、なんだ?」
「なんだじゃない! 栞から離れろッ!」
「ああ。そうだな、ほれ詳しい話はまた後でだ。まずは仕事しないと」
そういって未だ拳を俺の胸部へ叩いている栞の肩を掴み、ゆっくりと引き離す。充血しまだ潤んでいる瞳と微妙に出ている鼻水。あまり女性のしていい顔ではないような気がする。俺はポケットに入っているアーデから捻じ込まれたハンカチで鼻を拭いてあげた。
「ひっく。もうどこにも行かない?」
「ああ。もうそんな予定はないよ。ただスマホ無くしちゃったから後で番号教えてくれ」
「……スマホ貸して」
分かったからそう睨まないでほしいものだ。やはり突然姿を消したのは不味かったよなぁ。そんな事を思いながらスマホを取り出すと凄まじい勢いでスマホを奪われた。いや、どうせロックとかしてないしいいんだけどさ。
「いい加減にしてくれ、あんた何もんだよ」
「こら篤君。彼は残りの招集している霊能者の1人だよ」
「は? この外国人が?」
「実力が確かなら国籍何て関係ないよ。とはいえ……てっきりチームで来ると思ったんだけどまさか1人とはね。勇実君だったかな、確かもう1人いるはずじゃなかったかい?」
同じスーツを着た2人の男。1人はこちらをまるで仇のように睨んでいる。篤と呼ばれていただろうか。少し赤味がかった茶髪の前髪から覗く眼光は妙に鋭い。俺は何か気に障るようなことをしたんだろうか。
もう1人は長い黒髪を後ろに束ねた男で少し飄々とした雰囲気を感じる。笑みを浮かべてはいるが随分警戒されている。いや俺をというより周囲を警戒している感じか。この中だと対人戦闘って括りでは多分そこそこ手練れっぽい雰囲気だ。
「貴方は?」
「失礼、自己紹介がまだでしたね。山城空と申します。貴方様には和人の弟と言えば伝わりますか?」
「む、和人さんの弟君か」
そう言われると確かに似ているような気がする。しかし弟がいたのか。顔は確かに似ているが雰囲気は随分違うもんだ。
「1人の理由だけど、俺が1人の理由だが京志郎さんから話を聞いて、1人の方がいいと判断したからかな」
「……ちょっと待った」
俺がそういうと少し離れた場所にいた3人組のうち1人が声を出してこちらを見た。雰囲気的に京志郎さんが言っていた俺以外に呼ばれた霊能者っといった所だろうか。
「何か?」
「何かじゃない。確かに大した霊力を持っているようだが、1人で来ただって? 自殺願望でもあるのか?」
「そんなつもりはないよ。もう1人の仲間はこういった荒事に慣れてないんだ。それに霊界領域へ入ったこともないからさ。だったら俺1人の方が何かあった時対処しやすいってだけで――」
「――待て。入ったことがない? 正気か」
男の顔がどんどん険しいものになっていく。まあ無理もない。これから危険な場所へ行くというのに素人が来たって感じだろうし。これだったら適当に嘘ついた方が良かったか?
「あーえっとですね……」
そう言い淀んでいると空がスマホを見ながら口を挟んできた。
「……ふむ。勇実さんは先月免許を取得したばかりですね。初取得時点でランクⅧとは恐れ入る」
「ランクⅧ……」
空の言葉に何故か篤がショックを受けている様子だ。理由は気になるが今はそれどころじゃない。空の言葉を聞き、先ほど怒っていた男性が腕組をして少し考えながら話し始めた。
「ランクⅧってのは素直に凄いと思う。こうして対面しててもあんたの霊力は感じるしな。不正で取ったランクじゃねぇだろう。だが、それと実戦経験がないのは別の話だ。あんた霊界領域の怖さを知らんのだろう?」
「確かに入ったことがないから知識でしか分からないな」
「なら余計やめておけ。下手にお前さんみたいな霊力が馬鹿みたいに高い奴をあっちで死なせてしまうとただ悪霊を強くなって状況が悪化する」
参ったな。彼の言っている事はもっともだ。仮に逆の立場ならどうだろうか。何の経験もない冒険者になったばかりの男がいきなりゴールドランクになり、自信満々に迷宮へ参加した。
彼は言う訳だ。「迷宮へ行ったことはないが実力はある。俺一人で潜らせてくれ」と。その時俺がその場に居れば多分止めない。死ぬことは確実だろうが、自分で決めた事なら仕方ないと思うだろう。
では今回はどうか。この場合問題なのは俺の実力云々の話ではない。霊界領域へ入ったことがない素人という確固たる事実が問題だ。そして中で死ぬ事は悪霊を強くする行為に等しい。ならばどうするか、そりゃ止めるだろうさ。
「えーっと貴方お名前は?」
「植島だ」
「では植島さん。提案なんだけど、俺がそっちのチームの指揮下に入るってのでどうかな?」
「……何?」
「別に他意はない。俺も推薦されてここへきている以上、じゃ後は任せますといって帰る訳にも行かない。だからそっちの指揮下に入ろう。もちろん中での命令も必ず聞く。足手まといにならない自信はるよ」
思ってもない提案だったのだろう。植島は驚き、考え始めた。正直どんな場所だろうと1人で突破出来る自信はある。というか自信しかない。だが、それを他人に説明し信じて貰う事は難しい。京志郎さんはその辺も含め俺なら大丈夫という確信があって推薦してくれたんだろうけど、初めましての他人にそれを求めるわけにはいかないしな。
「植島さん、勇実さんの提案は私も賛成です。あなた方の実績は私も把握しておりますが、ここは普通の霊界領域とは少々異なる。きっと心強い仲間となってくれるでしょう」
「空さん、いいんですか。そんな事言って。植島さんの言う通り、ランクはともかく実戦経験もない奴を中に入れるのは危なすぎますよ。帰らせた方がいいんじゃないですか」
「篤君。君はもう少し視野を広く持つべきです。確かに霊界領域に入った経験がないのはいささか不安でしょう。ですが、それ以上に彼は強い」
「――空さんが言う程ですか?」
「ええ。私と彼が戦えば……そうですね。1秒持てばいい方じゃないですか」
随分持ち上げてくるな。何か企んでたりする感じかね。
「はい! いい加減話をまとめようよ。おじさん疲れたわ」
「ええ。当弥さんの言う通り、あまり時間も押したくありませんし、行動しましょう。まず栞に中の様子を霊視してもらいます。そして視た内容を伝える。それは大丈夫ですか?」
2台のスマホと格闘していた栞だったが、その顔にもう涙はなかった。少し安心した所で俺の預けていたスマホを受け取る。
「あとで電話帳の人が誰なのか聞かせて貰いますからね」
「え、あ、はい」
「当弥さん、私はいつでも大丈夫です!」
なんか怖いんだが。変な番号あったか……?
「んじゃ、それで霊視しよう。そうすればどんな霊界領域なのか大よその雰囲気は分かるはずだ。そのあとは突入。さっきの件は栞の霊視の話を聞いた後にしよう。それでいいかな?」
その場の全員が頷き、栞は意を決したように件の建物へ近づいた。
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