第260話 恐慌禁死のかくれんぼ12

 ――植島亮介 視点――



 扉を開け、中へ入った。最初はただの真っ暗な通路だ。明かりもなく自分の手が辛うじて見える程度の闇。周囲に明かりはないが、この通路の先から漏れる明かりを頼りにそちらへ歩いた。そして歩き出た先はあの神城のお嬢さんが言っていた通りの場所だ。


 まるで病院のロビーのような場所。雰囲気的に小さな病院などではなく総合病院並みの大きさだというのがそれだけで理解できる。なるほど確かに空間が拡張されているのだろう。



「よし、全員いるな? まずは話にあったライトとタブレットを渡す看護師を探そう」

「いや、待て亮介! どういう事だ!? 俺達しかいないぞ!」

「は? 何を言って――」



 忠の言葉に俺は後ろへ振り返る。そこには周囲を必死に探す忠だけだった。望の姿も、あの勇実もいない。



「まさか、俺達しか入ってない?」

「いや、そんなはずないぜ。入口に入った時、確かに後ろに2人が付いてきてた!」

「なら、どうして!」


 必死に忠と2人で周囲を探したがやはりその姿も形も見当たらない。まさかいきなり初手で躓くとは考えもしなかった。そう焦っていると忠に呼ばれる。



「亮介! これだ、これみろ」

「見つかったのか?」

「いや、違う、そうじゃない。これだ!」


 そういって忠が4つ折りの跡が残っている紙を取り出していた。



「これだ、ここのルールを見てくれ」



 俺は忠から紙を受け取りその内容に視線を向ける。これはここへ入る直前に渡されたものだ。確かにまだ詳しい内容に目を通していなかった。だがそこに書かれている内容を目で追い、混乱した頭で要約しているとある部分に気が付いた。



「――一度に行動できる客は3名? まさか……」

「ああ。多分これだ。俺達は4人で一緒にここへ来ただろ? だから定員オーバーで2グループに分断されたんじゃないか?」

 


 俺は思わず手の中にある紙を強く握り、地面に叩きつけてしまう。迂闊だった。聞いていた話では”恐怖を感じてはいけない”というものと”入ったら脱出できない”、”3つのアイテムが必要”それだけに注意していればいいと考えていた。

 だが実際は違う。恐らくこの霊界領域の法則は2つ。1つは恐怖に対する絶対攻撃、もう1つはこのお化け屋敷のルールの強制。


 このお化け屋敷は一度入場したら30分以内に指定されたアイテムを見つけなければクリアできない。そして30分過ぎてもクリアできない場合は出口へ向かう。それが成されない場合スタッフに誘導され出口へ行くというものだ。

 これがどの程度強制されている法則なのかは不明だが、ここまでの情報の時点で入場者数も事前に予想することは出来たはず。だというのに俺たちは貰った情報をろくに確認もせず中は入ってしまった。



「3:1で分かれるんじゃなく、2:2で別れたっていう事は不幸中の幸いというべきか」

「なら早く合流すべきだ!」

「ああ。俺達が入口にいるって事は恐らく別の場所に飛ばされているって事だ。早めに移動しよう」



 

 忠と最初の指針を作り移動しようとした時、女の声が響いた。



 『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』




 来たか。 確かここで話を進めるとお化け屋敷が本格的に動き始めるはずだ。なら――。



「一度無視しよう。あの看護師と話さなければここのギミックはこれ以上動かない可能性がある」

「ああ、わかった」



 俺たちは一度目の前の看護師を無視しそのまま通り抜ける。そして数mほど走り、病院内へ入ろうとした時だ。何かにぶつかった。




「ッ! なんだ?」

「こりゃ――壁か?」



 見えない壁のようなものが展開されている。軽く叩いてみたがびくともしない。これは――。



「始めないと先に進めないって事か」

「どうする亮介?」

「――やるしかないか」




 俺たちは一度元の場所に戻り例の看護師がいる場所へ行った。

 



『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』

「わかった。探してくる」

『少女が行方不明になった場所へ行くためには3つのアイテムが必要になるわ。この病院内に隠されている。それを探して』


 すると足元にライトとタブレットが現れた。


『お願い早く探して。そうでなければこの病棟に住む悪霊があなた方を殺しに来るわ。気を付けて。あの悪霊は人間の恐怖を好む。怖がらない事よ。そうしないと……』




 そういうと女は煙のように消えていく。俺達はすぐにタブレットを拾い画面を確認する。すると聞いていた通り、この病院の地図のようなものが表示されていた。円で記された箇所は全部で3つ。これも聞いてた通りだ。



「上手くすればこれで合流できるかもしれないな。まずは……2F……スタッフステーションか」

「あれ、場所って毎回変わるんじゃなかったか?」

「もしかしたらアイテムの位置変更は一定時間ごとなのかもしれないな。救出チームが入ったのは俺達より数時間前だったからまだ同じなのかもしれない」


 だとすれば少しは運が向いてる。向こうも同じタブレットを見ているなら恐らくスタッフステーションへ行くはずだ。なら早めに合流できるかもしれない。



「忠、アレを出す」

「わかった」



 俺は自分の腰のポーチから小さな粒を取り出した。これはドッグフードだ。こいつらを呼ぶための餌。



「こい、ポチ、タマ、ゴン、テリー」




 地面にドッグフードをばらまくと4体の動物霊が出現した。ポチは柴犬、タマはミニチュアダックスフンド、ゴンはラブラドールレトリーバー、テリーはシベリアンハスキーだ。

 輪郭が少しボケ、半透明の犬たち。ただしその大きさは普通の犬のそれではない。4体の犬型の動物霊は自然の倍近い体長となっている。



「よし、ポチとタマは望の捜索をしてくれ。ゴンとテリーは俺達と一緒に来い」



 そう命令するとポチとタマは一斉に通路の向こうへと走り出した。これは俺の霊能力で動物霊を従えている。この4匹は全部俺が昔飼っていたペットと同じ名前だ。どういう訳か名前を与えたら俺の記憶にある動物霊の形へと変化していった。だから正確に言えばあの見た目通りの犬種の霊ではなく動物霊の集合体なんだろうと考えている。



「行くぞ忠」

「ああ」




 俺達2人は暗闇の廊下へ足を踏み出した。



「なんつうかマジで病院みたいな臭いするな」

「そうだな。消毒の匂いというか、なんていうか……」





 そこまで言葉を言い俺は気が付いた。そうだ、まるで本当の病院みたいだなと。周囲を見れば随分廃棄され長いこと放置された病院のようだ。いやよく再現されているというべきか。だが匂いまで再現できるのだろうか。



 お化け屋敷は学生時代何度も行ったことがある。作りこみが凄い場所も多く見た。でも匂いまでその場所を再現出来た所はあっただろうか。セットされた場所というのはあくまで作られた場所であって本当に”その場所”ではない。だからどうしても錯覚してまう。




 ここは本当に病院なんじゃないかと。





 カランッ!



 


「ッ!?」

「ッ! なんだ!」



 俺と忠は同時に振り返った。だがそこは既に闇へ落ちた通路だけ。ライトを向けるがあまり役に立たず、僅か手前の床を照らすだけだ。

 



「おい! 何か音がしたぞ。金属のようなものが落ちた音だ!」

「落ち着け忠。あの嬢ちゃんが言っていた奴だ。あの話通りなら霊じゃない。恐らくだがこれから俺達を驚かせようとしてくる者たちはこちらを恐怖に貶める幻覚、幻聴の類だと思う」

「なるほど。なら霊みたいな奴が出ても出来るだけ無視した方がよさそうだな」



 そう話、あの音は無視しようと決めた。2階へ行くための階段はまだ距離がある。急ごう。そう考え一歩踏み出した時。



 カランッ。




 またあの音が聞こえた。俺と忠は互いに沈黙しその場で硬直してしまう。頭ではわかっている。あれは無視しなければならない罠だ。そうさ、万が一何かがこちらを襲ったとしても俺の霊たちが反応する。




 カランッ。





「……近づいてないか?」

「くそ、走るぞ」




 俺たちはすぐに駆けだした。大人しく待つ馬鹿などいない。幸いあの音は俺たちの後ろからやってきている。ならさっさと走って――。




「ッ! 待て、前からも何かくるぞ」

「くそ、なんだありゃ!」



 廊下に足音を響かせ何かがこちらへ走ってくる。こちらも走っているせいですぐにその姿が露になった。




 それは、片方の足が逆方向へ曲がり、右手には注射器、左手にはカルテを持った、首が横に90度折れ、首から骨が今にも飛び出しそうな看護師だった。口から下を出し、肌の色は土気色となっている。



『回診の時間です。植島さん、賀茂さん――血、血――ち、血をとりましょう』

 



 幻覚、幻覚のはずだ。――いや、だがしかし。

 

 

「くそ、忠!」

「ああッ!」



 忠はポーチに手を入れそこに詰まった砂を取り出す。それを思いっきり目の前の看護師に投げつけた。忠は霊力を混ぜた砂を操る事が出来る。一度に操れる量は少ないが、その代わりただ砂を投げただけでも霊力の籠ったそれは悪霊であればハチの巣にできる程の威力へと変わる。


 忠が投げた砂は宙を舞い、既に眼前へ迫った看護師の身体に直撃した。その途端、予想しえなかったことがおきた。





 それは――看護師の身体が弾けた。まるで散弾銃でバラバラになった




 走った勢いもあり、看護師だったものを俺たちは間近で浴びてしまった。鼻を刺激する血の匂い、飛び散る肉と骨。細かく千切れたピンク色の内臓たちがまるで雨のように降りかかる。




「うわぁああああ!?」

「くそっ!! なんだこりゃ!!!」




 これは幻覚なんかじゃない。この生暖かい血液も、内臓も、全部全部全部!!






 

 カランッ。





 すぐ後ろでその音がする。俺は咄嗟に跳躍しその音から距離を取った。忠も俺に続きそれから距離を取ろうとジャンプしようとして――忠は床に転んだ。



「ッ! くそ、離せッ! 離せってんだ!!!」



 後ろにいたそれは点滴を受けている入院患者のようだった。床には点滴スタンドが転がっている。



『どうして、見舞いにこない、どうして、どうして』



 窪んだような眼窩には血走った目が赤く輝いている。細い骨だけとなった腕で食い込むように忠の足を掴んでいた。そして――。



「テリー!」



 忠の足に噛みつこうとしていた男を止めるべくテリーを嗾ける。すぐに行動を起こしたテリーはその男の首を噛みちぎった。

 


「くそ、くそくそ!!」




 何を逃れた忠はすぐに掴んでいた手を外し立ち上がって、自分の身体に降りかかった血や臓物を叩き落す。それを見て俺も慌てて自分の身体に乗ったままのそれらを叩き落とした。心臓の鼓動がうるさい。




「なんだよこれ! ホラーっていうかスプラッタじゃねぇか!」

「まったくだ。とにかく急いでここから――」





 そう言いかけて俺は気づいた。自分の口に違和感を感じる。そっと頬を手で触れようとしてみると、そこには何故かむき出しの歯に手が触れる。震えた手をそっと何度も触れる。感覚で分かる。頬が抉れていると。馬鹿な、驚きはしたがそこまで強い恐怖は――。




「た、忠……」




 思わず近くにいる仲間の名前を呼びそちらへ顔を向ける。そこには片方の耳が半分以上千切れかけ、ぶら下がった状態になっている忠の姿があった。









 


 ――勇実礼土 視点――

 





「つまり、人数制限で分断したってこと?」

「多分ね。んでどうする」

「ん……仕方ないし私たちで動きましょう」




 周囲に設置されている椅子に腰を下ろし俺は目の前の女性と話をしていた。最低限の自己紹介をしてこれからどうするかという話をして今に至る。当初4人で潜ったはずだがまさかいきなり分断とは恐れりる。いや恐れ入っちゃだめか?




「よし、じゃいこうか。どうする? 一応君の指示を聞いた方がいいかな?」

「別にいいわ。2人しかいないんですもの。意味ないでしょ」

「じゃ、あの人に話してみようか」



 ずっとこちらを見ている看護師の女性の方へ視線を向ける。俺は椅子から立ち上がり、彼女の前に立った。



『少女がかくれんぼをしていて。行方不明なの。どうかあなた方に見つけてきてほしい』

「了解。頑張るよ」

『少女が行方不明になった場所へ行くためには3つのアイテムが必要になるわ。この病院内に隠されている。それを探して』



 すると足元にタブレットとライトが現れる。このタブレットは漫画とか読めるのだろうか。いや流石に無理か。

 


『お願い早く探して。そうでなければこの病棟に住む悪霊があなた方を殺しに来るわ。気を付けて。あの悪霊は人間の恐怖を好む。怖がらない事よ。そうしないと……』

「ふむ」




 そういうと看護師は消えた。振り返ると望さんは落ちているタブレットを拾って既に画面を見ているようだ。



「っていうか今どこなんだろうね」

「わかんないけど、ここへ行けば合流できるかも」



 そういって指を指した場所はスタッフステーションだ。なるほど、栞の話にも出ていたし、同じ場所が指定されているなら確かに行けば会える可能性が高いか。



「でも、ここがどこだか調べるところからかね」

「そうね」

「あ、そうだ。緊張しないように楽しい話をしない?」

「え、やだ」



 だめか。初対面の人とこんな場所で何話せばええんや。仕方ない適当に話して場をつなごう。そのうち合流できるだろうし。



「これはちょっとした想像なんだけどさ、まず恐怖ってなんだろうって考える訳よ」

「急に何?」



 俺は手にもったペンライトを持ち、顔の下から光を照らす。



「恐怖ってやつは感情だよね。でも単に恐怖って言っても色々だと思うんだよ。例えば嫌いな物に追いかけられたらそりゃ怖いだろ。嫌いなものある?」

「虫とかは無理」

「じゃあ、例えば超巨大なゴッキーがそこの通路から走ってくるとしよう」



 そういって俺は振り返り闇へと続く通路に光を当てる。するとすぐ目の前に誰も乗っていない車椅子を押している男性の看護師がいた。土気色の顔、こぼれた眼球、その穴からは虫が湧き顔を這いずりまわっている。



「ちょっ!?」

「あ、邪魔、邪魔。……ほら、それって想像すると結構怖いじゃん」



 そういうと道を塞いでいた看護師を蹴り飛ばした。看護師は車椅子ごと通路の奥へ吹き飛び消えた。俺はライトをその通路に向けて話を続ける。あの暗がりから巨大なゴッキーが襲ってきたらそりゃ怖いだろうなと考えた。



「だから、怖いことを想像しても傷は負わないと思うんだよね。じゃ傷を負うラインって何かっていうと多分心臓の鼓動が強くなった時じゃないかなって思うんだ。ほらお化け屋敷って怖いっていうと同じくらい、驚く事の方が多い印象なんだよね。この仮説どう思う?」



 そう俺は自信満々に言って振り向いた。しかし彼女は顔を引きつらせてこちらを見ている。

 

 

「い、いや、ちょっとまってほしい。――あれいま確かに何かすぐそこに人が居たような気がしたんだけど」

「あれ、やっぱりいた? 気のせいじゃなかったか」



 

 

 


 

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