第253話 恐慌禁死のかくれんぼ6
「栞。もうすぐ現場につく。準備はどうだ?」
「大丈夫よ。確か先生が先行して現場に赴いているんでしょ? 後は指示に従うわ」
助手席に座っている栞はそういうと小さくため息を吐く。神城の次の後継者を決めるため栞を含めた神城の子供たちは皆が修行を行い、霊力を磨いている。そんな中で既に修行から外れた栞は今回初めて外の仕事を行う事になった。それが意味する事を栞自身は理解している。
「でも
「入らないでしょ。私に与えられた指示は既に中へ入った霊能者チームがどうなったかを調べる事だし」
「そうだな。そのあと確か選抜された霊能者たちが再度突入するんだろ。その人たちへの説明も栞がするのか?」
「さあ。その辺りは流石に先生がやると思うけど……あと篤君。運転してるんだから一々こっちみないの。流石に怖いわよ」
「あ、わりぃ」
そういうと、篤はハンドルを握る手に力を入れてまっすぐ前を向く。今回の仕事で栞と篤は初めて外の仕事をする。霊視をする仕事は当然栞の仕事であるが、篤はその栞を守るのが仕事だ。
神城家の霊視能力は世界中で見ても稀有な力だ。霊視能力を持った霊能者は世界にもいる。だが、一族の殆どが同じ能力を持っているというのはこの神城家だけだった。さらにその霊視の精度も非常に高く、現在では日本だけではなく海外からも霊視の依頼が殺到している。
そんな神城家は当然敵も多い。そのほとんどの目的は神城一族の血を手に入れる事だ。だからその身を攫おうとする不定の輩は数知れず、以前は公安などを使い警護に当たっていたのだが、ここ数か月でようやく神城家は専属のガードマンを作り上げた。
それが神城家の分家である山城家だ。彼らはこの1年で各地に散らばっていた親族を集め、神城家へサポートする企業を立ち上げる。神城への仕事の依頼はすべて山城家を通さなくはならず、怪しい依頼などはすべて遮断。またそれに伴い、外へ出向く際の警護も出来るようになるため、対人訓練を徹底的に積んでいる。表向きはセキュリティ会社として作り上げており、親族以外はそこから信頼できる人材を神城の護衛へと抜擢している。
そしてその会社の代表をしているのが現神城家当主代行を務めている神城沙織の夫、神城和人だ。
山城篤は当初、大学生として生活しており、就活を悩む学生の1人であった。だが1年前事態は大きく変化する。霊力という力の発現。霊の存在が証明され、世界は大きく変化した。そうして就活を考えていた状況から一変、実は自分の親戚がとんでもない力を持っていたと知らされる。
この騒ぎが起きる以前より、国からの依頼で霊視を行っていた一族であり、この騒ぎの一件でその能力が親戚の神城家に宿ったという。最初は胡散臭いと思っていた親戚であっても、世界規模で変わってしまった影響もあり、就活難民だった篤もその話に乗ることにした。
当初和人から聞かされた話は国からの要人警護、霊視能力の貴重性、親戚である神城家が今後狙われる危険性。その話すべてがまるで映画のようだと思った。とはいえそれが可能な力が自分にはあると分かると、映画好きの篤も当然乗り気になっていた。だが、決定的だったのは和人のこの言葉だった。
『国からの警護はありがたいが、いつまでもそれを続けていては首輪を付けられたのと一緒になってしまう。今はいいがあまり長期間国へ借りを作りたいくない。そこで僕は信頼できる人を集めて警備会社を作ることにしたんだ。篤君、君の霊力は非常に高いと聞いている。どうか一緒に力を貸してくれないだろうか。娘を守るためにも力を貸してほしい』
娘。親戚の集まりでよく目にしていた和人の娘である栞と利奈。この姉妹は昔から美人姉妹として有名だった。親戚の集まりの時に篤が出向く理由はその姉妹に会う事だったといってもいい。特に栞は子供の頃から少し年上の憧れの人でもあり、淡い恋心を抱いていた時期もあった。妹である利奈に対しても栞に似て非常に美人であり、姉にも負けないそのプロポーションも相まって会うたびに出来るだけカッコいいお兄さんを演じるのに必死であった。
そんな過去の思い出もあったため、篤自身が2人を守るというのは何かとても崇高なものを感じ、和人の提案に乗ったのだ。もっともそこから地獄のような訓練の日々を過ごし、最近になってようやく本来の目的であったボディガードとしての仕事が出来るようになり篤は張り切っていた。
だからこそ、狭い車内の中で2人っきりというのは篤にとっても緊張こそしているが、非常に心地のいい空間でもあり、ついつい助手席にいる栞を目で追ってしまっている。最近久しぶりに再会した栞は以前よりもとても美しい女性になっていた。そしてその横に立てるように鍛え上げた篤は自信に満ち溢れている。
(霊力のランクもⅤになったし、俺が現場に行っても絶対守ってやらないとな)
そうして2人は近くの駐車場に車を停め、現地へ到着した。その顔には僅かだが緊張の様子が浮かんでいる。とはいえそれも無理もない話だ。栞は自分の身が外ではどの程度危険なのか何度も聞かされている。直近の護衛は篤だけだが、既に周囲には栞の父である和人が用意した警備が配置され、万全の状態へとなっている。それでも少し前までは平和な世界で生きていた栞にとって自身が狙われているといった状況に強い緊張を覚えていた。
「栞、がんばろうな」
「――え?」
緊張を紛らわせようと深呼吸をしていた栞に篤が真剣な様子でそう言った。
「そりゃもちろん。言われた通りしっかりやるつもりだけど……」
「そうじゃない。ここで結果を出せば後継者に一歩近づけるだろ? だから頑張ろうって話だ」
真っ直ぐ栞の目を見てそう話す篤だったが、栞は少し困ったような顔をした。
「あれ、俺変な事言ったか?」
「んー。そうね……篤君。自分の事だから分かっているつもりなんだけど、多分私はもうその後継者争いから外れてるわ」
「は!? なんで!?」
ありえない。篤の顔にはそう書いてあるようだった。
「あくまで多分よ、多分。だってあの
「分からないじゃないか! ここで成果を出せば!」
「だから多分って言ってるでしょ? でも修行を切り上げて、身の危険がある現場へ回されたって事は、もうあの場所じゃ、私は伸びないって判断されたんだと思うわ」
そういうと栞は歩き出した。それを追うように篤も動き出す。
「……栞」
「でもいいのよ。元から後継者になんて興味の欠片もなかったし、むしろようやく外へ出られるようになったって少しほっとしてるの。それにちょっと行きたい場所もあるし」
「行きたい場所……それって例のマンションか? 知り合いが行方不明になったって言ってた」
後を追っていた篤はすぐ栞に横へ並ぶように歩き始めた。そして僅かに霊力を漲らせ、周囲の警戒を行いつつ、質問を重ねる。
「そ。あの時はバタバタしてたけど、今の私なら何か分かると思うの。せめて玄関まで行ければきっと何か分かるわ。それに利奈と約束もしてるしね。だから帰りに絶対寄って貰うわよ」
「――約束は出来ないって。どこに危険があるか分からないんだし、流石に俺だけじゃ完全に栞を警護するのは……」
「ここからそう遠くないし、マンションの中へ入るだけだから危険はそうないと思うわ。ね、お願い!」
懇願するように両手を合わせてくる栞を見て、篤は思わず唇を噛んだ。
「――無事にこの仕事が終わったらな」
「もちろんよ! じゃ行きましょう」
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