第251話 恐慌禁死のかくれんぼ4

「あ、相坂さん。こっちです」



 灰色のコートを着た若い男が手を挙げている。周囲には赤いパトランプを光らせたパトカーが数台。周囲の建物、道路など含めた一部の場所を黄色のテープで封鎖されており、周囲には制服を着た警官と野次馬で溢れていた。




「待たせたな斎藤君。んで現場はここか?」

「はい。廃病棟のかくれんぼっていう最近人気のお化け屋敷みたいですね。元々病院として作られた建物で、それを買い取ってお化け屋敷にしたみたいです」

「へぇ。今のご時世にお化け屋敷ねぇ」



 霊が当たり前となった現代でお化け屋敷を作るとは思い切ったものだと感心半分、呆れ半分で相坂は件のお化け屋敷の入り口を見上げた。



 

 そもそもの発端は従業員からの通報によるものだった。



「働いているお化け屋敷から凄い霊力を感じるようになって怖い」




 そうして最初に駆け付けた警官が見たものは近づくだけで鳥肌が止まらない凶悪な霊力を放つ建物となったこのお化け屋敷だったそうだ。




「通報した人と話せるかな」

「はい。ちょっと待っててください」



 相坂は近くで買ったアイスコーヒーを飲み干し近くのごみ箱に入れる。すると斎藤が通報したという若い女性を連れてきた。



「何度もすみませんね。今回の現場の責任者となってます相坂といいます。もう一度今回の話を聞かせて貰えませんか」



 そういって警察手帳を見せて、恐らく相坂が来るまでに何度も話したであろう話をもう一度聞かせてほしいと説明した。



「お、同じ話ですか?」



 女性は随分疲れているようだ。無理もない。職場がこんな状況になって警察に何度も話を聞かせてくれと言われているのだから。

 だが相坂も刑事となって日も長く、こういった心霊現場を担当することも多いため、聴取として取った文章よりは、生の話を聞きたいというのが本音だ。



「ええ。申し訳ないですね。今日はこれで最後だと思います」




 あくまで今日はだ。これがただの心霊現象による被害であれば問題はない。だが相坂は現場に到着し今も肌で感じる霊力の質から面倒な事件であろうと予想を立てていた。




 現場となるこのお化け屋敷。今日はこのお嬢さん含め10人のスタッフと15人の客が中にいたそうだ。何でも一度に遊べる客の数は15人までだそうだ。



「私は受付で建物の外にいたんです。通常30分でお客さんは外で出てくるはずでそれを確認してから次のお客さんを入れるのがいつもの流れです。ただ今回は30分経ってもお客さんが1人も出てこなかったんです。おかしいなって思って店長へ連絡したんですが繋がらなくて、どうしようかなって思ってたら――」

「強い霊力が溢れてきて慌てて通報したと」



 そういうと彼女は頷いた。



「ちなみに霊避けは付けてましたか?」

「それはつけていたと思います。詳しい話は店長じゃないと分からないですが……」

「ふむ、そうですがありがとうございます。おい、誰か送ってやれ」



 話を聞き、改めて問題の建物を見る。すると斎藤が同じように建物を見ながらこちらに近づいてきた。



「どうでした?」

「臭いね。誰か中に入ったか?」

「いえ、IPO日本支部へ連絡してゴーストハントのチームの派遣要請をしてます」

「霊力測定は?」

「既にしてます。測定値としては大よそⅣでした」



 思ったより低い。相坂はそう感じた。

 


「しばらく待機するぞ」

「え? 後はもうIPOから派遣されたゴーストハントの人たちに引き継いで俺たちは引き上げじゃないんですか?」

「普通ならな。じゃ聞くが、何で俺達が呼ばれたと思うんだ?」

「そりゃ――あ、そうでしたね」



 斎藤はまだこの手の事件を担当した経験が少ない。だから普通の心霊事件と同じに考えていた。だが違う。今回は状況がかなり違っている。それは。




「従業員9人、客が15人、合計24人が中に閉じ込められている。早く救出しないと中の霊が成長しちまうだろう。多分だが、まだ霊力が上がる可能性が高いぞ」

「っはい!」



 懐からチューイングガムを取り出し口の中へ入れる。相坂の予想ではここの霊力はかなり高い。どこから霊が迷い込んだのか。霊避けの印は高級品だ。そしてこの手の営業をするために必ず設置は義務付けられ、間違っても霊が侵入できないように管理する必要がある。

 そうなると考えられるのはパチもんの霊避けの印を掴まされて、効果が薄かった可能性がある。中にはそういう安物を使う連中もいる。そしてその穴から霊が侵入したという所だろうか。それならすぐ解決できるが相坂の刑事の勘はそんな簡単ではないと告げていた。









 1時間後、ランクⅤの霊能者2人、ランクⅣの霊能者3人からなるゴーストハントチームが派遣された。状況を説明し中に閉じ込められた人の救助を最優先で依頼し、中へ入っていったのだが――。



 

「突入から2時間。誰からも連絡がないか」

「相坂さん、これってどういう事でしょうか……だって今回ランクⅤもいたんですよね?」

「ああ、出来たての霊界領域はこなら十分な戦力のはずだ。なのに突入したチームからの連絡もないってのは……まさか」



 相坂にある可能性が脳裏をよぎった。警察でも一部しか出回っていない例の話。それに先ほど調べたこのお化け屋敷の営業記録から考えるに――。




「斎藤君。ちょっと電話してくる。その間にもう一度霊力測定しておいて」

「え? あ、はい」




 相坂はその場を離れ、スマホを取り出し、ある人物へ電話をかけた。





『もしもし。君が私に連絡するなんて珍しいね』

「お忙しい所申し訳ありません、鏑木さん。今回俺が担当してるヤマで相談がありまして」

『相坂君が担当しているヤマかい。――ああ、新しい霊界領域はこが出来たっていうやつか。それがどうしたんだい』

「先ほど到着したゴーストハントチームが入りましたが、俺の予想だと恐らく全滅した可能性があります」

『……なんだと。――今確認したがそれなりに実力が高いチームを派遣されているはずだがな』



 鏑木の声がいっそう低いものにかわった。



「はい。どう考えてもおかしいです。こちらで調べた記録だとここの店長は数日前に霊避けしるしの点検をアマチに依頼したばかりのようでした。そうなると、外から霊が侵入したという事は考えにくい。最初は質の悪い犯罪者が立てこもったかとも思いましたが、霊界領域を作っている以上それはない。となるとこれは――」




 相坂がそう言いよどむとその言葉を引き継ぐように鏑木が答えた。






『――殺人霊マーダーズか』





 

 

 霊力というのは、後天的に増やす事が出来る。

 それは霊を祓う事。霊を祓うと祓った霊の一部を吸収し自身の霊力へ変え強くすることが可能だ。では、それだけか。答えは否だ。


 

 それが最初に発見されたのはアメリカ合衆国のとある州だ。銃を使った発砲事件。犯人は薬物中毒者であり、手持ちの銃を乱射し8名の民間人を射殺。その後、現場に来た警察官の手で射殺された。

 そして問題はその後だ。射殺した犯人が霊となり、起き上がる。それを祓おうと待機していた霊能者は3名。いずれもランクⅣ以上の力の持ち主であった。だが次の瞬間にその場にいた警官、霊能者が瞬く間に殺される。明らかに異常であった。射殺された犯人は精々霊力はランクⅢ程度しかない事は確認されており、死後、悪霊となったとしてもそこまで脅威ではないと判断されていた。だが実際は違った。その後、悪霊となった男は近くの建物の中へ入り霊界領域を作成。現在でも祓われず、その区画一体を封鎖するだけにとどめて居るとされている。その後再度測定された霊力はランクⅦを超えていたという事だ。



 そして時を待たず中東。そこにいたテロリストがある小さな町を襲撃した。被害者は総勢34名。鎮圧するために派遣された対テロチームの軍によってその場にいたテロリストを全員射殺する事で収まった。だが、死後生まれた霊によってその軍は全滅。その悪霊たちは1つのビルへ入り、霊界領域を作成。その後何度も祓おうとゴーストハントが派遣されたが、こちらも同様に今日まで祓われておらず、今は誰も近づけない区画となっている。




 以上の事件からIPOの研究者はとある仮説を立てた。




 殺人を犯した者はその被害者の恨みを吸収する事で死後、強大な霊へ変貌するのではないかという事。以後似たような殺人から発生する悪霊の事件が重なるにつれこの仮説は皮肉にも証明されることとなる。



 殺害した人の恨みによって死後、悪霊へと転ずる霊。その強さは殺した数、もしくは被害者の怨念とも取れる恨みの強さで左右される。つまり残忍な殺し方をすればするほど死後の悪霊となった時の強さが変わるというものだ。




 これらをIPOは”殺人霊マーダーズ”と呼称し、各国へ通達した。




 殺人を犯した人を殺してはならないと。何の準備もなく犯人が死んだ場合、手の付けられない事態になると。そしてこのことは世の中に公表してはならないとした。一般人に広まればいらぬ混乱を生むと予想されたからだ。






「あくまで可能性の話です。一度この身辺を確認した方がいい。鏑木さんどうか……」

『分かった。すぐに手配しよう。神城の一族を』


 


 


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申し訳ありません、主人公が出るのは次回からです。

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