第240話 霊能者試験9

 ――福部幸太郎 視点――



 いよいよ2次検査が始まる。僕たちは倉敷さんの案内で2次検査が行われるフロアへ先に来ていた。


「お疲れ様です。お話は聞いております。……正直私としては反対なのですが……」

「はい。申し訳ございません。でも中々2次検査の様子を見る機会はありませんし、本当に雰囲気だけわかればよいので。どうぞよろしくお願いいたいますわ」



 そういって倉敷さんが頭を下げている。それを困ったように職員の人が見ていた。どうやらこの職員の人は僕たちがここにいる事は反対のようだ。一応名目上はお忍びの見学件、スカウトという事になっているらしい。どうして凶悪犯罪者の可能性があるという事を指摘しないのだろうかと疑問に思う。とはいえだ。ここまで大きな霊石を見るのは初めてだ。出来れば……。



「あの――すみません」

「はい。なんですか」



 少しそっけない職員が僕を見た。なんだよその目はと思わなくもないがぐっと我慢する。



「僕もちょっとあの石で検査してみてもいいですか? まだ時間ありますよね?」

「何をいっているんです。名簿にない方を検査する時間なんてあるわけないでしょう」

「え。でもちょっと霊力流すだけですよね? そんなに時間はかからないんじゃ――」

「あのですね。この水霊鉱石は霊力に反応して形を変えるため、周辺機器にあるカメラで360度撮影しており、常にその状況を測定しています。もう2次検査を受ける方々ように準備しているんですよ。それを誰とも知らない人に触らせるわけがないでしょう」



 くそ。頭が固い人だな。倉敷さん辺りが言ってくれれば僕も検査出来ないかな。そう思って倉敷さんの方を見る。



「――え」

「はい。どうされました?」

「いや。なんでもないです」




 一瞬。倉敷さんが僕を見ていた目は酷く冷たく見えた。でも次の瞬間にはあの笑みを浮かべていた。気のせいだろうか。




「いいですか、幸太郎さん。あの石は特別製でランクⅣ程度では霊力を流しても殆ど変化しないんです。ちなみに10個目の石はどれくらい回りましたか?」

「40度以上は回りましたよ」


 

 僕は胸を張ってそういった。10個目の石が僅かに動けばいいこの試験で40度は十分回った方だと思う。だがそんな僕の話を倉敷さんは少し困った様子だ。すると黙っていた真理が話始めた。



「それじゃやっぱり意味がないわ。最低でも10個目の石が5周以上は回転する霊力がないとろくな反応しないって聞いた事あるあし。ほら、無理を言っているんでしょ。急いで隠れましょう」



 あまり納得できないが無理を言っているのは確かなのだし、僕たちはこのフロアの端にあるパーティションの裏に隠れた。そしてしばらくすると誰かが来たようだ。



「お待たせ――桐島さん。――を始めましょう」

「はい。また同じように――?」




 離れているせいか僅かにしか声が聞こえない。向こうの様子も見えないしこれだと隠れてここにいても意味がないんじゃないかな。



「ねぇ倉敷さんもう少し――」

「声出さないの。追い出されたいわけ?」



 

 小声で何とか向こうの様子が見れないか相談しようと思ったら真理に止められた。




「素晴らしい――綺麗なひし――でしょう」

「ありがとう――ですか?」

「はい」




 くそ。この調子で本命が来た時異常を感知できるのか? そう考えているとどうやら桐島が戻っていったようだ。その瞬間を狙って僅かにパーティションから顔を出す。すると先ほどまで球体の形をしていた霊石が少し歪なひし形から球体へ戻る所だった。



「こら外でないの。でも見たでしょ。あれがランクⅤよ。私たち程度じゃ形を変える事すらできないってのに」

「そうですね。あの質量の形を変形させるというのは並外れた霊力では無理です。だからこそランクⅤから上は特別なのですよ。さあ隠れますよ。次が恐らく本命でしょうからね」



 倉敷さんの言葉にうなずき、僕は急いでもう一度隠れた。そうだ次があの2人組のどちらが来るはず。息を殺し待っているとどうやら来たようだ。



「お待ちして――。では2次検査を――。まず――に手を――」

「……あの。その前に――?」



 やはり声が聞き取りにくい。出来ればもう少し近づきたい。そう思うと肩を叩かれ後ろを振り向いた。そこには倉敷さんのスマホの画面があり何か書いてある。



『気づかれそうです。絶対に音を立てないでください』




 まさか。そう思ったが倉敷さんの目は今まで以上に真剣だった。僕は口の中の唾液を飲み、ゆっくり頷いた。



 まだ向こうの会話は続いているがどうやら始まるらしい。





「あ、あの……これは……」



 今回の声はよく聞こえた。職員の声だ。ひどく驚いている。一体何が起きたんだ? だがその疑問は次の言葉で僕は理解した。


 

「待て。やり直しだ。今のはなしにしてくれ」



 余程必死なのだろう。はっきりと聞こえる。僕は笑いそうになる口を必死に抑えた。あの男、わざわざ呪魂玉まで使ったくせに結果が悪かったんだ! だからみっともなく今のは無しにしてくれと懇願しているに違いない。


 

「いえ――ですが――あそこまで――」

「頼む。俺の霊力はランク――はずだ」




 なんて間抜けなんだろうか。これが笑わずにはいられない。よく聞こえないが自分のランクはもっと高いはずだとか言っているのだろう。違法の呪物まで使ってまでそんな様子って事は元々僕より霊力が低いんじゃないのか?


 

「いやしかし。あれは――……」

「調子が悪かった――。今度は本気で――だから今のはなかったことにしてほしい」

「え……今のが本気ではないと?」

「そうだ。今度こそ本気でやろう」




 なんてみっともない。きっとあまりのレベルの低さに職員も困惑しているのかもしれない。次は本気でやるなんて小学生じゃあるまいし。くそ、見て見たい。霊力が低いと反応しないっていう事はもしかして形が変わってないんじゃないのか? いや最初の霊力の強さを考えればそれはないだろう。っていう事は違法呪物を使っても桐島より少し上とかそんなレベルか?




「わ、わかりました。でも次は途中で止めないで頂きたい」

「あ、ああ。もちろんだ」




 そして一瞬の静寂が包み、先ほど同様に職員の驚く声が響いた。



「こ、これは――!」



 だが次にまたあの男の声が聞こえる。また随分と焦っているようだ。



「待て! これは何かの間違いだ。俺はもっとやれるはずなんだ!」

「い、いえ。これで終了です。さあお戻り下さい。これはしっかりと記録しなければ」

「待ってくれ。せめて後1回。それでコツがつかめそうなんだ」

「だめです! 次がありますから」



 そういって足音が去っていき、僕は呼吸困難なほど笑いそうな自分を必死にこらえていた。あれだけ恐怖の対象だった男が実は呪物に頼っただけの小物だと分かった。なんて痛快なんだろうか。そんなものに頼らないとならない程貧弱な霊力だという事に違いない。そうと分かれば恐れる必要はもうない。恐らく倉敷さん達も分かっているだろうし後は通報すれば終わりのはずだ。そう思っていると僕を押しのけてパーティションから顔を出した倉敷さんがずっと固まっていることに気付いた。



「くっくっく。はーお腹痛い。笑いを堪えるのに必死でしたよ」



 そういうと今まで聞いたこともないほど冷たい倉敷さんの声が聞こえた。



「何が面白いのですか」

「いや、聞いたでしょう。あの男、呪物に頼ってばかりの小物だったんですよ。これが笑わずにいられないですって。っていうかどうしたんですか? 倉敷さんそんな固まって――」



 

 そしてパーティションから顔を出し僕が見た光景。僕はきっと忘れられないだろう。





 それは……。







 一瞬、それは見えた。







 赤く脈打った4本の腕が捻じれ入り混じり、まるで花の茎を表現している。



 腕の部分からまるで皮膚を突き破るように骨が飛び出しており、まるでそれが棘のようだ。

 また腕の隙間からは夥しい大小様々な眼球が覗いており、そして重なり合うように開かれた4つ手のひらの上に巨大な猿のような首が苦悶の表情で逆さに生えている。

 その猿の本来であれば目がある場所には人の口のようなものがあり、歯がむき出しになりまるで苦しみに耐えているかのようだ。大きく開かれた猿の口には鋭い牙が生えており、その口から飛び出すように嘲笑したような不気味で恐ろしい狐の顔が飛び出している。

 



「うえッ」





 それと目が合ったような錯覚を覚え、思わず吐き気がこみあげる。なんだあれは。あまりにも醜悪で恐怖を象ったようなその姿が僕の目に焼き付いて離れなかった。



 

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