第241話 霊能者試験10
――生須京志郎 視点――
「失礼いたします。旦那様」
ノックが聞こえ、扉の向こうから声が聞こえる。知らない声ではない。むしろ最近よく聞く声ですらある。机に左肘を置き、その指を僅かに顎に当てる。そして右手の人差し指でトントンと机を小刻みに叩いていた。
「――何の用だ」
「はい。先ほど立川にある霊能免許センターのセンター長から取り急ぎの連絡を頂きました。その件について旦那様のお耳に入れたく」
「必要ない。言っているだろう。儂は忙しいのだ」
1年前。彼が失踪したと彼女たちから連絡を受けた時、何かがあったのだとすぐに考えた。常に高レベルの依頼をこなし、それを一人で抱え込んでいた。以前からそれを心配していたが、ここまで行方が分からないとなると恐らく大きな事件に巻き込まれた可能性が高い。
自分の仕事をいい加減区切ろうと考えていた頃合いだったために、彼の捜索は儂が引き受け、彼女たちは自分の身を第一に考えるように伝えた。もっとも今の現状ではもうおいそれと連絡を取ることも難しいが。
儂の知る限り優秀な探偵を使い、警察の知り合いにも声をかけ可能な限り捜索してもらったが空振りだった。一度北海道にある実家へと向かったが、その時にはもう近づけない領域へ変わっており、儂でさえあそこへはおいそれと近づけなくなっている。
国内は調べつくした。何か手がかりになればと思い、鏑木にも協力してもらい、戸籍を調べた所、両親は既に死亡。そしてどうやら姉と妹がいる事がわかった。それではとその姉妹を探そうとしたがやはり見つからない。北海道近辺の学校も調べてみたがそこへ通った形跡もなかった。
なら恐らくは日本にいない可能性が高い。海外ではもう儂の手では調べられない。そうなると最後の手段に頼らざる得なくなる。
天羽と神城。
生須と同じ現状の日本を支える名家であり、儂自身がもっとも頼りたくない一族。儂個人の頭を下げて頼れればいくらでも下げる。だが、何を考えているか分からない天羽に、権力ばかりを求める神城。そのどちらかに彼の存在を知られれば間違いなく利用しようとする。それだけは避けたい所だ。だが、あの一族であれば彼を見つける可能性は飛躍的に上がるのも事実。
そう思案しているとまたノックが聞こえる。
「旦那様。どうか一度お話を――」
「うるさいと言っている」
そう一喝すると、僅かに洩れた儂の霊力が部屋を満たし、窓ガラスを振動させ、壁を叩き、扉が揺れた。
「ひぃ。申し訳ございません!」
その金切り声のような悲鳴の謝罪を聞き、思わず舌打ちをする。元々霊力が高い方であったが、1年前から急激に膨れ上がり、今では霊に触れるだけでその霊力を吸収し自らの力へ変えるようになってしまった。そのため、僅かな感情の揺らぎに簡単に反応するため、一族の者であろうと簡単に儂の前に顔が出せなくなっている。そのため誰もが儂の顔色を窺うように接し、怯えたように話すためどうにもやりにくい。
(もっとも今更生須家のものにどう思われようと構わないが……)
そう考えていると今度はノックもなしに扉が開いた。そこにいたのは血相を変えた娘の姿であった。
「お父さん!」
「牧菜。入ってくるのは構わんが、せめてノックをしろ」
「それどころじゃないわ! さっき築さんが来たでしょ? お父さんに怒られた後、私の所へ来たんだけど」
「まったく一回りも年齢が下の牧菜に頼るとはあの男も情けない」
築というのは牧菜の秘書をやらせている男だ。優秀ではあるのだが下の者に態度がデカい割に儂には怯えるという典型的な小物のような男。下手に優秀な故扱いに困るやつだ。
「お父さんの霊力を考えたら無理もないわ。それにただでさえ悪人顔なんだから。もう少し愛想よくした方がいいと思うよ。それよりこれ見て!」
確かに人相が悪いのは自覚しているが、そこまで言う必要はあるだろうか。
「なんなのだ。言っただろう。儂は形だけの当主で家の事はもうすべて任せると」
「それにも関係があるの! ほら、今回の霊力測定の2次検査を通った人のリストよ。見て!」
そういって渡されたリストの中の名前を見て、儂は言葉を失った。思わず紙を持っている手が震える。
「今回の測定で異常な霊力を叩きだした受験者がいて、私たちにその連絡したみたいなの」
「そうか……そうか。ようやく……ようやく見つけ出すことが出来たのか。はは……まさかこんな所で彼らの名を見るとは思わなんだ」
震える手でその名前をゆっくりとなぞる。そこにはずっと探し求めていた人物の名前が記載されていた。すぐに会いに行かなくは。そして今までどこへ行っていたのか事情を聞く必要がある。
「牧菜。車を用意するのだ。すぐに立川に向かうぞ。今から向かえば間に合うはずだ」
立ち上がり、上着に袖を通しながらとあることに気付いた。牧菜は
「牧菜。よもや天羽、神城にもこの話が?」
「うん。多分連絡が言ってるはず」
そうなるとこの話はどのレベルまで通るか。恐らく一部の者にしか知らされないだろう。神城の場合、沙織殿に話が回れば彼女たちへも情報が回るかもしれないが、噂では候補者たちは修行のためほぼ隔離状態と聞く。それに表向きの当主は沙織殿だがまだ実権は実母である朱音殿が握っているはず。俗世を嫌うあの者が後継者たちのこの話をするとは思えない。それゆえ、この話に興味を持つことはないだろう。
「そうなると、天羽の女狐が動く可能性があるか」
「お父さん?」
「何でもない。急ぐぞ。今日の予定はすべてキャンセルだ」
――勇実礼土 視点――
終わった。間違いなく終わった。あれはなんぞや。人の手、猿、狐ってもう手持ちの3体が何か混じった変なものになってしまった。思わず頭を抱えてしまう。どうすればいいのかと。ここからどう挽回すればいいのだろうか。ちょっとかわいい動物を作るつもりだったのに、よくわからんものが出来上がってしまうし。なんだよあれ。邪神象か何かか?
そうして頭を抱えていると検査が終わったアーデがやってきた。
「どうでしたか?」
「――変な動物が出来た」
「動物ですか? まあその程度なら大丈夫ではないですかね。私も人間のような形になった程度で収まりましたし」
人間か。っていうことは道行の霊力だからだろうか。でも多分断言してもいい。多分俺よりマシだと。
「次は能力測定ですね。私は予定通りですが、礼土はどうするのですか?」
「こっちも予定通り普通に魔法使ってみようかな。この感じだと多分余裕でごまかせると思うし」
「そうですね。霊力が濃いせいなのか発生源を上手く特定できないのでしょう。恐らく問題はないと思います。それより何やら職員の方々が少し騒がしいようですね。何かあったのでしょうか」
心臓がギュっと握られたような気がした。多分俺のせいだ。アレをみた職員の顔は忘れようがない。通報されないよな? もうランクは諦めよう。とにかくもう早く終わらせたい。
「あ、こちらにいらっしゃったんですね。これより能力測定検査が始まります。お2人ともう1人の方は別室で行いますので、どうぞこちらへ。もう1人の方は既に会場におりますよ」
もう1人というのは桐島君の事だろうか。そういえばここにはいないからどこへ行っていたのかと思っていた。俺達は職員の案内で廊下を歩く。もう俺に緊張はない。ただ早く終わらせて久しぶりにピザでも頼もう。そう考えるばかりだ。
「もうすぐ到着します。少々人が多いですが、研究者ばかりですのでお気になさらないでください。ああ、それとちょっと上の方が見学される予定ですが、そちらも基本気にしないでいただければと」
前を歩いている職員がそう言い始めた。人が多いのはもうどうでもいい。俺はもう開き直っている。ただ上の方って誰だ。ここのトップだろうか。
「上の方というとここのセンター長という事ですか?」
「ああ。多分センター長も参加されると思いますが、なんというかその……少し珍しい方が是非にとの事で」
「あら。気になりますね。それはどなたですか?」
「はい。多分もう先に行かれている方も挨拶されていると思うので、すぐ紹介されると思います。中々直接お会いできる機会もありませんよ」
なんだ。芸能人とかそういう奴だろうか。普段アニメと漫画しか見ないから有名人でも多分知らんぞ。
そう考えて案内されたフロア。そこは先ほどの2次検査と同じく非常に広い場所だった。ただ30人以上の白衣を着た職員が全員手にタブレットを持ち待機している。フロアの中心に桐島君が立っており誰か女性と話しているようだ。
赤い和服を着た女性。髪は随分長く腰までありそうだ。年齢は40代くらいだろうか。雰囲気が偶に漫画でみる日本人形に似ている気がする。
俺たちが近づくと彼女も気づいたようでこちらを向いた。そして張り付いた笑顔を向けて話しかけてきた。
「初めまして。あたしは天羽琴葉といいます。よろしくね坊やたち」
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