第238話 霊能者試験7

 ――倉敷哀火 視点――



 退屈だと考えていた。

 ただ父が立ちあげた霊能事務所へ特に疑問に思う事もなく入り、将来的に父の後を継ぐという話を聞かされ、教えられたことを学び、霊能者としての道ではなく経営者としての道を行くのだと言われていた。


 別に好きで霊能者免許を取ろうと思ったわけじゃない。ただ父にそう指示されたから取りに来た。何をするにしても父の指示通りに動き、行動しているうちに自分自身というのが随分曖昧になったなと自覚した時、ああ、なんて退屈なんだろうと思うようになった。



 霊能者活動というより、スカウト活動を目的とした免許資格試験で、天羽様からこの日、免許センターへ行くようにと言われた。一体どんな出会いか分からない。ただその出会いは良くも悪くもわたくしの運命を変えるだろうとおっしゃっていた。その時わたくしは初めて父が敷いていたレールに予想もつかない未知のものが置かれているのだと知り、興奮を抑えられなかったのを覚えている。



 とはいえ、過ぎた期待は時に毒なのだと分からされた。免許センターに来ていた中で天羽様のおっしゃる出会いにもっとも可能性が高い人桐島宗太。確かに優秀な人だ。傍にいるだけで圧を受けるようなこの霊力は間違いなくランクⅤを超えている。

 だけどそれだけだ。優秀であるのは間違いないし、うちの事務所にはぜひ来てほしい人材であることに違いはない。でもそれをわざわざあの天羽様の予言だったという事もあり期待し過ぎてしまっただけだと心の中で反省し、いつも通り勧誘を始めた。




 だが、本当の天羽様の予言が示すことはそれではないのだと気づいたのはその後だ。





 異質。ただその一言に尽きる2人組が現れた。父の傍らで過ごしていたからこそわかる。あそこまで強力な霊力を放つ人が日本にどれだけいるだろうか。日本で初めてのランクⅨへと至った京志郎様にだって匹敵しそうなほどの霊力だ。心臓を鷲掴みにするような凶暴な霊力、その上ルックスまで極上ときた。見た所外人のようだが、日本で免許を取得するという事は日本国籍で間違いはない。ならばこれはチャンスだ。倉敷の利益になるのか、それとも排除すべき外敵なのか、見極めよう。そう考えた。




 筆記試験の後に面白い話を聞いた。見た所同い年の学生のようだ。何でもあの2人は現在中国などで流行っている呪魂玉を使い、霊力を不正に増幅させているのだという。



 その話を聞いて最初に感じた感想は、この男は馬鹿なのかという事だ。恐らく横にいる真理さんは気づいている。多分気づいたうえで指摘をしていない。

 そもそも呪魂玉とはテロに使われるレベルの特級呪物だ。使用者に圧倒的な霊力を与えるがその反面、使用者は呪いに蝕まれ、確実に死ぬ。そして新しい呪いの一部へと変わり、最後には周囲に実害を及ぼす凶悪な悪霊へと変貌する。そういうレベルの呪物だ。


 それをこんな試験で、霊力増強だけを目的に食べるなんてありえない。そもそもそんな犯罪者であれば目立つような事をするはずがないし、ランクなんてそもそも意図的に落とそうとするだろう。



 それを指摘しようか迷い、せっかくだし利用しようと考えた。異常な霊力を持っているのは事実であり、彼らが天羽様の予言の人で恐らく間違いないだろう。ならばわたくしなりに調べてみよう。




 測定検査が始まる。出来れば彼らの測定の様子を間近で見たいが、流石にそこまでは出来ない。測定結果は最終的に公表されるため、出来れば結果よりもどういう測定になったのかという状況の方が気になる。



 


 

「勇実礼土さん、3番の通路へお進みください」



 すると例の男性が前に出た。これでまず名前は知れた。苗字からするとやはり日本人のようだ。



(あら)



 通路へ進む途中、彼はポケットから黒い玉を取り出しそれを口に放り込んだ。



(ああ。あれが――確かに見た目はにてますわね)



 写真でしか見た事はないければ確かに似ている。話だけしか聞いた事ないであろう福部さんなら勘違いもするかもしれない。でもわたくしから見ればあれはただの嫉妬から来る行動のようだし、あまりあてにはしない方がいいと結論を出している。とはいえあれが何かは確かに気になる。色の具合からするとチョコのようだけどポケットにむき出しで入れるだろうか? 絶対埃とかが付着するし、あの大きさなら個別包装されていそうなものだ。そうなるとお菓子という線はないのかもしれない。




「倉敷哀火さん。2番の通路へお進みください」

「わかりました」



 気になるがまずはこの試験をパスしなくてはならない。パーティションで作られた通路を進み、測定器のある場所まで辿り着いた。



「おや、倉敷さん」

「あら。わたくしの事をご存じなので?」

「もちろんですよ。では番号を」



 何度も父と一緒に色々な場所へ顔を出すため一方的に知られることはよくある。もっとも今回はその知名度と父の力を使って少々強引に2次検査の見学を取り付けたわけですが。一応名目は彼らをスカウトのためとしていますが、実際はただ好奇心を満たすための見物に過ぎない。



「はい。ありがとうございます。では手をお願いしますね」

「わかりました」



 手のくぼみに手を置き、目を瞑る。イメージは長いバネだ。一気に伸ばすためにまず力を溜める。ギリギリまで、決壊する直前のダムのようにギリギリまで力を溜め、一気に解き放った。



 目を開け確認する。

 10個並んだ霊石が手前から回転し、10個目の石まで到達する。ゆっくりと回転する石は1周して僅かに進んだ所で停止した。




「ふぅ」

「すばらしいですね」

「お世辞はよしてください。10個目の霊石が1周しか出来なかったんですもの。まだまだですわ」

「お世辞なんかではありませんよ。そもそも10個目の石が動いた時点でランクⅣは確定ですよ。1周もするなんて凄いと思います」



 きっと本心から褒めてくれているのだろうけど、わたくしは内心で苦笑いしかできない。確かに10個目の石が1周すればランクⅣの中では上位の霊力だろう。でもランクⅤ以上の霊力を持つ人だったら最低でも5周以上は回転する。

 その時点でより精密な霊力検査を必要と判断され2次検査へ移行するのだ。そう考えるとたった1周でよろこんでいいのか少し考えてしまうのだ。



「……そういえば本日の試験で2次検査へ移る方はどのくらいいらっしゃしますか?」

「え? ――ああ、もしかしてスカウトですか?」

「はい。出来れば早めに唾を付けたいなと思ってまして」



 倉敷のスカウト目的。そう言うだけでここの職員は口が緩くなる。なぜなら彼らも良かれと思っているからだ。霊能者が大手の事務所へ所属することはメリットが大きい。特にランクが高い霊能者ほど国から指名された時に依頼を断れない都合上、強い仲間を欲するからだ。

 その点で言えば倉敷はよい事務所だろうとわたくし自身も思う。倉敷は強い霊力を持った霊能者しか所属していない。つまりどれだけ困難な依頼が国からこようとも安全に依頼を行う確率が高いのだ。

 だからこそ、職員たちも霊能者たちを想って少しでも良い事務所がスカウトに来るのであれば歓迎する。



「えっとですね。現時点で2次検査が確定しているのは2人ですね」

「まあ。それは豊作ですね」



 両手を合わせ笑みを浮かべながら考える。予想通りであると。あの中でランクⅤを超えるのはわたくしの所感でも3人だけだ。そして既に呼ばれた人は桐島さんとあの銀髪の男性のみ。


「2人のうち1人は桐島さんでしょうか」

「やっぱり詳しいね。記録だと10個目の石が5周半も回ったみたいだよ」

「もう1人はもしや銀髪が素敵な海外の方でしょうか?」

「はは。それも正解。でもちゃんと日本国籍を持っているみたいだね。記録は……え? なんだこれ」



 タブレットを見ながら職員が目を見開いた。その反応を見てわたくしも確信する。何かが起きたのだと。



「どうされたのですか?」

「いや――ちょっと前に測定が始まったらしいんだけど、まだ計測中って出てるね」

「……計測中ですか?」

「そう。――こんなの初めて見た。どうも15分前に検査が始まったみたいなんだけど……これは――」


 何か言いよどんでいる。よっぽど信じられないことが書かれているのでしょう。わたくしはそれが知りたい。はやる気持ちを必死に抑え、質問した。




「どうされたんですか?」

「え――っとね。どうやら”まだ回転中”らしいよ」

「――は?」

「しかも未だ勢いが衰えずって事らしい」



 まだ回転している? 15分も前に検査を始めたというのに?

 


「確かこの回転式霊力測定の過去最大記録というのは……」

「生須京志郎様に2か月前、無理にお願いして測定してもらった2時間48分33秒が最大のはずです」



 口の中に溜まった唾液を飲む。まさか本当にそのレベルだなんて。やはり無理をしてでも1次検査から見れるようにするべきだったと強い後悔を覚える。でも次だ。次の2次検査で彼が、いや彼らが何を見せてくれるのか。それがおもちゃを前にした子供の様に楽しみで仕方がなかった。



 

 

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