第234話 霊能者試験4
――勇実礼土 視点――
「あ、そうだ。これいる?」
「え……そ、それなんですか」
筆記試験が終わった後、あの教室みたいな部屋を出て廊下を歩いていた。その時、大胡の会社でモデルをしているという桐島君という青年がご飯に誘ってくれたため、食堂を探している所である。
「ああ。知らない? これ新製品の超巨大チョコボール」
「え? チョコボールってそんなデカいの売ってるんですか」
そうこの超巨大チョコボール。実はピンポン玉くらいあるのだ。食べごたえ十分である。
「ふふ。知る人ぞ知るってね」
「何を偉そうにしているんです。たまたまネットで見つけただけでしょう」
実はネット販売限定品なのだ。でかでかと注意書きでひと口で食べないでね? ってPちゃんが言っているくらいである。ちなみに中はピーナッツが練りこまれたチョコが入っている。
「そ、そうですか。申し訳りません。俺は甘い物が苦手で――」
「そうなのか。でも安心してほしい。これは大人のビターチョコ味で甘さ控えめなんだぜ」
俺がそうドヤ顔で言うとなぜか少しひきつった顔で「それでそんなに黒い色なんですね。……ではいただきます」と言ってきた。あれだろうか、やはりモデルが大口で食べるのはNGだったりするんだろうか。
「というか礼土。それ試験中も食べていましたよね?」
「――どうして気づいた?」
「後ろにいたんですよ? 気づくでしょう」
くそ、隣の学生にも変な目で見られたし散々だ。結構隠れて食べてたつもりだったんだけどなぁ。あの学生内緒にしてくれているだろうか。流石に試験中にお菓子を食べているのがバレてここの職員に怒られるのは嫌なんだが。
「それ食べてたんですか?」
桐島君にも信じられないような目で見られた。いや、でも飲食禁止って書いてなかったんだよ?
「今日はもう封印しておくか……」
「当たり前です。ポッキーといい貴方は間食をし過ぎなのではないですか」
「ごほん。さてさっそく食堂へ行こうか」
そうさりげなく話題を変えてこれからの目的地を言葉にした。しかしそれに反応したのは少し考え込んでいた桐島君であった。
「……外で食べませんか。確か近くにチェーン店のファミレスがあったはずです」
「確かこの施設にも食堂はあったはずです。それを避けて外という事ですか?」
「はい。流石に人の多い食堂へ行くと混乱を生むと思います。出来るだけ人が少ない場所の方がいいかと」
「はあ。やはりそうですか。では外へ行きましょう」
何やら桐島君とアーデで話が進んでいる。個人的にえり好みはしないし食堂でいいんだがどうやら決定事項のようで既に施設の外へ向かっていた。
外へ出て少し歩いた場所に小さなファミレスがあったため、3人でその中へ入る。少し外した時間のためか人も少なく俺たちは適当に窓際のテーブル席に腰を下ろし、各々料理を注文した。
「あ、筆記の結果が来てますね」
桐島君はスマホを見ながらそう言った。ああそういえば筆記試験の結果は参加者のメールアドレス宛に送られてくるんだったか。少しドキドキしながらスマホを開くと何とか合格点には届いていたようで少しほっとした。
「よかったですね、一番の難関を突破できて」
「うるさい。だけどこれで後は流してやればいいだろう」
そうアーデと軽口を言っているとずっと深刻な表情をしていた桐島がゆっくりと口を開いた。
「申し訳ございません。どういやら俺は御2人を色々と誤解していたようです。正直ここまで気さくな方だとは思いませんでした」
「それはやはり最初の事が切っ掛けという事ですよね」
「はい」
ふむ。何故か疎外感を感じる。まさか笑ってはいけないアレの事だろうか。
「今なのでお聞きします。なぜ最初にあれだけの霊力を出していらっしゃったんですか?」
さて、どういう事だろうか。俺がいつ霊力なんて出していた? いやあれか。センター内で一度指輪が熱を持った時があった。まさかあの時のことだろうか。もしや霊力が洩れていたのか。
「礼土。
「まさか、あれはただ緊張していただけという事ですか?」
「ええ。こう見えて小心者なんですよ」
酷い言いようである。夫だの妻だのはもう面倒だから突っ込まないが、そんなに霊力の制御、というかこの指輪に閉じ込めた霊の制御が甘いという事なのだろうか。とはいえ話を合わせた方がいいか。
「申し訳ない。緊張を防ぐため定期的にお菓子を摂取しているんだけどね」
「あのチョコにはそんな意味があったんですか――なるほど」
嘘である。ただ食べたかっただけだ。
「さて、桐島さん。貴方の思惑は道中の会話でおおよそ察しています。回りくどいのは面倒ですので単刀直入に伺いましょう。何が目的ですか?」
アーデの視線がまっすぐに桐島君に突き刺さる。想像以上に直接的な質問に俺も内心驚いた。だが、それ以上に桐島君が驚いている様子だった。
「目的だなんて……ただ大胡さんから聞いていた方だったので話を聞いてみたいと思っただけです」
「言ったでしょう。回りくどいのは好みません。この国に来てまで人の顔を伺いつつ遠回りばかりの実りの無い会話は面倒なのですよ。
「――ッ!」
そうして唇を噛み、桐島は目線をテーブルに落とした。
「申し訳ありません、俺は……勇実さんとコネを作りたくて近づきました。元から霊感が強い方で霊力を使えるようになってから、子供の頃に憧れていたヒーローになれるんじゃないかって思いました。ただ現実は甘くありません。幸い霊力という才能には恵まれましたが、それでも海外などを見れば1人で活動する霊能力者っていうのは殆どいません」
そういうと視線を戻し俺の目を見た。決意が込められた目だ。嘘ではないのだろう。
「子供っぽい夢を忘れられずにいる一方で、打算的な自分もいて。何かあった時強い霊能力者とのコネは保険にもなります。同じプロダクションでモデルをしていた勇実さんの話を大胡さんから聞いていました。だから最初勇実さんの顔を見た時、あれって思ったんです。そして共通の知り合いがいるならそれを切っ掛けに仲良くなれないかなって……」
なるほど。確かに打算的だ。だがここまで正直に話されるとそこまで嫌な気持ちも起きないものだな。まあ今まで散々隠れて人を利用してくる大人ばっかりだったから、まだ若い桐島君であれば許容範囲という所なのだろうか。そう思っているとまたアーデが口を開いた。
「では取引をしませんか」
「と、取引ですか?」
「そうです。私たちは実は少し前まで海外のド田舎に行っておりまして少々常識からずれている所があります。なのでその辺を少し教えてほしいのです」
なるほど。俺達に足りない部分を補おうという事か。しかし何か聞く事とかあるのだろうか。あれか? 次の霊力測定のコツとかその辺かな。
「例えばどのような事をお教えすればよいのですか?」
「まず1つ」
そういってアーデは人差し指を立てた。
「私たちの霊力は桐島さんから見て
む? どういう事だ。俺達の霊力はランクⅣ程度に調整しているはずだ。俺のやつは少し増えているかもしれないが。
「俺の感じる限りですと、アーデさんはランクⅥ。勇実さんは……ランクⅦを超えています」
「は?」
「ひぃ。申し訳ありません。ランクⅧはあると思います」
「違う。そうじゃない」
思わずドスが聞いた生返事をしてしまった。というか増やすな。
「礼土は黙っていて下さい。余計混乱します。桐島さんその感想の根拠を伺っても? 実は以前別の霊能者には私の霊力はランクⅣ程度だと聞いたんです」
「アーデさんがですか? それはいつ頃の話でしょうか」
「1週間ほど前です」
確かそれくらいは経っているか。あの芸人はまだ道端で霊を芝居ているのかな。
「それはおかしいかと。……お2人は霊力の壁という話をご存じですか?」
「いいえ。初めて伺いました」
「これは霊能者たちでよく使われる例えでして、霊力はランクⅣ以上を超えるには才能が必要とされています。霊能者でランクⅣが多いのはそのためです。一握りの才能を持つ人だけがⅤ以上の霊力を持てるという話です。そのため才能がない人がいくら霊を祓い、霊力を高めようとある一定以上は上がらないとされています。それが霊力の壁というものです」
なるほど、そういうものがあるのか。今の話から察するに俺たち、というより捕まえている霊はその壁を越えているのか。
「それでですね。最初にお2人があのフロアに来た時、正直殺されると思いました。全身からあそこまで冷や汗が出たのは多分生まれて初めてだと思います」
何故や。ただ歩いていただけだぞ。
「恐らく勇実さんの霊力に当たられたからだと思います。正直鍛えた霊能者ほど、他人の霊力に敏感になります。だから余計に……って感じですね。ただすぐ勇実さんが抑えて下さったのですぐ安定しましたが、あのままだと何人か倒れていたと思います」
桐島君がそういうとアーデが笑って俺を見ていた。その目からは「後で理由を説明しろ」と物語っている。違うんや。何か足しても増えなくておかしいなって思って色々試行錯誤してたんや。
「それは失礼しましたね。ただそれでランクを確認したのはどうしてですか?」
「最初に話した霊力の壁の続きです。実はランクⅣ以下の霊力って意図的に放出していればともかく、ただ普通に接するだけだと特に何も感じないんです。なんていうんでしょうか。普通の人と変わらないっていうんですかね。ただランクⅤを超える人だと、ただそこにいるだけで分かるんです。霊力の壁を越えている人はそこにいるだけで別存在のようにはっきりと」
まさか最初アーデに凄い霊力だと言ったのはそれが原因か? いやでもそれだとおかしい。
「それならなぜその方は私をランクⅣだと言ったのでしょうか」
「ちなみにアーデさんをランクⅣだと言った方はその……どういったお知り合いなんですか?」
「ただすれ違った方ですので、どうか気を使わないでください」
「そ、そうですか。でははっきり言って、経験が浅い素人かと思います。確かに感じる霊力だけならアーデさんはランクⅣ相当です。しかし――」
「総量ではなく、ただ溢れ出す霊力だけで
アーデの言葉に桐島君は頷いた。なるほど、つまり基準にする値を最初から間違えていたって事か。ああ、なるほど、なるほど。理解したわ――って。なるか! まずいだろう!
「アーデ。いつからこれを?」
「あのフロアで皆さんの様子を見た時からです。あそこまでわかりやすく反応されては流石にこちらに問題があると気づきますよ。だから食堂は避けたんでしょう。霊能者免許試験を受けに来た受験者が集まる場所に行けば混乱するでしょうから」
鍛えた霊能力者程、他人の霊力に敏感になる。だったか。確かにそれなら大混乱になっていたかもしれないか。悪かったな。あの時は必死にみんな笑いを堪えていると思ってたわ。
「さて、もう時期頼んだ料理も運ばれてきそうですし、その間に礼土」
「は、はい」
何故か敬語になってしまう。
「試験が始まる前にそれを何とかしなさい」
いやどうしろと? まさか捨てろっていうのか?
可愛がっているマサさんと、キィと、コンを?
「捨てろっていうのか……?」
「それは違う被害が生まれるでしょう。躾なさいといっているんです。このままだと日常生活に支障が出ますよ」
いやそれは分かるけど、それこそどうしろと。魔力を込めて脅せって言うのか? あんまりやり過ぎるとこいつらに嫌われないか心配なんだが。
「あの……なんのお話です?」
「失礼。飼っているペットの話です。夫はすぐ拾ってきてしまうので」
「は、はあ」
俺はテーブルに並べられる料理を見ながら、指輪に手を当て謝罪した。これからはもっと厳しく魔力で締め上げると。
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