第235話 とある御三家の受難


 霊とはなにか。過去研究され、多くの学者が取り組んでいた事柄である。霊という非常にあいまいな存在は一部の霊感と呼ばれる機能が高い人であれば感じ取れるという。だが万人がそれを確認できず、曖昧な証明ばかりされ続けた結果、霊とは超自然的なものとされていた。



 1年前。地球は変異した。いや進化したというべきなのだろうか。すべての生き物は新たな力を手に入れた。それは今まで存在が証明されなかった霊を視認出来るものだった。だが、その力を得たのは生き物だけではない。



 霊たちもその恩恵を受け、その力を向上させていた。







 彼らは恨んでいた。ある日突然、訳も分からず封印され閉じ込められた。出る事も出来ず、ただ何もない場所へ突然連れてこられたのだ。連れ込まれたのは3体。それらは強大な力を持っていた。


 ある者は人の憎しみを恨みを一身に受け、その日受けた痛みを、苦しみを、ただ人に与えるだけの存在へと変わった。

 またある者は土地神として生まれ、恵みを与え、人を喰らう存在であった。とある事情で先代が消え、新たに生まれた土地神はただ人を喰らうだけの祟り神となっていた。

 そしてある者はそんな神を殺すために呼びだされた荒御霊である。だが不完全な形で呼び出され、しかもその目的が神を殺す目的で呼び出された墜ちた稲荷の狐であった。



 3体は敵対関係であった。閉じ込められた空間に3体の強大な荒ぶる霊。ならば行われることは1つ。争いである。相手を喰らい、少しでも自身に力を蓄え、ここから脱出する事。そしてその元凶となった人間を殺す事だけが目的であった。


 最初に消滅の危機に陥ったのは人間の霊だった。猿の形をした霊、そして狐の形をした霊が強力過ぎたのだ。人間の霊は嘆いた。こんなわけも分からない場所で消えたくない。まだ自分の恨みは消えていない。その願いが届いたのか、この空間に新たな霊が追加された。


 それは、同じ人の霊であった。同じように人を恨み、苦しみの果てに死した霊。それを見つけ、最初の人型の霊はそれを喰らった。そうしてその霊の恨みをも取り込み、新たな力を得た。


 それからだ。定期的に霊がこの空間に取り込まれる。それを3体の霊は互いに奪い合い、喰らい、力へ変えた。気づけば3体の霊の力は拮抗するようになり、三すくみ状態へかわっていった。

 この状況を変えるために新しいが欲しい。もっと、もっと、もっと。そうして訴えれば、理解不能の力が3体を押しつぶす。それに触れるだけで理解する。存在している次元が違うのだと。それでも恨みは消えない。彼らをここへ閉じ込めた恨みは消えず燻っている状態だった。それゆえ、3体は喰らった。霊を喰えないのなら、この力を喰えばいい。それを自身の力へと変え、必ずここから外へ出て、あの人間を殺すのだと。そして3体は敵対関係から協力関係へ変わっていく。いつしか名を刻まれ、その屈辱にも耐え、ただ機会を待った。





 


「出ろ」




 突然外へ放り出された。あれだけ羨望した外界。場所はどこか分からない。人の気配も感じない。それでも、ようやく願っていた外へ出れた事に3体は歓喜した。



 ようやくだ。




 ようやく外へ出られた。




 そしてようやくこの人間を殺す機会を得たのだと。





「あれ――君たち、なんか前と姿違くない?」




 3体の霊は進化した。数多の霊を喰らい、目の前の人間を殺すために更なる成長を遂げたのだ。


 マサと呼ばれる人型の霊は一回り大きくなり、肩から2本の腕が生えて、合計4本の腕が存在している。以前であれば触れたものを捻じる事しか出来なかったが、今ではマサの視界にあるものすべてを触れずとも捻じ切る事が可能となった。


 キィと呼ばれた猿の霊は以前の姿から数十倍の巨体となった。長い尾の太さが樹の幹とほぼ変わらず、筋骨が膨れ上がり、見上げなければならないその巨人のような腕を振るっただけで普通の生き物は肉塊へと変えられ、また息を吸うだけで周囲の人間を喰らう事が可能となっている。


 コンと呼ばれた狐の霊は、同じくその姿が巨体となっている。4つ足の狐であるが、その大きさは象と変わらない。特筆すべきは4つの目、4つの尾である。白い毛並みとは裏腹に、血のように赤い4つの瞳は視界に捕らえた対象の霊能力を強制的に奪う。そして奪った能力を尾の数だけため込み、使うことが可能となった。




 超常的な悪霊となった3体の霊。そのただ一つの目的。それが今目の前にいる。その好機を逃すはずがない。



 マサは目の前の人間の首を、腕を、足を、そして胴体をすべて捻じ切ろうとした。マサの能力はキィの巨体でさえ通用する。だというのに……。



「あんまりマッサージ上手くなってないな。っていうか手がいっぱいあって何か怖いし。とりあえず躾って事で悪いな」



 気が付けばマサは腕をすべて折られ、地面に伏していた。何が起きたか理解できず、ただ激しい痛みが全身を襲う。


 そしてキィが動いた。その巨体から信じられない速度で跳躍し頭上から渾身の拳を振う。しかし、その拳は途中で止められた。ただ手を挙げただけ。それだけの動作で人間に防がれたのだ。キィは咆哮しその魂を喰らおうとした。



「うるさい。近所迷惑だ」



 その一言で長い牙は折れ、顎が粉砕し、そのまま仰向けに倒れた。その光景を見てコンは逃げようとした。まだこの人間には勝てないのだと理解したからだ。いくらあの人間を睨み、力を奪おうとしても何も奪えない。あれだけの力を振っていて何も奪えないとはどういう事か。混乱したまま逃走を選択したコンだったが、気が付けば宙へ浮いていた。



「おいおい。逃げるなんて悲しいな。俺は一度飼うと決めたからには責任を持つ男だぞ」



 意味も分からずコンはすべての足を砕かれ、そのまま地面に叩きつけられた。そしてその瞬間、またあの見えない力が3体を襲った。あの空間にいた時以上の力。それが3体の身体を押しつぶすように放たれている。

 3体はその恨みも、憎しみも、憎悪も忘れ、ただ震えた。ここまで成長してもこの人間からすれば彼らは道端の虫と何も変わらないと理解したからだ。消される。道を歩く蟻のように、ただ無意味に消されるのだ。そう魂が理解し身体の震えがより一層強くなった時、またあの人間が話し始めた。




「とりあえず、俺の言う事を聞け。いいか? とにかく力を抑えろ。今はその時じゃないんだ。たのむぞ、いやホントに」



 既に別次元の強さをもつこの人間が何故自分たちを求めているのか初めて理解した。この人間は眷属を作ろうとしているのだと。そして今は力を抑えろ。つまり今は蓄える時なのだと。――恐怖はいつしか畏怖へと変わっていった。

 彼らは考える。主人が今は力をため込むときだというのなら、その時までに更なる力を得ようと。主人から与えられるこの未知の力を喰らい、次は主人のために力を今以上に蓄える。そう静かに決意するのであった。


 

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