第233話 霊能者試験3

 ――福部幸太郎 視点――



 皆の緊張が集まる中、フロアにアナウンスが流れる。


『ただいまより国家公認霊能者免許試験を始めます。1番と書かれている部屋の中へお進み頂き、座席に記された番号の席にお座り下さい。繰り返します――』



 試験が始まる。最悪だ。こんな精神状態で試験に挑めっていうのか。ほとんどの連中は僕と同じ心境だろう。本当に黒ずくめの2人組は免許を受けに来たのか。信じられない。あそこまで凶悪な霊力を放っておいてどういうつもりだ。

 見た所18歳という訳じゃない。20代半ばくらいだろう。だったらもっと早く取ればいいだろ! っていうかなんで日本で免許取ろうとしてるんだ。自国でやってくれ!



「おい……大丈夫か?」



 先ほどまで震えていた真理に声をかけた。今は多少落ち着いているようで何度か深呼吸を繰り返してる。



「大丈夫よ。ただ――本当にとんでもないのが来たわね。あれ本当に一般人なわけ?」

「さあな。みろよ、あの桐島と倉敷さんですらまだ茫然としてるぜ」

「そりゃそうでしょ。少なくともあの2人に関して言えば今日の主役だって自覚あっただろうし。それが横から完全に掻っ攫われたようなもんだもんね。その辺はちょっと見てて面白いけど」


 その言葉はやめてくれ。桐島を見るまでは僕だってそう思ってたんだ。とりあえずここからだ。別に試験で受験者同士戦うなんて項目はないわけだし、僕はいつも通りの事をすればいい。


「じゃ、お互いがんばりましょ」

「ああ」



 未だ少し震えている自分の足を軽く叩き、僕は指定された部屋へ向かった。







(どういう訳だ!?)




 頭には疑問と混乱が混ざり合っている。



 並べられた机。その指定された番号に座った。それはいい。指示通りなのだから。ではなぜ、僕の右にあの銀髪の男が座っている。いやそれだけじゃない。僕の前には桐島、後ろには倉敷さんがいる。いくらなんでも固まりすぎじゃないのか。どういう訳か真理は部屋の端に座っており目線だけ送ったら息を殺して笑っていやがった。その時だ。

 




「――人を笑うとは失礼にも程があるな」




 

 ただ一言。銀髪の男がそう言った。




 それだけでまるで深海に引きずり込まれたかのように息が出来ない。先ほどまで笑っていた真理が涙目になり、ごめんなさいと何度もつぶやいている。勘弁してくれ、これじゃ試験どころじゃないぞ。



「あ、あの――」



 すると何を思ったのか桐島が立ち上がり、あの銀髪の男へ顔を向けた。まさか、やるのか? 今ここで? 落ち着け、確かにこの上なく怪しい人物だが、もうすぐ筆記試験なんだぞ。それにいくら何でも相手が悪すぎる。


 事の成り行きを見守っていると桐島は席から立ち上がり、腕組をしている銀髪の男の前へ進んだ。勝手に嫌っていた男だったけどここまで勇気があるとは……僕は勘違いをしていたのかもしれない。



「間違っていたらごめんなさい。勇実さん――ですか?」

「ん、誰だい君は」



 おいおいおいおい。待て知り合い? うそだろ。桐島、お前この男と知り合いなのか?



「し、失礼しました。まずは自己紹介を。俺は桐島宗太といいます。アウロラプロダクションに所属しております」

「まさか――大胡がいる会社の?」

「はい。実は彼は俺のマネージャーもやっているんです。あ、もうすぐ試験が始まりますね。よろしければ昼食を一緒にいかがでしょうか?」

「……ああ。構わないよ」

「ありがとうございます」




 なんだ。普通に会話してたぞ。それにあの桐島があんなに低姿勢になっているってどういう事だ。――まさか。そうか、アウロラプロダクションって芸能事務所のはずだ。そしてこの凶悪な霊能者との繋がり。そこから導き出されるもの。つまり――裏社会との繋がりか。


 

 ふざけやがって。少しでもお前を尊敬した僕が馬鹿だった。そんなに必死に後ろ盾が欲しいって訳か。いいさ、好きにやると言い。だがそんな悪魔のような男に媚びへつらっても損をするのは自分だと思うがな。




 職員が部屋に入ってくる。前から紙が配られ、ようやく試験が始まった。くそ、まさか試験時間の方が、心が落ち着くってどういう訳なんだ?

 

 




 必死にペンを走らせる。問題は簡単だ。集中するんだ。




「あッ」



 人は肝心な所でミスを犯す。今回もそうだ。周りを忘れようと必死になったため、置いていた消しゴムを手で弾いてしまった。それが床に落ちるのを視線で追った時見てしまう。



(あ、あれは――)




 この世界の闇を包み込んだかのような漆黒の球。それを銀髪の男は口へ運んでいた。そして目が合ってしまう。まずい、見てしまった。




(こ、殺される――)



 

 死を覚悟した。だが違った。甘かったんだ。彼は小さく笑みを浮かべ人差し指を唇の前においた。そうだ。つまり黙っていろと。今見た事を忘れろと言っている。口止めをしたという事は後ろめたい事があると同義だ。……確信した。以前先生に聞いたことがる。人を呪う魂を集め、凝縮しそれを摂取することで異常ともいえる力を手にする呪法が海外で行われていると。


 

(名前は確か呪魂玉だったか)



 それならあの見たものを絶望させる霊力も説明がつく。だがなぜ今食べる必要があるんだ? ……そうか。霊力測定試験。そのためのドーピングか。という事は直前で摂取しても即効性はないという事だ。まずい気づいてしまった。この事実に気付いたのは僕だけ。なら職員に報告するんだ。だがまだ確証を得たわけじゃない。あの黒い塊が呪魂玉だっていう確信が必要だ。

 

 僕は残りの時間落ちた消しゴムの事も忘れ必死に考え続けていた。気が付けば試験は終わっている。答案は埋めたが自己採点をするのを忘れていた。周囲を見ると桐島も、あの黒ずくめの2人もいなかった。



(確か……筆記試験の結果が出た後、昼食をはさんで午後から実技試験だったっけ)




 筆記用具を片付け席を立つ。するとまだ部屋に残っていた真理が僕と同じように片づけをしている途中だった。



「なあ。さっきは大丈夫だったか」

「――気にしないで。あの人は悪いことはしてないわ。あんな状態のあんたを見て笑ってたのは事実だし。悪かったわね」

「それは気にしてない……ただ」



 どうする。さっき見た事を相談してみるか。星申に通う真理なら僕以上に色々詳しいかもしれない。確かめるか。



「なあ。ちょっと聞いてくれ。霊力を一時的に増幅するものって何か知ってるか?」

「なにあんた。霊力測定前に堂々と不正しようってこと?」

「ち、違う! 見たんだ。例の銀髪の男が試験中に奇妙な黒い球を飲み込んでいるのを」



 僕はさっき見た光景を説明した。たまたま奴が黒い謎の球体を口へ運んだこと。それを見た僕を口止めした事。一通り話すと真理は考える仕草をした。



「うーん。普通に考えれば間食してただけだと思うんだけど、あの人たちがお菓子とか食べてるイメージは確かにないわね」

「だろ。絶対怪しいと思うんだ。しかも口止めをまでしてるんだぞ。絶対後ろめたい事があるに違いない」



 あんな恐ろしい奴がお菓子食べてただけとかありえない。あれは絶対良くないものだ。そう話をしていた時だ。





「貴方達、面白そうな話をしてるわね」



 後ろから声をかけられ、僕は思わず身体を硬直させた。ゆっくり後ろへ振り返る。そこには部屋の扉に背を預けてこちらを見て笑みを浮かべている倉敷さんの姿があった。



「く、倉敷さん?」

「あら、わたくしの事を知っているのですか。まあでも礼儀ですもの、一応自己紹介をしましょうか。倉敷哀火よ。あなた方は?」


 少し赤いショートヘアをなびかせこちらに歩いてくる。何故ここに? いやそれ以上にどこまで話を聞かれたんだ。



「ぼ、僕は福部幸太郎だ、です」

「――真理よ」



 真理が少し吐き捨てるように自分の名前を言うと倉敷さんは少し考える仕草をした。


「あら……真理さんでしたっけ。どこかで会った事ありません?」

「さあね。どうかしら」

「うーん。ああ――思い出した。京志郎様の御当主就任記念パーティで見かけたわ。もしかして生須うぶす家の方?」

 


 生須うぶすだって? 三大名家の1つの生須うぶす!? 思わず真理を見てしまう。そういえばずっと苗字を聞いていなかった。いきなり名前を言われたから単純に距離感が近い人なんだと思っていたけど……。



「私は分家なの。家の事はもう全部牧菜様が仕切られているし、宗家の血筋が戻られた以上、私には関係ないわ」

「あら、そうなの。というかその様子……随分ご実家が嫌いなのね」

「私利私欲のために家の力を使っているような人よ。好きになるわけないでしょ」



 噂で聞いたことがある。確か三大名家の1つ生須家は、跡取りと絶縁状態だったって。ただ1年前、霊力が与えられたあの事変以降、一番霊力が強かったその跡取り息子の絶縁を解いて、戻したって話だったかな。それでその息子が生須家に戻る条件として自分のやることに口を出すなとか言ってとかなんとか。本当なら独裁だな。



「まだ京志郎様が探されている方は見つからないのね」

「ええ。随分家のお金を使っているみたいだけど、手がかり1つ見つかってないみたい。それなのに誰を探しているのか一族にも情報を流していないくらいだもの。いい気味よ」

「そうなのよね。わたくしも協力しますとお伺いを立てたのだけど、彼をこのような世界に巻き込みたくないっておっしゃって結局名前も教えて下さらなかったわ。やっぱり隠し子なのかしらね。――いけない話が脱線したわ。さっきの話詳しく聞かせて頂いても? 場合によっては協力できるかもしれないわ」


 

 そういって倉敷さんは妖艶な笑みを浮かべた。





「ふうん。なるほどね」



 僕は自分がみたこと、そしてそこから得た推測を倉敷さんに説明した。真理は黙ったまま横で聞いており、3人だけとなった部屋で僕は一通り説明をした。



「黒い玉か。確かに福部さんの言う通り中国で流行っている呪魂玉は漆黒の球だって言われてるわ。それに私も見たのよね」

「見たんですか? まさか僕と同じ試験中に?」

「いいえ。試験が終わった後よ。あの2人と桐島君が一緒に部屋を出ていったから気になって少しだけ後を付けたの。そしたらあの銀髪の男性が黒い玉を桐島君にあげている所だったわ」

「桐島に!?」



 桐島のやつ。そこまでしてランクを上げたいのか!



「言っておくけど、福部さんの想像通りかまだ分からないわよ。あんな堂々とそんなやばいもの渡すとも思えないし」

「でも、そうすればかえって怪しまれないんじゃないですか?」

「そうね――確かにそれを受け取った時の桐島君の様子もおかしかったのよね。なんていうか酷く驚いていた様子だったわ」


 

 それもそうだろう。白昼堂々と呪物を渡されたんだ。驚きもする。



「それで、その後は? 受け取ったんですか?」

「ええ。最初は断ろうとしていたようだけど、銀髪の男性が何か言ったら、少し考えてから両手で受け取ってたわ」



 やはり危険な物だってわかっていたんだ。でも一度断ろうとしたって事は、もしかして事務所の付き合いで嫌々あの男に従っている可能性もあるのかもしれない。



「どのみち分からないって事でしょ。どうするの? 職員に話すわけ」

「真理さん。それは無駄でしょうね。確たる証拠もなく問い詰める事は出来ないわ。それこそ神城一族でもいれば別でしょうけど」



 過去透視ともいえる霊視が可能な神城家。確かにそんな人たちがいれば一発で分かる。でもたかが免許試験で神城一族が出向くなんてありえないか。



「なら僕たちは何もできないって事ですか」

「今は無理ね。だから確かめてみましょう。もし本当にそれが呪魂玉で、霊力を違法に増強したとすれば必ず霊力測定検査で何か異常が出るはずよ」

「でも、そんなのどう確認すれば――」

「大丈夫。わたくしここの職員に結構顔が利くのよ」



 そういってウィンクをした倉敷さんにこんな状況だっていうのに不覚にもときめいてしまった。

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