第232話 霊能者試験2
「さて、礼土。準備はいいですか?」
「あ、ああ。なあこの格好でホントに行くのか?」
自分とアーデの服装を改めて見下ろす。全身黒で統一されたスーツとドレスだ。この日のためにわざわざアーデが店を抑えオーダーメイドで作成したのだ。前もスーツを着ていたし別に構わないっちゃ構わないんだが――。
「ちょっと派手じゃないか?」
「そうでしょうか。お店の方も嘘ではなく本当に似合っていると絶賛してくださいましたよ?」
裾に大きな折り目があり前から見ると足が膝まで見えている。ノースリーブのため肩まで露出しているのだが、胸元も大きく開いていた。店員が言うにはドレスワンピースというらしい。
「ちなみに何で黒なんだ?」
「前の世界で散々白い服ばかり着せられておりましたからね。実はこういう色の服も欲しかったのです」
そういって笑顔で裾を摘まみ回転して見せるアーデ。いや喜んでいるならいいんだけどさ。
「さて、そろそろ行きましょうか。忘れ物はありませんね?」
「ああ。事前予約してるからスマホと財布だけあればいいみたいだしな」
そういって俺は虚空からポッキーを取り出し口に頬張った。
「あら、まだそれ使えるんですか?」
そう。この謎のポッキー召喚は未だ健在である。とはいえ、無限に出せるわけじゃない。あくまで俺が買ったポッキーを召喚するだけなのだ。以前大量に貰ったポッキーから召喚を続けているのだろう。あのお宝がどこにあるのかはもう不明なのだが。仕方ない。後で在庫をアマズンで購入しないとな。
「そういやネムは? マジで飯を食う時しか見かけないんだが――」
「ほら、この間パソコン買ったでしょう? 確かゲーミングPCっていうんでしたっけ。ずっと部屋に籠ってそれで遊んでますよ」
「ああ。ノートPCを買おうとしたら凄い形相で止められたからな。何が違うのかよくわからんぞ。光るだけじゃないのかあれって」
いい加減スマホで調べものに限界があると感じたため、アーデにノートPCを購入しようと考えた。ついでにネット設備も整えようとしたところ、そこに待ったをかけたのはPちゃんの寝巻を着て自堕落に極みのような生活を続けているネムである。
『絶対だめ! ノートPCじゃスペック足りない! 今どきゲーミングPCの方がいいの。とりあえずアキバ行きましょうか! あ、もちろんアタシのPCも買ってくれるのよね!』
その勢いに押され寝ているケスカを背負いながら4人で秋葉原に行ったのは良い思い出だ。――いや色々大変だったからあまり思い出したくないな。
結局言わるがままに随分買い物をしたのだ。何故か俺用のPCも含めてゲーミングPC3台。ゲーミングチェアという椅子を3つ。そのほか、ゲーミングマウスやキーボード、ヘッドセットにマイクも購入。こんなに必要なのだろうかと疑問に思うが、これでネムが家で大人しくしてくれているなら安いものだろうと自分に言い聞かせた。
「なんかどんどん俺も知らない単語を覚えてて何か怖いんだよな……」
「そうですね。昨日なんてずっと部屋で『かんとつ、かんとつ』と嬉しそうに騒いでましたし」
「なんなんだ。かんとつって。ゲームしてるんだよな」
トンカツの聞き間違いじゃないのだろうか。
「恐らく遊んでいるゲームの用語だと思いますよ。どうやらケスカが一緒にいると運が良くなるとか言ってましたね」
後で何のゲームをしているのか聞いた方がいいんだろうか。でも俺たちが留守中こうして部屋で遊んでくれているし、ケスカの面倒も見てくれているんなら問題はない……よな。
「さて、とりあえず行こうか。確かバスで行くんだったか」
「そうですね。礼土、酔い止めは飲みましたか?」
「もう飲んだよ。思えばバスは初めてだし、多少は酔わない事を期待したいもんだな」
そう期待していた時もあった。
「……なんだこれは。何故進行方向とは違う向きに椅子がある!? これを設計したやつはアホなのか!?」
「落ち着きなさい、礼土。ほらコーラですよ」
「す、すまない。取り乱した」
コーラを流し込むがやはりまだ納得できない。電車はいい。一度走り出せば殆ど揺れず、そこまで匂いもひどくないからな。だがバス。てめぇはだめだ。曲がるたびに吐き気がこみあげ、なんど地獄を味わった事か。あれならタクシーの方がまだマシだ。
「一応言っておきますけど、帝都にあったものと比べると全然揺れない方ですよ」
「だとしてもあの座席配置は納得できん。だめだな、ストレスが収まらん。少し外で気分転換してから中に入ろう」
目的地である免許センターは目の前だが流石に気分転換が必要だ。近くにあったコンビニで買い物をし人気の少ない場所で一息つく事にした。
「少しは落ち着きましたか」
「ああ。本当にすまなかったな」
いけない、取り乱し過ぎた。どうしても人を酔わせる事を意図したような悪魔の設計が許せず吐き気と気持ち悪さも相まって酷い状態だった。
「とこで――やはり俺達のような恰好をした人をみないんだが……」
「ふむ。おかしいですね。国家に連なる資格を得るための試験であれば当然正装であるべきと思ったのですが――」
気持ちはわからんでもないが、これ絶対悪目立ちするやつだよな。仕方ない、出来るだけギリギリに行って目立たないようにしよう。そうしよう。
「そろそろ向かった方がよいでしょう」
「……そうだな。ああ、いやだ緊張する」
「ふふ、珍しいですね。礼土が緊張なんて」
失礼だな。俺だって緊張くらいする。勉強ってのはどうしても苦手だ。暗記は得意っちゃ得意だがどうもこの手の試験って引っかけが多いんだよな。
例。悪霊を発見し祓う際、国家公認霊能者として近くの市役所、又は警察署への報告する義務がある。〇か×か。
正解は×。悪霊発見時は推奨されるが、除霊後に報告の義務はない。
わかるかこんなもん。勘違いするっての。
コンビニで買ったジュースを近くのごみ箱へ捨てて俺たちは免許センターへ足を運んだ。
「ん?」
自動ドアが開き、中へ入ると突然照明が落ちた。故障だろうか。もう少し管理はしっかりしてもらいたいものだ。
「青いルートを辿るようですね」
「そうだな」
そうして歩き始めたが、妙に静かだ。沢山の人がいるのに全員がその場で固まったように静止して人によっては小刻みに震えている。
「ふむ。皆さん体調が悪いのでしょうか。思えばコンビニでも同じように震えている方がいましたね」
「そうだな。質の悪い風邪が流行っているのかもしれない。俺達も気を付けよう」
そうして廊下を歩く。何故か照明が次々消えていく。何故かと思ったが理由が分かった。恐らく同時期に交換したため順番に照明の電球が切れたのだろう。もっとしっかり設備管理をしてほしいものだ。
「優れた科学力のある地球ですが、照明に関して言えばあっちの方が優れているかもしれませんね。こんな不自然に切れたりしませんし」
「随分広い施設だしな。こういった管理が雑になるのは仕方ないかもしれないが、もう少し気を使ってもいいだろうに」
そうして辿り着いたフロアだがここも異様の一言だった。音を出すことが禁止されているのかと疑いなくなるほどの無音空間である。
そしてどういう訳か俺のつけている指輪が少し熱くなった。ここに集まる霊能者たちの力に反応したか?
やはり少し足したのがまずかっただろうか。でも指輪の中に感じる気配っていくら足しても3つだけなのだ。そこそこの悪霊を数十体はぶち込んだはずなのに気配は3つしかない。何故かと思い霊をぶち込み続けてようやく気付いた。
恐らくだが定員みたいなのがあるのだろう。キャパって奴だ。だから最初の3体で既にキャパが埋まっていていくら霊を足しても増えないという理屈だ。まあ入れた霊がどこかへ消えているのは謎でしかないんだが、そこは気にしなくていいだろう。感じる気配も変わらず貧弱なままだし、まあ大丈夫でしょ。とはいえ躾は必要だ。
「――何度も言わせるな」
指輪に魔力を僅かに込める。すると膨らんでいた霊力がしぼむように消えていった。まったくペットを飼っている気分だ。気が付けば消えていた照明にまた明かりがついた。故障していたのだろうか? いやそれよりだ。
見られている。やはりこの格好が浮いているんだ。間違いない。わざわざ全部買い直したからなぁ。高かったんだけどなぁ。仕方ない。出来るだけ影を殺すのだ。ひっそりと免許を取ろう。
受付らしい場所へ歩を進める。しかし皆の視線が集まるせいで必要以上に緊張する。俺たちの行動は何か間違っているのだろうか。おかしいのだろうか。あれか? 必死に笑いを堪えているとかそういうやつか?
あり得る。十分にあり得るぞ。そうか、ここにいる連中も、コンビニの連中もみな震えていたのは必死に笑いを堪えていたからか。何場違いな服着ているのだと。ここはパーティ会場じゃないんだと内心思われているに違いない。なんと非道な。笑わなくなっていいだろうに。なんで笑ってはいけない免許センターとかになってるんだよ。
隣を歩くアーデに少し見る。どうやらアーデも少し困惑した様子だった。それを見て気づく。そうだ――何をしているんだおれは。アーデに恥をかかせる気か。堂々とすればいい。そうさ、笑いたければ笑うがいい。俺はアーデが選んだこの服で免許を取ってやろう。
「あ、あのですね。こ……ここは新規で免許を取られる場所でして、その――更新など手続きはあちらで――」
「ならあっている。俺達は――免許を取りにきたんだ」
そう言いながら懐に手を入れポッキーを召喚し食べる。俺はこれでも一度CMに出たんだ。そうさ、堂々としよう。人の事を笑いものにする連中に、俺は決して負けない。
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