第215話 開闢の宙9

 激しい魔力の波動が上空から放たれている。私は遥か上空を見上げ、今暴れているであろう人物の心配を一瞬だけし、杞憂だろうとすぐに視線を戻した。



 本来であればもう少し仲間を連れていきたい所だったが、物見よりまた未確認の魔物の群れが現れたという報告が来ている。そのため、他の6柱騎士たちにはそちらの対応へ専念してもらう事になった。


【下にいるよ。いっぱいいる】

「そうか。では始めて下さい」

【はいはーい】




 遥か下まで続く奈落のような洞穴を見て考える。以前はここへ近づく事もできなかったのに今日はすんなりここまでこれた。やはりヴェストリのいう通り闇の大精霊ヨグがいなくなったからなのだろう。覆われた闇も晴れ、暗い洞穴が顔を出している。

 過去何度も調査で魔大陸へ近づき、この深淵洞穴ムルクミスへ入ろうと試みるも闇に覆われ近づく事さえ出来なかったのがうそのようだ。



【おわったよ】

「わかりました。では行きましょうか」



 そういって私は洞穴に飛び降りた。ヴェストリの力でこの洞穴内の空気を可能な限り薄くした。死にはしなくともただでさえ酸素の薄い洞窟内、さらに薄くなれば立っている事も困難とみてよいでしょう。


 風の鎧を纏い、ゆっくりと降下していく。どこまでも続き深淵へ誘う穴。どれだけの時間が経過しただろう。多少の襲撃は予想していたというのに一向にその気配もない。


「些か拍子抜けではありますが、問題が起きないならそれはそれで――」



 灯が見えた。そちらに視線を向けると幾人かの倒れている魔人の姿がある。中にはまだ意識が残っているものもいるようですが、時間の問題でしょう。レイドさんとの約束で襲ってくる魔人以外は殺さないと誓っているため攻撃するつもりはありませんが、しかし。




 剣の柄を強く握る。父の事を考えれば魔人は殺してしまいたい。ここは魔人たちの最後の隠れ家であり唯一の居場所。ならさらに空気を薄めてしまえば容易く殺せるでしょう。



「いけませんね。冷静にならなくては」



 それにしても魔人の生活居住区と思われる場所に来たというのに未だ何も起こらないのは流石に不気味とも思える。ここまで順調に事が運ぶとは私も考えては――。

 



 遥か上空よりさらに強い魔力の波動が広がった。地響きがなり、揺れている。そして赤い波動のようなものが走ったように見え、私の魔力が奪われた。



「こ、これがそうですか。……はぁッ!!」




 レイドさんから頂いた言葉を思い出す。



『過去の経験だが天龍の魔力喰いの対処方法がある。それは魔力を強く固める事だ。そうすりゃそうそう持ってかれない。簡単だろ?』



 全力で魔力を漲らせ、さらにそれを固形化するようなイメージを強く想像する。だが、吸われる魔力量はまだ変わらない。



「なにが簡単だ、ですかッ!」



 そもそも形がなく移り気な魔力を固形化するという意味不明な説明でどうしろというのか。まだだ。もっと魔力操作に神経を巡らせる。自分の皮膚のようにそこに当たり前のように周りにあるようにさらに神経を尖らせる。



「この……舐めないでください!」



 ――よし。先ほどよりマシになったと思う。だがそれでも微弱に吸われている。このままではまずいでしょう。いやそれよりも。



「ヴェストリ。解除してください」

【いいの?】

「はい。この状況下ではもう意味はないでしょうし、本当に殺しかねない」



 そう、この魔力喰いは何も私にだけ起きているだけじゃない。周囲に倒れている魔人たちからも魔力は喰われ、上へあがって行っているようだ。ならこれ以上の攻め手は不要でしょう。



 倒れている魔人たちを一瞥しそのままさらに下へ降りていく。この仲間のはずの魔人さえ巻き込んでいる状況をみるとやはり魔王陣営で何かあったとみるべきでしょう。




 そうして最下層まで降り、僅かに光る洞窟を歩く。随分冷え込んでおり、光さえ飲み込むような闇が広がっている。



「これは――」

【気を付けて。いるよ】

「ッ!」



 足を止め前を見る。すると1人の魔人が姿を現した。黒い霧を纏い、よくわからない絵柄の服をきた赤い髪の魔人。



「貴方は――」

「お前か」



 強い魔力を感じる。気を抜いていい相手ではないのは明らかだ。



「お前が私たちを閉じ込める者か?」

「なんですって?」



 錯乱している? 虚ろな目をした赤い髪の魔人。それをもう少し観察しようとして私の身体は風になった。


【危ないよ】



 ヴェストリによる回避。先ほどいた場所より離れた場所に身体を取り戻す。もう一度みるがあの赤い魔人は動いていない。一体何が起きたというのか。



【気を付けてあの気配。多分ヨグだ】

「闇の大精霊――?」

 

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